第九十四話 自己紹介
時は僅かに遡る。魔法少女たちが魚型の大天使と戦っている時、弥勒は倒れた状態のまま安全な場所にいた。そばにはヒコがついている。
「お腹が空いたでやんす。ミロクは何かお菓子でも持ってないでやんすかね」
待機している事に飽きたヒコはミロクの荷物を漁ろうとしていた。そこでとあるものに気付いた。
「ん? これ何でやんす?」
それは弥勒の右手に握られていた。見た目はコルクがしてある試験管で中には緑色の液体が入っていた。ヒコはジュースだと思ってそれを手に取る。
「わーい、ジュースがあったでやんす! って、クッサ!」
喜んでコルクを抜いたヒコは立ち上る刺激臭に驚く。その匂いを嗅いで明らかにジュースではないと悟ったようだ。
そしてヒコは驚いた拍子に試験管を倒れている弥勒の上へと落としてしまう。すると試験管に入っていた液体が弥勒へと掛かる。
「あ」
ヒコは誤魔化すようにとりあえずサングラスをくいっと上げてみた。すると弥勒の身体がぴくりと動く。
「ま、まさかあっしがトドメの一撃を……! ひぇー、成仏するでやんすー!」
ヒコはその姿を見て目を瞑りながら必死に拝んでいる。数珠を取り出してジャラジャラとやっている。
「……勝手に殺すなよ」
すると弥勒の声がヒコの耳に聞こえてきた。一瞬、幽霊かと思ったが、とりあえず拝むのをやめて目を開けてみる。
「ミロク! 起きたでやんすか!」
そこには目を開けてこちらを見ている弥勒がいた。あまり顔色は良くないが、意識はしっかりあるようだ。
「……何とかな。魔力回復ポーションのおかげだ」
弥勒は倒れる直前に異世界でよく使っていた魔力回復ポーションをアイテムボックスから取り出していたのだ。
通常の戦闘であれば、魔力が減ったタイミングでポーションを飲んだり、かけたりするのだが今回は間に合わなかったのだ。一気に魔力を消費したため取り出すので精一杯だった。
気絶した後は弥勒にできる事はないため、それは賭けでもあった。ポーションの存在に誰かに気づいてもらう必要がある。弥勒としては勘の良いみーこ、月音、ヒコ辺りなら可能性があると考えていた。
結果はヒコの食い意地によるお陰という微妙なものだったが目覚めたので良しとする。弥勒はまだ回復しきっていない身体を無理矢理動かす。
「状況は?」
魔力回復ポーションといっても回復できる量はそれほど多くない。というよりも弥勒の魔力量が大きすぎるため、あまり意味を成していないと言えるだろう。それでも最低限の活動はできるようになった。
「あっしの勘によれば、こっちが優勢でやんす!」
「……そうか」
ヒコが自信満々に答える。弥勒はそれを渋い顔でスルーする。いつものようにツッコミを入れている余裕は無かった。
弥勒は何とか走り出して近くのビルに入っていく。そしてエレベーターで屋上まで進む。普段なら魔力を込めてジャンプすれば簡単に屋上まで行けるのだが、今は少しでも魔力を温存しておきたかった。
幸いビルの電気系統は特に異常が無かったようで、すぐに屋上へと辿り着く。施錠されている扉の鍵を無理矢理壊して外へと出る。すると戦況が目に入ってくる。
場面はメリースプルースとメリーアンバーが必殺技を出した所だった。弥勒は急いで近くのビルへと飛び移って前線へと近づいて行く。
「あれで仕留めきれる程、甘くはないよな」
メリーアンバーの必殺技は流動的でその時の状況によって効果が変わる。今回はメリースプルースの必殺技をサポートするというものだったようだ。
しかしやはり二人の必殺技だけでは倒しきれなかった様で、大天使は煙の中から姿を現した。そこから連続してメリーインディゴとメリーガーネットが畳み掛ける。
そのタイミングで弥勒は大天使に一番近いビルの屋上へと辿り着く。状況を見てもう一撃必要になるかもしれないと考えてヒコが作ったオーガランスを取り出す。
セイバーへの変身は魔力的に厳しい。しかしパワー増強というマジックアイテムくらいだったら使う余裕はある。弥勒はオーガランスに魔力を込める。
