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ヤンデレ魔法少女を回避せよ!  作者: 広瀬小鉄
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第九十三話 勝利の槍


 巨大なテディベアと巨大なクジラが戦うというB級映画の様な状況になっている中、メリースプルースはとあるビルの屋上にいた。


 彼女の目の前には力なく項垂れているアオイがいた。変身は解除されており、その瞳にいつもの無邪気さはなかった。


「あんた、ここで何してる訳?」


「…………うぅ……」


 メリースプルースは呆然としているだけのアオイに対して厳しい口調で問いかける。しかし彼女はその問いに答えることができなかった。


「もう一度聞くわ。あんた、ここで何してる訳?」


「……だ、だって……み、みろくくんが……」


 アオイは蚊の鳴くような微かな声で答える。目の前にいるメリースプルースを見ていない様にも見える。彼女は弥勒が倒れたという事に打ちひしがれていた。


「だからアタシたちが戦うんでしょ⁉︎ 全力を尽くした弥勒君の代わりに‼︎」


 メリースプルースは彼女の胸ぐらを掴みながらそう言った。呼び方もいつもの「みろくっち」から昔の「弥勒君」というのに戻っている。それだけ真剣だという事だろう。


「……うぅ……」


 アオイは目を逸らして呻き声を漏らす。それを見てメリースプルースは胸ぐらから手を離して彼女を突き放す。


「そう。ならもう勝手にしなさい。あんたをライバルだと思ったアタシの見る目が無かったようね」


 崩れて泣いているアオイを放って彼女は再び上空へと飛び出した。もうアオイの方を振り返る事はしなかった。一人残された彼女は小さく呟く。


「……わかんないよ…………」


 アオイの頭の中はぐちゃぐちゃであった。元々、彼女は弥勒を守るために魔法少女となった。それが彼女の戦う理由だった。


 しかし実際は違った。アオイが弥勒を守っていたのではない。弥勒がセイバーとして彼女を守っていたのだ。その事実を突きつけられた時、彼女は動けなくなった。


 彼女はセイバーを疑っていたのだ。自らの正体を隠していること。天使と同じ力を使っていること。明らかに天使についての情報を知ってるのに教えてくれないこと。彼女にとってセイバーは完全には信じられない存在だった。


 そのセイバーの正体が弥勒だった時、二つの感情がごちゃ混ぜになった。彼を好きだった気持ちとセイバーを信じられなかった気持ち。彼の正体がセイバーだったという事はアオイが魔法少女をしているのを知っていた可能性も高い。


 それらを考えるとアオイは自分の中にある感情が分からなくなり、身動きが取れなくなった。想っていた気持ちがそのまま重しへと替わってしまったかの様に。


「…………」


 彼女の視界にふと自らの履いている靴が入ってきた。それは弥勒と一緒に買いに行ったランニングシューズであった。今日は自主練として軽く身体を動かしているタイミングで大天使が現れたのだ。そのため彼女の格好はスポーツウェアのままだ。


「…………あ」


 ランニングシューズを見ていると弥勒と一緒に買い物をした時の事を思い出した。あの日が彼女の魔法少女としての始まりだった。鷹の天使に襲われた所を弥勒が庇ってくれたのだ。そして彼女を天使から逃してくれた。


「……そっか」


 彼女はごちゃ混ぜの感情の中で光を見つけた。弥勒は確かに何かを隠していたかもしれない。けれどもそれはアオイを蔑ろにするものでは無かったのだ。それはあの時、彼女を天使の魔の手から逃した事からも明らかだ。


