闇から落ちしもの 6
闇から落ちしもの 6
タダユキは救援に駆けつけてくれた二人を改めて見た。朱姫と青姫同様セーラー服に身を包んだ二人のうち一人は襟は勿論スカートまで白いセーラー服に白の膝上のソックス、足は白いスニーカーを履いている。もう一人は逆に全身黒い色で統一していた。
「青姫から聞いてるかもだけど、私は玄姫、そっちは白姫 ごめんなさいね、ゆっくり自己紹介している時間がなくて…… 」
黒いセーラー服の女性が言い、間髪入れず二人は玉藻の前に攻撃を仕掛ける。その動きは青姫の動きと同じ”流水”の動きだ。玉藻の前はその二人の攻撃を受け流していたが、流石に二人の攻撃を同時に受けるのは無理があった。一瞬の隙をつき白姫のハイキックが玉藻の前の左側頭部を捉えた。
「がっ…… 」
玉藻の前が怯んだその隙に、間合いに踏み込んだ玄姫の強烈な掌底が玉藻の前の胸にまともに入った。玉藻の前は、ゲフッと口から血を吐き後方に吹っ飛び地面に転がる。
「やった 凄いっ 」
タダユキは歓声を上げた。この二人は強い、玉藻の前に勝てる。そうタダユキは思ったが、白姫と玄姫は攻撃を当てた手応えから玉藻の前の底知れぬ恐ろしさを感じとっていた。
「ふんふん これは、私たち二人だけでは…… 」
「ええ かなり荷が重いわね…… 」
二人はスカートから呪符を取り出し、宙に向かって投げる。
「セーマンドーマン 白虎 」
「セーマンドーマン 玄武 」
二体の神獣が現れ玉藻の前に襲い掛かる。巨大な白い虎が鋭い爪と牙で、そして、巨大な亀と蛇も玉藻の前を追い詰めていく。玄姫、白姫の二人も玉藻の前に向かって攻撃を仕掛けていた。その中で玄姫がタダユキに向かって叫ぶ。
「タダユキ君 私たちがこいつを押さえておくから君はその間に朱姫を探してきてっ 」
「でも 姫がっ 」
タダユキは血塗れで横たわる青姫の身を案じた。顔面は血塗れで、激しく地面に叩きつけられていた体の前面は服が破れ、時々ビクンビクンと痙攣している。
「姫?…… ああ青姫のことね 大丈夫、彼女は防御の真言を唱えていたから酷い怪我だけど死にはしないわ それより早く朱姫を探してきてっ 」
玄姫の口調に只ならぬものを感じたタダユキは青姫の手をギュッと握ってから、クロに一緒に来てくれと言い走り出す。
・・・わざわざ遠くには隠していない筈だ ・・・
タダユキはクロに乗り、社を中心に捜索範囲を少しずつ広げていった。すると、森の中の一画に小さな祠を発見した。そして、祠の横には洞穴が口を開けている。ここだとタダユキは直感してクロから降り洞穴目指して走り出すと、クロがタダユキを追い越していく。そして、祠の陰の闇に向かって鋭い爪を繰り出した。
「ぐぎゃっ 」
クロの一撃で祠の陰に隠れていた魍魎が悲鳴を上げる。そして、のそりと姿を現した。クロは続けて爪の追撃を浴びせるが今度は攻撃をかわした魍魎はクロとタダユキをじろっと睨めつける。それに対してクロが魍魎に向かって大きく咆哮し威嚇したが、魍魎もクロと同じように大きく口を開け咆哮する。その咆哮はクロの何倍も大きく強力なもので周囲の空気がビリビリと震えた。タダユキは耳を押さえたが、その強烈な振動で立っていられず蹲る。
・・・音の攻撃? ・・・
ハッと気が付くとクロが倒れていた。タダユキは耳を塞いでなんとか耐えたが、耳の良いクロは敵の攻撃を何倍にも増幅してしまい意識を失い倒れてしまったようだ。耳を押さえたままでは印契を結べない。タダユキがどうすればと悩んでいるうちに魍魎はまた口を大きく広げた。いけない、次がくる。タダユキはクロを守る為、クロの前に出て印契を結んだ。その時……。
「セーマンドーマン 青龍 」
聞き覚えのある声が聞こえ、突如現れた青い竜が魍魎に巻き付いていた。そして、青い竜はそのまま魍魎を締め付ける。魍魎は苦し気な声を上げていたが、やがてパンッと爆発し消滅した。それと同時に青い竜も消えていく。今のは?とタダユキが後ろを振り返ると血だらけの青姫が立っていた。が、足が痙攣するようにガクガク震え倒れる寸前だった。
「姫っ 駄目ですよ、歩いたりしたら…… 」
慌ててタダユキが青姫に駆け寄り支えると、青姫は、あれは魍魎”木魅”こちらが出した声や音を数百倍にして返してくるやっかいな魍魎です、君が無事で良かった、と青姫は言いぐしゃぐしゃの顔で微笑んだ。もう、無理しないで下さい、足だって酷い状態なのに股関節だって無事じゃないそれを無理に歩いたら……とタダユキは言い青姫を見つめる。鼻は折れ歯も折れて無くなり皮膚は裂けて腫れ上がり血塗れになっている。左目の周りも腫れ上がり目が塞がっていた。可愛い顔だった青姫の面影が微塵も感じられない。まだ若い女性なのに、顔がこんなになるまで……。タダユキは思わず青姫を抱きしめ口吻をしていた。青姫が愛おしくてたまらなかった。青姫は驚いたようだったが、そのままタダユキを受け入れ体を預けてくる。そして、ほんの一時二人だけの時間が過ぎた。