そして二人の攻撃が終わってもまだ大天使が生きている事を確認して屋上から飛び出す。着地のことは考えていない。魔法少女の誰かが受け止めてくれるだろう程度だ。
『ま、まだだ……まだ終わらぬぞ……母の愛に終わりなど無い……!』
すると大天使の声が聞こえた。女天使が苦しそうに語っている。それに弥勒は返事をする。
「いや、お前は終わりだよ」
そう言ってオーガランスで敵の心臓を貫く。すると大天使は自らの末路を悟る。
『ああ……愛に終わりは無くとも……母に終わりはあるのだな……』
そう言って最後は穏やかな表情のまま消滅していった。それを見て何とも言えない気持ちになる弥勒。大天使に感情が芽生えたのだと実感させられた。
「って落ちる……!」
槍を大天使に突き刺した後は重力に従って弥勒の身体は落ちていく。それに今さら慌てる。
「あんた、何してるのよ!」
落ちてる途中で近くにいたメリーガーネットに拾われる。それに一弥勒は安心する。せっかく勝ったのに墜落死したのでは意味がないだろう。
「ありがとう」
弥勒はメリーガーネットに抱えられて地面へと着地する。すると空にいたメリースプルースとメリーインディゴも合流してくる。
「えーと……」
全員の視線が弥勒に突き刺さる。それに彼は居心地の悪さを感じる。今まではあまり無かった事態だ。
「お疲れ! それじゃあ今日は解散ってことで!」
弥勒はシュバッと手を上げて解散宣言をする。そしてそのまま立ち去ろうとする。しかしその首根っこをメリーガーネットに掴まれる。
「ぐえっ……!」
「あんた、それで誤魔化せると思ってんの?」
彼女に鋭い眼付きでそう指摘される。それに思わず弥勒は黙ってしまう。流石に今のでは誤魔化せなかったようだ。
「ごうも……尋問の前にまずは移動したらどうかしら? このままここに居ては警察やマスコミも来るでしょうし」
何やら不穏な事を言いかけていたメリーアンバーの提案に全員が頷く。ちなみにしれっとヒコも合流してメリーパンジーの近くにいた。お菓子を催促して、彼女に嗜められている。
結局、全員でメリーパンジーの家へと行く事になった。彼女の家は豪邸のためこの人数で押し掛けても問題ないという結論になったのだ。
魔法少女たちは変身を解除せずにビルを飛び越えてメリーパンジーの家を目指す。ちなみに弥勒は脱走しないようにメリーガーネットの蔓にぐるぐる巻きにされた状態で運ばれている。
家に着いたところで目立たない場所で全員、変身を解除する。その姿を見てお互いに正体を知らなかったメンバーもようやく素の状態が明らかになる。
「やっぱりあんたがメリースプルースだったわけね! メリーアンバーが神楽先輩っていうのも納得だわ」
麗奈は正体が分からなかった二人の姿を見て納得する。どちらも弥勒の関係者だ。セイバーの正体が彼だと分かった時点で、何となく分かっていたことではあるが。
「やほ〜! メリースプルースこと森下緑子でっす よろしく〜」
正体がバレたついでにみーこは自己紹介をする。みーこは月音とエリスとは面識が無いのだ。そして彼女の自己紹介に他メンバーが続く。
「メリーガーネットこと姫乃木麗奈よ。改めてよろしくお願いするわ」
「メリーインディゴこと巴アオイです。今日はみんなに迷惑かけてごめんなさい!」
アオイは途中で戦意喪失して戦線を離脱していた事を謝罪する。しかし全員そのことは気にしていない様子だった。最終的には決めるべき所で決めたのだから問題ないという事だろう。
「メリーアンバー、神楽月音よ。よろしく」
「メリーパンジーをやらせて貰ってます、エリス・ルーホンと申します。今日は皆さん、お疲れ様でした」
魔法少女全員が自己紹介した事で彼女たちの視線が弥勒に集まる。お前も自己紹介しろ、と全員の眼が語っていた。
「夜島弥勒、セイバーだ」
こうして全員のそれぞれの正体が明らかになったのだった。