「……行かなくちゃ」


 力が抜けた身体をもう一度、奮い立たせる。何故なら彼女はまだあの時、助けられた恩を弥勒に返せていないからだ。彼を守るという誓いはまだ何も果たせていない。


 後のことは全部、大天使を倒してから考えれば良い。そう思ってアオイは再び立ち上がった。











 一方、戦場ではテディベアが再びクジラを殴りつけていた。水球へと攻撃の対処にも慣れてきたようで魔法少女側が若干、優勢だった。


『く〜ま〜! くま〜!』


『母の愛を否定する者に罰を与えなさい』


 自らが劣勢だと悟った女天使はテディベアではなくメリーパンジーを狙って水球を放つ。術者を消すか消耗させればテディベアも無事ではいられないと考えたのだろう。


「させないわ! ガーネットペタル!」


 しかしその水球はメリーガーネットのシールドにより防がれる。激しい音を立てて水が衝突してくるが、花弁の防壁を抜ける事はない。


「ありがとう……ございます……」


 メリーパンジーはそれに対して弱々しくお礼を言う。彼女も必殺技を出し続けているため限界が近づいてきている。


「大丈夫よ! もう少しの辛抱だから!」


 そんな彼女に対してメリーガーネットは励ますように言った。すると今まで黙っていたメリーアンバーが二人に向かって話しかける。


「準備が整ったみたいね」


 その言葉に二人は上空を見上げる。そこにはメリースプルースがいた。彼女はクジラの近くまで来ていた。こちらを見て大きく頷いている。


「メランコリーアナライズ」


「メランコリーパーリー!」


 別々の場所にいる二人の声が重なる。まずメリースプルースの近くから黒い魔力が広がっていく。そしてそれらは大天使やテディベアたちを呑み込み広がっていく。


 すると次にメリーアンバーの足元から大量のドローンが出てくる。それらは上空へと向かっていく。


「ミラーボールかも〜ん!」


 メリースプルースの言葉によりミラーボールがいたる所に出現する。その状況に女天使も対抗しようとする。


『無駄な足掻きを』


 クジラの口に再び水球が集まってくる。それをテディベアが殴って無理やり口を閉じさせる。しかしそれにより破裂した水球がテディベアにも直撃する。


『グウゥゥッ……!』


『くまー……』


 テディベアが力尽きたように消滅する。それと同時にメリーパンジーが膝から崩れ落ちる。メリーガーネットは慌てて彼女を支える。


「す、すいません……もう……」


「ううん、凄かったわ! 後は任せて!」


 大天使も水球が自爆した事に怯んでいる。その隙に大量に宙に浮いているミラーボールの近くにドローンが配置された。


「よぉし、パーリーターイム!」


「ドローンよ、狙い撃ちなさい!」


 メリースプルースの宣言と共にミラーボールが爆発しようと光り始める。その瞬間にそばに控えていたドローンたちがミラーボールを大天使へ向けて放り投げた。


ドドドドドド


 大天使へと投げ込まれた大量の爆弾が一斉に爆発する。それはまるで炎の嵐のように大天使を呑み込んだ。


『アアアァァァー‼︎』


 大天使の絶叫がその場に響き渡る。そして爆発が収まると黒いフィールドが解除される。煙が晴れるとそこには傷だらけの大天使がいた。しかしその手には水球が握られており、メリースプルースの方へと向けられていた。


『この、ままでは終わらぬ……ぞ……!』


 女天使は憎々しげにそう宣言する。そのまま手から水球を放とうとする。必殺技直後の無防備なメリースプルースを狙って。


 しかしその直後、上空からもう一人の魔法少女が彼女に向かって突撃した。


「そうはさせないっ! メランコリータイガァァァ!」


 メリーインディゴの拳に宿った虎が水球ごと女天使を喰らい尽くす。そして彼女の顔面を思い切り殴りつけた。女の上半身が思い切りのけぞる。


「やればできんじゃない」


 近くでメリーインディゴの必殺技を見ていたメリースプルースは苦笑しながらそう言った。


『ガァァ……⁉︎』


「これでラストよ!」


 いつの間にか空中へと上がっていたメリーガーネットが大天使の正面に立って宣言する。その言葉と共に現れるのは巨大なロザリオだ。真紅の魔力を帯びたとびきりの砲台である。


「メランコリーロザリオ!」


 ロザリオから魔力砲が放たれる。それは魚型の大天使を全て呑み込んだ。そして圧倒的火力で大天使を焼き尽くす。


 しかしロザリオが消えてもまだ大天使の姿は残っていた。全身がボロボロになりながらもその瞳にはまだ意思が残っていた。


『ま、まだだ……まだ終わらぬぞ……母の愛に終わりなど無い……!』


「うそ……まだ動けるの……?」


 その姿にメリーガーネットは思わず後ずさりをする。全員の必殺技を叩き込んだのにまだ動けると言う事に彼女は戦慄する。


 女天使が再び動こうとしたその時だった。再び上空から何かが落ちてきた。今度は魔法少女では無かった。


「いや、お前は終わりだよ」


 そこにはオーガランスを手に持った弥勒がいた。セイバーに変身していない生身の状態でだ。そしてオーガランスを大きく振りかぶり撃ち抜く。


 マジックアイテムとしてパワーが増強されたオーガランスは女天使の心臓を貫いた。


『ああ……』


 心臓に突き刺さった槍を見て女天使は自らの末路を悟る。そして穏やかな表情になって微笑んだ。


『愛に終わりは無くとも……母に終わりはあるのだな……』


 そう呟いて彼女は消滅した。






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