闇から落ちしもの 3
闇から落ちしもの 3
しばらく、タダユキと青姫の二人は抱き合っていたが、ようやく感情が落ち着いたタダユキが朱姫の体が消えた闇を見つめた。
「朱姫さんの体を取り戻さないと…… 」
「そうですね、それも早急に…… 今は生きているといっても、いつ気が変わって殺してしまうかもしれませんから 」
「でも、どうすれば…… 」
タダユキはクロをチラリと見る。クロが、犬のように朱姫の匂いで追い掛けられればいいのだが、クロは自分はそんな事出来ませんという顔をする。
「大丈夫、その為に先程、闇の一部を封印しました これを使って追跡します 」
青姫はそう言うとスカートのポケットから呪符を取り出す。そして、呪符を宙に投げ印契を結ぶ。
「セーマンドーマン 天乙貴人 」
すると青姫の前に、女性の姿をした白い影が現れた。そして、青姫はその白い影に封印した闇を手渡すと、闇が消えた方向を指差す。女性の影は心得たというように頷いてから宙を飛んでいき、青姫がその後を追いかけ走り出した。
「君は、ここで待っていて下さい 必ず朱姫を取り戻してきます 」
そう言い残した青姫は、タダユキの視界からアッと言う間に消えていった。
「ちょっと待ってください、姫 僕も…… 」
タダユキも後を追い掛けて走り出したが、追いつくどころかどんどんと差が開いていく。
・・・何て速さだ ・・・
タダユキは普段の運動不足も祟り、早くも息切れがして足がもつれ始める。その時、クロが横に並びタダユキに目で合図した。どうやら、早く自分に乗れと言っているようだ。タダユキはクロに礼を言い、その背中に跨った。クロはタダユキがしっかりと背に乗ったのを確認し、走るスピードを上げる。そして、前を走る青姫の後ろ姿が小さく見えたと思ったら、どんどん大きくなってきた。
「姫っ 姫も乗って 」
タダユキの声で青姫もクロに飛び乗る。
「正直、君には驚かされます 魍魎が人の言うことをきくのでさえ信じられないのに、人に協力するなんて…… 」
「クロは、クロですから 」
「君のその思いが伝わっているのかも知れませんね それに、君の名前…… 」
「朱姫さんも最初僕の名前を聞いた時驚いたようでしたが…… 」
「君は自覚がないようですが、君のその名前には強力な言霊が宿っていると思います 」
タダユキは、僕の名前?と何も心当たりがないようだったが、青姫は続けて言う。
「君の名前は、平安の大陰陽師・安倍晴明の師匠であり、修験道開祖・役小角の末裔であるとも云われている”賀茂忠行”です 生まれ変わりという事ではないと思いますが、その名前の音だけで強力な力があります 」
「よく分からないですが、僕の名前に力があるという事ですか? 」
「そうです そして、君が発する言葉には普通の人よりも影響力があるのです 」
「それが、言霊? 」
「古来より言葉には霊力があると云われています 良い事を言っていれば良い方向に行き、悪い事を言っていると悪い方向に進んでしまいます 例えば体の具合が悪い人に、大丈夫君は良くなると言えば快方に向かうでしょう でも、もう君は手遅れだと言えば亡くなってしまう事もありえます 」
青姫は言葉を区切ると、特に君はと続ける。
「言葉と云うのは恐ろしいもので、一度口から出た言葉は取り返す事が出来ません 特に君のような強い言霊を持つ方は注意して下さい くれぐれも悪い言葉や呪いの言葉を使わないように…… 」
そのあと青姫は言おうか言うまいか迷った挙句、やはりタダユキに伝えておこうと話を続けた。
「朱姫の体を使ったことから、敵の狙いが分かったような気がします おそらく君を闇落ちさせて、その力を手に入れようとしたのでしょう 行方不明の人たちもその為の布石だと思われます 」
「そんな…… みんな、僕の為に…… 」
「ええ そう考えるとこの一連の流れが全て君に向かっているんですよ 」
「魍魎と気持ちを通じられる君の存在に気付いた敵は、行方不明事件を起こし君が興味を持つよう仕掛けます そして、その後魍魎が行方不明に関係があるのでは思わせ、その後行方不明になった人間の末路を見せつけ、君の心を破壊しようとした 」
「だけど、君は”賀茂忠行”、そんな策略に負けなかった 」
青姫はタダユキの肩をポンと叩く。
「君のことを甘く見ていたんでしょう 朱姫を取り戻して今度はこちらから打って出ましょう 」
青姫は後ろからタダユキを、ギュッと抱きしめた。
「姫 分かりました 僕もこんな事許せません 」
クロと、クロに乗った二人は天乙貴人に追いつくと、そのまま前に広がる濃い闇の中に突入していった。暗い暗い闇の中に……。