第九十五話 お願い
自己紹介をした後、家の中に入りお手伝いさんに案内されてエリスの部屋へとやってきた一行。あまりの豪邸にみーこは感動していた様だった。
そしてお手伝いさんが持ってきてくれた紅茶をテーブルに置いて、それぞれソファへと腰掛ける。そして弥勒は床に正座させられていた。
「さて、これでゆっくり話が出来るわね。ゆっくり」
麗奈は「ゆっくり」という言葉を強調して言う。弥勒は思わず顔が引き攣る。ヒコはもうお菓子を食べるのに夢中だ。
「ゆっくり話すのは良いけど、これ以上話すことは特に無いぞ」
弥勒の言葉に眉を顰める麗奈。すると今まで黙っていたアオイが口を開く。
「……弥勒くんは……弥勒くんはあたしたちを騙してたの……⁉︎」
その言葉と表情に思わず弥勒は詰まってしまう。彼の身の上を説明する事は難しい。別世界から転生した上に異世界に召喚されてダンジョンを攻略していたのだ。そして今は魔法少女と共に天使を倒している。しかもここはゲームの世界なんです、なんて言った所で信じられるはずもない。
これら全てを正直に話す訳にもいかないだろう。その上で弥勒は彼女たちを納得させなければならない。それが難しいと思っていたからこそ正体を隠していたのだ。決してヤンデレにビビっていた訳でない。断じて無い。
「それは違う。俺が正体を話さなかったのは俺の力をあまり頼って欲しくなかったからだ。セイバーの力は天使を倒すためのものじゃ無いから」
弥勒は以前、みーこに説明したのと同じ様な話をしていく。身近にセイバーに変身できる弥勒がいると分かってしまえば、彼に頼りきりになってしまう可能性がある。それは弥勒の望むところではなかった。
「セイバーの言ってる事は本当でやんすよ。魔法少女の力は天使たちを倒すためのものでやんすが、セイバーの力は別物でやんす。ただ純粋に力が強いから天使と戦えてるってだけでやんす」
弥勒の話にヒコが補足をする。魔法少女の成長が阻害されて困るのはヒコなのだ。
「でも森下さんは何でそっち側な訳⁉︎ ワタシたちと同じ魔法少女じゃない!」
ヒコの説明に納得できなかった麗奈が指摘してくる。
「アタシは自力でみろくっちの正体に辿り着いたんだし」
みーこは自慢気にそう言う。彼女は弥勒の副作用の件から自力で弥勒の正体に辿り着いたのだ。魔法少女になったのも弥勒の秘密を暴くためだ。つまり彼女は最初から弥勒の秘密を知るために行動していたと言える。
「むしろアタシが副作用の件について教えてあげなかったらみろくっちだってヤバかったんだし」
「「ふ、副作用⁉︎」」
副作用という言葉に麗奈とアオイが驚く。エリスも同じ様に表情をしていたが声は出さなかった。
「そりゃあアタシたちの力だって副作用があるんだからみろくっちの方でもあるでしょ」
驚いた二人に対してそう説明するみーこ。しかしその事に対する二人のリアクションはみーこが想定していたものとは違っていた。
「「え?」」
「え?」
麗奈とアオイは首を傾げている。それに対してみーこも首を傾げてしまう。
「ふ、副作用って何よ⁉︎」
麗奈が慌ててみーこに確認する。アオイも彼女の方へと身を乗り出してる。
「いや魔法少女の力を使うと副作用で精神が不安定になるってやつ」
「何それ! 聞いてないんだけど! ヒ〜コ〜⁉︎」
副作用を知らなかった麗奈は怒りを露わにする。そしてヒコの方へと向き直る。一方で名前を呼ばれたヒコは呑気な表情をしている。
「だって聞かれなかったでやんすから」
「普通、そういう事は聞かれなくっても言うでしょ!」
「そうだよ! ひどいよ!」
麗奈は納得出来ない様でヒコを追及する。それにアオイも続く。
「あなたたち、少し落ち着きなさい。怒りたい気持ちは分かるけれど今さら言ったところでしょうがないわ」
ヒートアップしている麗奈とアオイを月音が窘める。月音は自力で副作用に辿り着いてるので、ヒコに対して文句は特に無かった。むしろ副作用の存在が明らかになったことで自身の仮説が正しい事が証明されたため上機嫌だ。
「それはそうだけど……納得出来ないっていうか……」
