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妻を愛するたったひとつの方法  作者: 椎田賢人
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或る朝

 四年の間、妻は甲斐甲斐しく働き続けた。一緒に暮らしてからというもの朝食が出ない朝は一度もなかった。自分の仕事がどんなに忙しく、終電を逃したとしても始発で帰ってきて朝食の支度をした。普段からだらしないオレにとって本当に尊敬できるパートナーが妻だった。

 そんな妻が一年前から身体の不調を訴え始めた。

「いたっ!」

 台所から大きな声がした。驚いて指でも切ったのかと

「だいじょぶ?」

と、声をかけると別にどこかを切ったわけではないので大丈夫だという。それから時々どこかが痛いという話をするようになった。

 完全な異変を感じるようになったのはそこから一ヶ月後。酔って眠っているオレの横で痛みに耐えながらうめき声をあげている妻の姿があった。

「どうしたの? どこか痛むの?」

「ううん、大したこと無いの。ただ、時々こうやって指が痛くて眠れない夜があるの。心配しないで、すぐにおさまるから」

 そう言って、明け方まで痛みと戦っていた。朝になればまた朝食が食卓に並び、昨夜苦しんでいた姿が嘘のように明るい笑顔で「おはよう」と言った。

「痛みはどう? 病院に行った方がいいんじゃない?」

 と、聞けば

「大丈夫! ほら、朝になればなんともないでしょ?」

 などと、手足をぷらぷらして見せた。

 それからまた一ヶ月。痛みは相変わらずので眠れない夜が増えてきているようだ。目の下のクマは日に日に濃さを増していった。さすがにこれはと思い病院に連れていくと、回復は難しいが死に至る病気ではないと告げられた。「死に至ることがない」この言葉にオレはほっとした。付き合っていたころも含めて、これからの人生に比べ二人でいた時間はあまりに短い。しかしその「死に至ることがない」というのがこれほどまでに残酷だとは思いもしなかった。

 そこから二ヶ月。痛みはおさまるどころかさらに増したようで、エアコンの風にすら痛みを感じるようになっていた。なんとか朝食を作るために起きようと試みても、痛みで起き上がれない日もある。何度も「ごめんね」と謝る妻が不憫でならなかった。ある日、しゃべっても痛いというので口の中を覗いたら十個以上の口内炎ができていた。

 「死に至ることがない」というのは返して言えば「死ねない」のだ。風があたっても激痛が走る拷問を毎日毎夜受け続け、それでも死ぬことができない終わらない地獄。妻はとうとう起き上がることも困難になり、食事が取れないことも増えていった。そして何よりオレに対して申し訳ないという気持ちが妻の心を深く傷つけているようだった。

「病気なんだから気にすることはないよ。きっとすぐに良くなるから。そういえば、マスターが新しくお店開いたらしいからよくなったら飲みに行こうな」

 半年前にそう言った時には

「気休めなんかいい!」

 と、声を荒げた。またある時には仕事に行けないことに責任を感じてか

「会社が大変なことになってたらどうしよう。もし会社が潰れたりしたら私のせいかもしれない」

 などと、変な罪の意識をもったりするので、こちらもかける言葉を選ばなければいけなくなった。

 それから半年間。症状は回復に向かわなかった。朝も夜も痛みに耐える日々。一度「どんな感じで痛いの?」ときいたことがあった。その時は「まるで、ペンチでつままれてるようだよ」と少し笑って答えてくれた。今はきっとペンチどころか万力で挟まれた痛みなのではないのだろうか。同じ姿勢で横になっていることすら激痛で耐えられないようだ。

 ある曇った日の朝。やっとの思いで水を一口飲んだ妻がオレにこう言った。

「ワガママ……きいてくれるかな?」

 

(つづく)



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