「さあ早く 私の事はいいから朱姫をお願いします 」
血塗れの顔で青姫は言う。タダユキも、また新たな魍魎が現れてはいけないと急いで洞穴に入り、そこで横たわる朱姫を発見した。
「朱姫さん 大丈夫ですか? 」
タダユキが声をかけるが朱姫は反応しない。タダユキは印契を結び心から叫んだ。
「朱姫さん 起きてっ 」
すると、朱姫の体がピクッと動いた。タダユキはさらに朱姫の名を呼ぶ。
「朱姫さん ”澪”さん 起きてくださいっ 」
タダユキの呼び掛けが通じたのか朱姫はパチっと目を開けると、ハッとしたように飛び起き戦闘態勢をとる。そして、タダユキの姿を見ると驚きの表情をみせた。
「ごめん、説明は後で 今、君の仲間が大変な事になってる、急いで来てくれ 」
タダユキは朱姫の手を引くと洞穴から出てクロを起こす。そして、青姫をクロの背中に乗せた。
「青姫…… ひどい怪我、大丈夫なの?…… 」
朱姫は青姫の凄惨な姿を見てギョッとしながら尋ねた。
「大丈夫ですよ、何とか…… 顔は潰されてしまって、足の付け根も、もう駄目かもしれませんが、まだ生きています それより急ぎましょう、白姫と玄姫が玉藻の前と戦っています 」
青姫は自分の事よりも、仲間の心配をしていた。犠牲になるのは自分だけでいい、そう強く思っていた。
「玉藻の前…… あの女、人間を異界に連れ込んで殺したり、青姫にもこんなに酷い怪我を負わせて…… 許せないっ 」
朱姫もまた仲間と人間の為に怒りを滲ませていた。そして、三人を乗せたクロは疾風のように走り、あっと言う間に社に戻ってきた。
「あれは玄姫さんっ 」
タダユキが叫ぶ。玉藻の前が、左手で玄姫の首を掴み高く持ち上げ締めつけていた。玄姫は逃れようと両手で玉藻の前の腕を振りほどこうとしているが、玉藻の前は更に力を入れ玄姫の首を締める。玄姫は口を開け舌を出し苦しんでいる。そして、白姫は玉藻の前の右足に胸を踏みつけられ、口から血を流し逃れようと藻掻いていた。神獣の白虎と玄武はすでに消えてしまっている。それを見た朱姫は呪符を取り出し宙に投げる。
「セーマンドーマン 朱雀 」
朱姫が神獣を呼び出した。朱雀は、玄姫の首を締めている玉藻の前の左腕に喰らいつき、そのまま火を吐く。玉藻の前の首を締める力が一瞬緩んだ隙に、玄姫は玉藻の前に蹴りを入れると左手から逃れた。そして、白姫もその機に右足から逃れ、転がるようにタダユキたちの元に来る。
「ふんふん 朱姫さん、ありがとうございます 」
「朱姫 青姫 戦えそうか? こんなとんでもない化物を滅するには、悪いが四人であれを使うしかない 」
玄姫の言葉に、朱姫と青姫も大きく頷く。
「ふんふん 青姫さんはもう動けないでしょうから、青姫さんの立ち位置を固定していきましょう 」
タダユキに肩を借りやっと立っている青姫を見て白姫が言う。三人は了解と頷き、青姫を除く三人が玉藻の前に飛び掛かっていった。そして、同時に玉藻の前に攻撃を繰り出し、少しずつ玉藻の前の位置を移動させる。そして、四人の中心に玉藻の前を誘き出すことに成功した。よしっと四人は顔を見合わせ印契を結ぶ。
「いきますっ 春はあけぼのっ 」
青姫が印契を結んだ腕を玉藻の前に向け叫ぶ。
「夏は夜っ 」
次に朱姫が同じように両腕を玉藻の前に向ける。
「秋は夕暮れっ 」
白姫が二人に続く。
「冬はつとめてっ 」
玄姫が叫び、その後四人が声を合わせる。
「エターナル•イクスティンクション 」
その瞬間、巨大な輝くベツレヘムの星”四芒星”が空中と地表にドンと現れ、玉藻の前を上下から挟み込む。そして、四人の体も輝きだし”断罪の鎖”と云われる光の鎖がそれぞれの体から玉藻の前に向かって撃ち出され、前後左右から絡みつき玉藻の前を拘束する。さらに、中心に居る玉藻の前を白く輝く四芒星が上と下から押し潰していった。
「おわぁぁーーーーっ 」
四方から断罪の鎖で動きを封じられた玉藻の前から、それまでの余裕が消えていた。四芒星は更に輝きを増し、玉藻の前を少しずつ確実に押し潰していく。朱姫たち、四人の体もどんどん輝きを増し、それに伴い断罪の鎖の強度も上がり玉藻の前の動きを完全に抑え込んでいった。