闇から落ちしもの 5
闇から落ちしもの 5
タダユキは青姫の後ろ姿が震えているのに気付いた。天乙貴人は玉藻の前の凄まじい妖気でかき消されている。目の前の魍魎はそれほどの強敵なのだろう。タダユキは青姫にばかり負担をかける自分が情けなかった。青姫は自分を守る為に命を捨てる覚悟もしているのだ。そう思うとタダユキは知らず知らずうちに青姫の前に出ていた。そして、印契を結び叫ぶ。
「消えろっ!! 」
すると、玉藻の前を白い光が包み、それがどんどん輝きを増していく。そして、ついに目を開けていられない程の輝きになり辺り一面が白くなる。
・・・やった? ・・・
タダユキがそう思った時、白い光にひび割れが起こりばりばりと裂け目が拡がると、そこから闇が溢れ出す。そして、闇が光を塗り潰したあとに玉藻の前が少し驚いた顔で立っていた。
「その状態でこの力…… これは非常に楽しみです 」
玉藻の前の小さかった口が突然耳まで裂けた。そして、その口をガッと広げる。口の中には無数の鋭い牙が見えた。
「そこの娘をあなたの目の前で残酷に殺します わたくしの事を憎むのです 」
玉藻の前が青姫を指差すと、その指先から黒い光が放たれる。が、青姫は印契を結んだまま攻撃をかわし真言を唱えた。しかし、玉藻の前は青姫が真言を唱え終わる前に跳ね返す。青姫は後方転回し距離をおいた。
「姫 大丈夫ですか? 」
「ええ…… 強力な真言はどうしても詠唱が長くなります なんとか隙をつきたい所ですが…… 」
「それなら、姫 僕が気を引きますよ 」
「いえ それこそ敵の思う壺です 君が捕らえられたら、それで詰んでしまいます 」
君は、私の事は気にせず自分を守ることを最優先して下さいと青姫はタダユキに念を押す。
「いいですか 私がどんな目に合おうと気にしては駄目ですよ 」
青姫はそう言い残すと、再び玉藻の前と対峙する。タダユキは、それは無理だよ姫、と心の中で呟いた。
青姫は体術で玉藻の前の動きを崩し真言を唱える時間を稼ぐ考えで、蹴りや拳を繰り出し玉藻の前に攻撃を与え続ける。その動きはまるで”流水”。流れる水の如く淀みなく、しかも岩や石をも砕く強さも持つ。綺麗だ……。タダユキは青姫のその動きの美しさに目を奪われた。タダユキの目には、玉藻の前が青姫の攻撃から自分を守るだけで精一杯のように感じられた。
・・・いけますよ、姫 ・・・
タダユキは拳を握りしめる。それほど青姫の攻撃は無駄も隙もなく完璧なものに思われた。それでも、タダユキの心の中で不安が大きくなっていく。
・・・何だろう、この嫌な感じは…… ・・・
青姫は変わらず流れるような華麗な動きで玉藻の前を攻撃し続けている。だが、さすがにその速度が落ちて来たようにタダユキが感じたその時、青姫の放った回し蹴りをそれまで受けていた玉藻の前が、ガシッと足首を掴む。青姫は、残る軸足でさらに蹴りを叩き込むが、それも玉藻の前に掴まれた。青姫の両足首を掴み逆さに吊るした玉藻の前は、ニヤリと笑うとそのままグルグルと青姫を振り回す。そして、青姫の頭を周囲に生えている大木の幹に叩き付けた。
「姫っ!! 」
タダユキが叫ぶ。青姫は両腕で頭をガードし無事のようだったが、安堵する間もなく続けて玉藻の前は青姫を振り回し再び木の幹に青姫の頭を叩きつけた。
「ぐうっ 」
なんとかガードした青姫だったが、その腕はもう動かせそうもなかった。逆さになっている青姫の両腕がだらりと垂れ下がる。
「クロ 姫を助けろっ 」
