第九十七話 みーこと月音の反応
みーこは裏アカにお決まりの妄想投稿をしていた。鍵付きのアカウントのため限られた人間しか見ることが出来ない。その秘匿性からみーこの投稿数はここ最近、どんどん増えていっていた。
『今日は彼氏のわがままに振り回されて大変だった! でも誰かのために動ける彼って素敵』
そう投稿する。もちろん、内容は今日の戦いをみーこと弥勒の二人だけの世界バージョンへと変えたものである。これをすると本当に弥勒と付き合っている感覚になれるのだ。
『次のデートはいつにしようかな。彼ってば照れ屋だから自分からは全然誘ってくれないしな〜』
今の想いもそのまま綴る。最早、彼女にとっての真実は裏アカの内容なのかもしれない。
そんな妄想にずっと浸っていたいみーこではあるが、実際はそうもいかない。考えるのは今日のエリスの家でした話し合いについてだ。
「にしてもついにアタシだけのアドバンテージが無くなっちゃったしなー」
みーこが悩んでいるのは唯一といっても良いアドバンテージが無くなってしまった事だった。それは弥勒の正体がセイバーであるという事。今までは限られた人間しか知らない秘密であったため弥勒の秘密保持に協力するという体で色々と接近できたのだ。
しかし今回の正体バレによりそれも出来なくなってしまった。それが彼女にとっては痛手だった。
ライバルである姫乃木麗奈は同じクラスで席も隣だ。巴アオイは毎朝一緒にランニングと登校をしている。神楽月音は部活が一緒である。こうして考えるとみーこは不利なポジションである。普段、生活する上で彼との接点が少ないのだ。
今後のアプローチ方法については色々と策を練らなければならない。しかしまず第一に考えなければならないのは全員が手に入れた弥勒へのお願いの権利についてである。
「メリガネはセイバーを崇拝してるからそれ関連かな。巴さんは絶対に直接的アプローチで来るはず……!」
麗奈はセイバーを崇拝して、グッズなども作っている頭のいかれた女だ。お願い事が出来るならそういった関連だろうとみーこは考えている。その場合、彼女の満足度はともかく弥勒へのアプローチとしては弱いのであまり気にしなくて良いと言える。
その一方で危険なのはアオイである。彼女はSNSなどの情報から推測すると何回かデートをしているはずだ。つまり直接的に弥勒にアプローチをする可能性が高い。みーことしてはそれを危惧している。
「あと神楽先輩は読めないなー。性癖がこじれてるからとんでもないお願いしてくるかも」
月音は魔法少女の時に性癖について堂々と語っていた。そして研究者という立場から見ても己の欲求にはストレートなタイプだろう。そう考えると弥勒に対してアダルトなお願いをしてくる可能性も高い。
「ルーホン先輩は……」
エリスと弥勒は直接の面識はない。今回初めて会ったようなものだ。普通に考えれば彼女は警戒対象にはならないだろう。しかし美術部の女神様と呼ばれる程の美貌の持ち主だ。何かあってからでは遅い。また普段の発言をみると天然なところがあるので、ダークホースになる可能性も捨てきれない。
「難しすぎるー! ブライダルモデルとか出来たら良かったんだけど……」
ブライダルモデルについて検索するとやはりモデル事務所に所属している人間がやる事がほとんどの様だった。しかもみーこも弥勒もまだ高校生なので、一般人枠があったとしても年齢が若すぎて難しいだろう。
かと言ってカップルモデルではインパクトが薄いため他のライバルに差をつける事は出来ない。同じようにカップルでできることを探しても遊園地デートをしている事を考えたら効果は薄いだろう。
すると部屋の扉がノックされる。思考の海から現実に引き戻されたみーこはそれに返事をする。
「どしたの、ママ?」
部屋をノックしたのはみーこの母親だった。その容姿は彼女の母親だけあってみーこと似ている。彼女を大人っぽくした雰囲気で、長い茶髪の髪を揺らしながら部屋へと入ってくる。身長が高いのも母親譲りの様だった。