「ヒコちゃんにも悪気があった訳では無いんですから、あまり怒ってしまっては可哀想ですよ?」
エリスは副作用について驚きはしていたものの怒ってはいなかった。あれだけの力なのだ。何かしらのデリメットがあっても不思議ではないと思っていた。両親から上手い話には罠があると言われて育ったというのもある。資産家ならではの教訓だろう。
「うぅ、エリス〜!」
エリスの優しさにヒコがエリスの胸元に飛び込む。それを優しく受け止めてエリスはヒコを撫でる。
「分かったわよ……弥勒の件も少しは納得したわ。でも結局、セイバーの力って何なのよ? 天使と戦うための力じゃないなら何な訳?」
「それについては悪いけど話すつもりは無い」
麗奈からの問いに対して異世界については語るつもりは無い弥勒。きっぱりと断る。
「なによそれ!」
「麗奈ちゃん、落ち着いて」
今度はアオイが麗奈を落ち着かせようとする。さっきまで同じ側にいると思っていたアオイの言葉に麗奈は驚く。
「ちょっとアオイは気にならないの⁉︎」
「もちろん気になるけど……弥勒くんはあたしたちを騙すつもりは無かったみたいだし、それで良いかなって」
アオイにとって大切だったのは、弥勒が自分のことを騙していなかったという事実だ。彼女としてもセイバーの力について気になっていたが、そこは無理に聞き出す必要はないと考えていた。
いずれ話したくなったら弥勒は話すだろう。それにセイバーの力について隠していても、彼は手を抜いていた訳では無い。むしろ全力で戦っていた。だからこそ今回も正体がバレるのを覚悟で街と人々を守ったのだ。
「はぁ……皆、こいつに甘すぎでしょ。分かったわよ、もう追及しないわ」
麗奈は周りの空気を察して追及するのを諦めたようだった。それにホッとする弥勒。ヒコもホッとしている。
「ただし! ここにいる全員に対して貸しイチよ!」
気が抜けた弥勒を叱るように麗奈は声を出す。予想外の流れに弥勒も目を白黒させる。
「アタシたちのお願いを何でも一つ聞いてもらうわ。これがあんたから無理やり秘密を聞かない条件」
「いやそれは……」
麗奈の言葉に弥勒が戸惑う。しかし他のメンバーが一斉に賛成する。
「賛成!」
「いえーい!」
「それはありね」
「ありがとうございます」
魔法少女全員の賛成により可決してしまう。弥勒に選択権は無いのだ。ついでにヒコにも。
「……まぁ出来る範囲なら」
「なら決まりね。何して貰うかは考えておくわ」
弥勒としては何を言われるか怖かったが、セイバーの力に関する秘密への妥協点としては丁度良いと考える。むしろ麗奈が大分、譲ってくれた感じではあるので文句は言えないだろう。
弥勒からの許可により魔法少女たちはそれぞれお願い事を考えるタームへと入る。みんな自分の世界へと入ってブツブツと呟いている。その光景に弥勒は顔が引き攣る。
「赤セイバー様になって貰って愛の言葉を100パターンとか……ぐふふ」
「うーん……二十四時間ぴったり生活とか楽しそうかも……えへへ」
「新婚生活編を書くチャンスかも……擬似結婚式とか面白そうだし……ふっふー」
「三日間お風呂に入らずにいて貰うというのも臭み的にはありね。あとはいっそ脇の匂いとか……ふふふ」
四人の魔法少女は完全に自分の世界へと入っておりお互いの事はもう気にしていなかった。そして付き合いの浅いエリスはのんびりした感じで考えていた。
「こ、これが噂の弥勒さんのジゴロ技なんですね。複雑な恋模様にわたくしもドキドキしてきました……」
「ふっ、エリスや。それが恋でやんすよ?」
「そ、そうなんですか⁉︎ これが……恋⁉︎ ドキドキ……」
しかしヒコが変な事を吹き込んだせいで何やらドキドキしている。弥勒はヒコを睨むがその視線に全然気づいていないようだった。
そしてしばらく妄想タイムが続いた後、月音が口を開く。
「一旦、今日はこれで解散で良いかしら? 色々と考える時間が必要そうだし」
話が纏まったのを見て月音が解散を提案する。それに全員が頷く。こうしてこの日は解散となった。




