闇から落ちしもの 4
闇から落ちしもの 4
目の前に渦巻く闇の前でタダユキはスマートフォンで位置を確認する。そこは住宅街から離れたタダユキが住む町の外れ、鬱蒼とした木々が生い茂る森の前だった。タダユキは念のためメールを一通送信すると、青姫に準備はいいですかと確認する。青姫はタダユキに、この印契を覚えておいて下さいと一つの型を示した。本来、修行をつんだ者が印契を結ぶのが一番ですが、君なら大丈夫でしょう。いざという時には印契を結ぶのを忘れないようにして下さい。青姫はそうタダユキに伝えると準備OKと大きく頷いた。
「それでは行きましょう 朱姫の体を取り戻すため…… 」
タダユキは頷くとクロに合図を送る。クロは二人を乗せたまま渦巻く闇の中心に飛び込んでいった。すると、一瞬視界が真っ暗になったがトンネルを抜けるように急に視界が開ける。
「ここは? あまり見た目は変わらないようですが、森の中なのでしょうか? 」
「いえ それは違います ここは私たちがいた世界とはまるで別の世界”異界” 魍魎たちの住む世界です 」
青姫にそう言われると、今までの世界とは別物のようにタダユキにも思えてきた。そして、改めて辺りを見回すと木々の隙間から社のようなものが見える。タダユキたちはその社に向かって森の中を進んでいった。
「何を祀ってあるんですかね 」
「本来、社は神を祀るものですが、ここは異界…… 何が祀られているのか嫌な想像しかつきません 」
ポツンとした広間の中に小さな社が建っている。タダユキたちは慎重に社の周囲を調べてみたが魍魎の気配は感じられなかった。天乙貴人もここから先の足取りは掴めないようで、社の前でクロと並んで森を見つめていた。その時、森の奥から白い塊が宙を飛んで漂ってくるのにタダユキが気付き、青姫に伝えようとしたが青姫はちょうど社の反対側にいるようで姿が見えなかった。タダユキはその白い塊を目で追っているとだんだんと近付いてくる。そして、タダユキのすぐ近くまでやって来た。思わずタダユキが見上げると、その白い塊はにゅるりと大きくなる。
「えっ 」
タダユキが、また見上げると更に大きくなった。
「君っ 見てはいけないっ 」
青姫が白い塊に気付き、タダユキに向かって叫ぶ。
「それは魍魎”のびあがり” 見上げるとどんどん大きくなり潰されてしまいます 」
タダユキは慌てて目を逸らすが、すでに”のびあがり”はクロよりも大きくなっていた。そして、タダユキの方に伸し掛かるように倒れてくる。
・・・いけないっ ・・・
タダユキは青姫に教えてもらった印契を咄嗟に結ぶ。すると、タダユキの前に壁のような空間の歪みが現れ”のびあがり”を跳ね返した。
・・・凄い…… ・・・
印契を結ぶだけで魍魎の攻撃を跳ね返したタダユキに青姫は驚きを隠せなかった。
「足元を見て”見下ろした”と言って下さい 」
青姫が叫び、タダユキは言われた通り足元を見つめると大きな声で、見下ろしたと叫んだ。すると、それまでクロより巨大だった”のびあがり”が縮んだように見えた。
「もっと、続けてっ 」
タダユキが続けて叫ぶと”のびあがり”は巨大化した時と逆にどんどん小さくなっていく。そして、タダユキが最初に発見した時よりも小さくなっていた。
青姫は素早く印契を結ぶと真言を唱える。”のびあがり”は弾けるように爆発し消滅した。
「あの魍魎は、見上げれば見上げるほど大きくなっていく魍魎ですが、見下ろされると小さくなってしまうんです 」
「変わった魍魎ですね 」
「対処法を知っていれば倒すのは容易ですが、知らなければ手の打ちようがなくなってしまいます おそらくこれから様々な魍魎が襲ってくる事が考えられます 慎重に行きましょう 」
まず、この社を開けてみましょうと青姫は社の扉を開けると、中にはポツンと小さな石が安置されていた。そして、かすかな硫黄の匂いが漂っている。
「これは…… 」
青姫はその小さな石を見て青ざめる。タダユキが青姫の様子を見て心配そうな顔をすると近付いて来た。クロは何故か、社に近付こうとしなかった。クロも何かに怯えているようにみえる。
「まさか、これは殺生石の欠片…… 」
青姫はいきなりタダユキの手を取ると、クロの背中をポンと叩き走り出した。が、何か見えない壁のようなものに行く手を塞がれる。そして、社の石を中心に闇の濃度がどんどんと濃くなっていった。
「まずい、逃げ道を塞がれました 」
青姫はタダユキを振り返る。そして、申し訳なさそうに頭を下げた。
「どうやらこれは君を誘い込む罠だったようです 君の事は私の命に代えても守りますので君はクロから絶対離れないでいて下さい 」
青姫は緊張した顔で言うと、タダユキの手をぎゅっと握りしめた。タダユキはまだ事態が把握できていないようだったが青姫の態度にただならぬものを感じ気を引き締める。クロは青姫の言っている意味が分かるのか低い唸り声を上げ臨戦態勢にはいっていた。
「ようこそ 」
渦を巻いていた闇の中心に着物を着た女性の姿が現れ、タダユキたちに微笑みながら近付いてくる。
「よくいらして下さいました そちらの娘さんは、わたくしのこと存じている様ですが…… 初めまして、玉藻の前と申します 」
闇から現れた女性は穏やかに挨拶してきた。
「玉藻の前…… こんな超大物が君を狙っていたとは…… 」
青姫はタダユキの前に立ち、後ろに居るようにと手で合図する。そして、印契を結んだ。