「実は取引先の人から日帰り旅行のペアチケット貰ったのよ。でもこの日程、私仕事だから代わりに緑子いるかなーって」
思わぬ話にみーこは飛びつく。お泊まりの旅行は未成年という事を考えると実行するのはハードルが高い。ましてや付き合ってない男女ではそういった事をするのは倫理的に良く無い。
しかし日帰り旅行ならどうだろうか。未成年でもお泊まりさえ無ければハードルは低くなる。しかも間違いなくデート以上のイベントだと言えるだろう。
「いる!」
「ふふふ、やっぱり。ならチケット渡しておくわね」
みーこは母親からペアチケットを受け取る。そのチケットには「房荘半島日帰りツアー」と書いてあった。それにみーこは思わず小躍りしたい気分になる。
「ママから一つアドバイスをあげるわ」
チケットを貰ってニマニマしているみーこに母親はアドバイスをする。
「本当に欲しいと思ったら自分から食べちゃっても良いのよ?」
「……っ⁉︎」
母親のニヤリとした顔にみーこは驚く。この日、彼女は母親の知られざる一面を知ったのであった。
月音はソファの上で寛いでいた。片手にはもちろんコーラを持っている。あぐらで座っており、髪も風呂上がりで乾かしていない様でボサボサだった。
「さすがに眠いわね」
今日の戦いは厳しいものだった。誰が欠けていても魚型の大天使を倒す事はできなかっただろう。ベストパフォーマンスだったとも言える。
月音は戦闘経験こそ少ないものの持ち前の頭脳で自らの力を掌握しつつあった。今回の必殺技で敵の弱点を突くのではなく、味方の攻撃を強化するという事が出来たのもそのお陰である。
「彼がセイバーの正体ね……まぁ想定の範囲内といったところかしら」
月音が初めてヒコと会った時、弥勒の動きはやや挙動不審だった。また妖精というのは《《魔力を使える人間、あるいは才能のある人間にしか見えない》》という性質があった。ヒコの姿が見えていた弥勒もそのどちらかに当てはまると考えるのは当然だろう。
「ふふ……面白くなってきたわね」
月音はテーブルの上に置いてあるスプレーを手に取り、自らの髪へと振りかけていく。そして手櫛で髪を整えていく。
「彼の身体を二十四時間調べさせて貰うもの面白そうね。血液、毛髪、汗、唾液……よりどりみどりね。本当なら脳波や心電図も測定したいのだけれど専門の器具が無いから無理ね」
彼女の興味は魔力という力とそれを扱えるセイバーという存在にあった。そしてスマホで人が寝れるような簡易的なベッドを検索していく。
「そうね……台に彼を固定する代わりに私が色々とお世話してあげましょう。月音ママの出番ね」
そう言って彼女は簡易ベッドをとあるオンラインサイトでカートに入れる。そして次に結束バンドをカートにいれる。そこから紙おむつ、犬用の餌トレイなどいくつかのものをカートに入れて決済する。
「でももし彼の性癖が歪んでしまったらどうしようかしら……」
血液などを貰う対価としてママプレイをする事に決めた月音。しかしそれに弥勒がハマってしまったらどうしようかと考える。
「まぁこの離れなら一人くらい増えても問題ないわね。一応、首輪も買っておきましょう」
そう言って首輪とリードを追加で購入する。彼女自身、使わないだろうと思いつつも手を抜く事は性に合わないのだ。万が一、必要になった時に手元に使いたいものが無いのは許せないのだ。
「これならお互いにメリットのある取引になるわ。片方だけが利益を得るのは美しくないもの」
月音は上機嫌で弥勒観察計画を作り始める。注文した荷物が届くのには数日掛かる。それまでに必要な情報などをまとめておかなければならない。
彼女はコーラを一気に飲み干して、PCの前へと座り直す。そして今まで調べてきた情報を表示して、どういったデータが必要なのか考え始める。
「魔力を纏った状態とそうでない状況の各成分の違いは調べたいわね。結局のところ、魔力という存在がどこまで現実に干渉できるのか。ここが重要ね」
こうして月音は夜遅くまで考察を繰り返すのであった。




