第九十六話 麗奈とアオイの反応
麗奈はその日の夜、神棚の前にいた。そしてセイバーの人形に向けて祈りを捧げている。それはまるで啓蒙なシスターの様であった。
「ああ……セイバー様……」
その瞳は潤んでおり、今にも泣きそうな表情である。彼女が考えるのはもちろん今日の戦いのことだ。
「セイバー様の正体が弥勒だったのは驚いて混乱したけど……そう考えれば辻褄は合うわよね」
麗奈は初めて魔法少女になった日。いきなり連続で天使と戦った。その際に初めてセイバーと出会ったのだが、その直前に弥勒を天使から逃がしている。つまり彼は一度離脱してからセイバーに変身して戻って来たという事だろう。
次にアオイが初めて魔法少女となったあの日。彼女が天使に襲われた公園には弥勒が一人で残っていた。てっきりセイバーが倒したから彼が無事だったのだと思ったのだが、事実は違った。彼がセイバーだったのだ。だとすれば天使を倒すのも難しいことでは無いだろう。
そして麗奈が弥勒に偽彼氏を頼んだ日。途中で天使に襲われたため弥勒と妹の愛花を逃した。しかしその先でも天使に襲われたのを弥勒がセイバーになって倒した。
そう考えれば、愛花が弥勒に肩入れするのも当然と言える。その後も弥勒とのランチ中に襲われ、新フォームまで見ているのだ。これらを考えるとセイバーの正体が弥勒というのは納得のいく答えだ。
「まぁ……あの子がワタシにセイバー様の正体を秘密にしていたのは後でたっぷりと叱らないとね……」
麗奈は少し昏い笑みを浮かべながら笑う。まさか妹が抜け駆けしてセイバーとデートしていると思っていなかった麗奈は怒りを露わにする。
「でもセイバー様の正体が弥勒だったってことは……《《ずっとワタシを見守ってくれてたって事よね》》……」
麗奈はずっとセイバー様グッズなどについて弥勒に自慢していた。麗奈の印象では彼はそれを嬉しそうに聞いていた。そして今までの彼の行動を鑑みると自分たちを見守ってくれていたという結論になる。
「《《ワタシの祈りは正しかったのよ》》……!」
ヒコから神様が人間を殺そうとしていると聞いた。別に麗奈も、麗奈の家族も信仰深い訳では無かった。それでも魔法少女として世界の命運を僅か数人で担うのは彼女にとってあまりにも重すぎた。
そんな麗奈にとって拠り所というものが無かった。神様に頼れない以上、何に縋れば良いのか。彼女が選んだのはセイバーだった。
自分を遥かに超える技量と魔力を持ち、常に冷静に敵を倒していく姿に初めは憧れを抱いた。彼のカッコ良さに惚れて最初は推しグッズなどを作っていた。
しかし次第にそれだけでは物足りなくなっていった。その想いが信仰へと切り替わるのはそれほど時間は掛からなかった。彼女は一番最初に魔法少女になった。だからこそ他のメンバーよりもしっかりしなければならいという自覚があった。
その中でセイバーだけは魔法少女とは別の存在でありながら、強力な味方として彼女を支えてくれていた。彼女がセイバーに傾倒するのも無理はないだろう。
セイバー教を立ち上げたのも彼女にとっては必然なのだ。彼の良さをもっと広めたいという気持ちが強かった。
そして麗奈の祈りが正しい事は今日、証明された。これで彼女は何に憚ることも無く、祈りを捧げられる。世界を救うのはセイバーであると彼女は確信しているのだ。
「どんなお願いをしようかしらね……」
今日のやり取りを思い出しながら麗奈は笑う。魔法少女たちは弥勒に対して「何でもお願いを聞いて貰える権利」を一つ手に入れた。
我ながら上手いこと話を持って行ったと彼女は思っている。前半は本当に怒っていたが、後半はこの話に持っていくために怒ったふりをしていたのだ。他メンバーが上手く仲裁してくれたお陰で無事に麗奈の狙い通りとなった。
ただ他のメンバーにもお願いする権利が生まれたのは厄介だが仕方ないだろう。あの流れで自分だけ権利を手に入れるというのは難しかったのだ。
「正式にセイバー様の巫女にしてもらうのもありね……」