タダユキの指示でそれまで躊躇していたクロが玉藻の前に飛び掛かった。が、玉藻の前は今度はクロにむかって青姫の体を振り回す。クロは青姫を傷付けるわけにいかず、その攻撃を避けると距離をおく。
「あなたは、わたくしがこれから行う事を見ていればいいのです 」
玉藻の前がそう言った時、青姫の口が動いた。そして、何か呟いたかと思うとタダユキとクロの周りにドーム状の結界が張られ、青姫の口がニコリと微笑む。その中にいれば大丈夫、君はそこから動かないで下さい。青姫の目がそう訴えていた。
「結界など無駄な事を…… いいでしょう その中でこの娘が殺される様をよく見ておきなさい 」
玉藻の前は残酷に笑うと、また青姫の体を振り回し頭を木の幹に叩き付ける。青姫は腕でガードしようとしたがダメージを受けている腕では間に合わず、顔面が木の幹に激突し血が飛び散る。
「あ・あ・あ・あ…… 」
呻き声を上げる青姫を玉藻の前は高く掲げ、その青姫の無惨な姿をタダユキに見せつける。そして、再び振り回し青姫の頭を、顔面を木の幹に叩き付けた。さらに、もう一回。青姫は最早何もガード出来ず、顔面を何度も何度も叩きつけられ、鼻の骨や歯は折れ、額や唇は裂け血塗れになっていた。そして、もう何度目か分からない程、叩きつけられた青姫の顔面から骨が砕ける様な嫌な音がする。
「やめて下さい…… 姫が死んでしまう…… 」
タダユキは玉藻の前に懇願するが、玉藻の前は声高に笑うのみだった。
「ふははは、良いですね もっと、絶望するのです そして、わたくしを憎むのです 」
青姫の顔面はグシャグシャになり振り回される度に血が飛び散る。青姫はすでに意識がなくなりピクリとも動かなかった。すると、今度は玉藻の前は青姫の両足を持ったまま人形を振り回すように頭上でグルグルと回し地面に思い切り叩きつけた。青姫の体全体が地面に叩きつけられビクンビクンと痙攣する。そして、その残虐な行為を繰り返しながら玉藻の前は、涙を流し絶叫するタダユキの様子をじっと観察していた。
「これでもまだ憎しみが足りないようですね 」
玉藻の前は青姫の足首を掴んだまま大きく腕を広げる。
「あなたの見ている前でこの娘をこのまま真っ二つに引き裂いて完全に殺して差し上げましょう 」
玉藻の前は腕に力を入れ、青姫の足を大きく開いていく。青姫の足から骨が軋む音と何かが千切れるような嫌な音がしてきた。
「もうすぐ、血と内臓を噴き出して真っ二つに引き裂かれますよ 」
「やめろーーっ!! 貴様ぁーーっ許さないぞっ!! 」
タダユキは泣きながら絶叫し怒りの言葉を発っする。
「ふははは いいですね それでは最後の…… あっ…… がはぁ…… 」
高笑いしていた玉藻の前の頭上に黒い影が現れ、その頭に強烈な踵落としを浴びせた。玉藻の前の頭がひしゃげ思わず青姫を持つ手を離す。そして、地面に落ちる前に白い影が青姫の体を取り戻す。
「えっ 」
タダユキは一瞬の事で何が起こったのか理解出来なかった。
「ふんふん あなたがタダユキさんですね メールありがとうございます 」
白いセーラー服を着た少女が、青姫の体を横たえながらタダユキを見る。
「まったく、青姫は一人でなんて奴と戦っているのよ 」
玉藻の前に踵落としを浴びせた黒いセーラー服を着た女性が呟きながらタダユキを振り向いた。
「間一髪だったわ 君がタダユキ君ね ありがとう君のお陰で青姫を助けられた 」
タダユキはようやく理解した。青姫に自分が電話に出られない時にはと教えられていた番号に現状と位置をメールしておいて正解だった。やっぱり、朱姫さんと姫にはまだ仲間がいたんだ。タダユキは二人の頼もしい仲間を見てようやく少しだけ希望が湧いてきた。