ヒコと契約を結んで魔法少女になった事を考えると、セイバーとも何かしらの契約が結べるのでは無いかと考える麗奈。もしそれが出来れば彼女は正しくセイバーに自らを捧げられる様になる。
「楽しみね……ただしばらくはじっくりと考えさせて貰いましょう」
そう言って彼女は笑った。ただその笑みは今までの彼女には無かった艶のある笑みであった。
麗奈が祈りを捧げていた頃、アオイはお風呂上がりにベッドの上で寛いでいた。ナマズのミロクを抱っこしながら手にはスマホを持っている。パジャマは可愛らしい水色のモコモコしたものを着ている。
「ふんふ〜ん」
彼女は弥勒のスマホから送られてくるデータを見ていた。そしてチャットアプリの履歴を一通りチェックしたところライバルたちの中で自分が一番リードしていることが分かりご機嫌だった。
「意外と森下さんとはやり取り少ないんだね〜。むしろ愛花ちゃんの方が要チェックだね」
スマホの中にある写真なども見ていく。するとそこには中学時代の弥勒の写真などもあった。
「うわ〜、弥勒くん可愛いなぁ!」
早速その写真を自分のスマホに入れてお気に入りマークをしておく。そして今度、弥勒の家に行った際には昔のアルバムを見せて貰おうと決意する。
「うーん、弥勒くんはスカートが短いのが好きなのかな……」
そしてネットでの検索履歴などをチェックすると時折、他人には見せられないような検索ワードが出てくる。それをアオイは要チェックしていく。
「胸の大きさはまちまちだけど、大きめのものが多いかも……!」
アオイはその事実に頬を膨らませる。彼女の胸は残念ながら平均以下である。身長が低く、胸も小さいお子様体型なのを本人は気にしているのだ。
「でも弥勒くんが家に来た時に短めのスカートを履くのはありかも……!」
例のお色気大作戦を考えているアオイは弥勒の好みから作戦を練っていく。スカートが短いのが好きだというのは大きな収穫であった。
外で短いスカートを履くのは抵抗があるが、自分の家の中でなら出来ない事はない。アオイは弥勒の視線が自分に釘付けになっている姿を想像してニヤニヤする。
「弥勒くんがセイバーだったんだよね……」
セイバーの変身が解けて弥勒の姿が現れた時、彼女は心臓が止まるかと思った。しかもその直前にはセイバーを信用しないだなんて発言までしてしまっていた。
けれど結局、弥勒はアオイの事を騙していた訳では無かった。その事に彼女は心の底から安堵した。
「でも弥勒くんはどうやってセイバーになったんだろう……?」
あの時は麗奈を止めたが、彼がセイバーになった経緯や天使について知っている理由など彼女も気になっている事は多かった。しかし無理に聞き出すのも嫌われる可能性があるため我慢したのだ。
その代わり弥勒のスマホのデータをくまなく探したが、セイバーに関する情報は特に出てこなかった。それに彼女は少しだけガッカリした。
「まぁそれはおいおい探れば良いかなぁ。それよりも問題はお願いの権利だよね」
アオイは弥勒に何をお願いしようか考える。既にアオイの家でデートをするのは確定している。そこから更に踏み込むとなると悩ましい問題である。
「婚姻とど……はまだ流石に早いよね。やっぱり第一候補は二十四時間ぴったり生活かなぁ。いっその事、漫画とかであるみたいな手錠で繋いじゃうとか……」
アオイは不穏なワードを交えながらもいくつかの案を出していく。
「やっぱり他のライバルたちの出方を見てから考えるっていうのもありかな」
ナマズのぬいぐるみを強くギュッと抱きしめてそう呟く。これから弥勒を巡る争いは本格化するだろう。そのためライバルたちに遅れをとる訳にはいかないが、かといって焦りすぎて失敗する訳にもいかない。難しい塩梅であった。
「よし! まずはお家デートで先手を取る!」
そう決意したアオイはチャットアプリで弥勒へとメッセージを送るのであった。もちろん返信が来るまで監視アプリを起動してひたすら弥勒のスマホの動きをチェックしていたのだった。




