第九十話 敵の能力
弥勒は姿を灰色の騎士から新緑の狙撃手へと変える。相手は遥か上空にいる。通常の攻撃では届かないだろうから遠距離型に切り替えたのだ。
「敵は巨大だから攻撃を当てるのは難しくないだろう」
「問題はその攻撃が効くかよね……」
メリーガーネットはそう言いながら花弁のシールドを解除する。それにより全員が自由に動けるようになる。
「アンバードローン」
それに対してすかさずメリーアンバーがドローンを飛ばす。彼女はまず戦闘データなどを収集する事を優先したようだ。データが取れれば必殺技も使えるようになる。
「いくよー、スプルースロケット!」
「とりあえず三発分くれてやる」
次にメリースプルースが爆発するロケットを飛ばす。これは彼女が持っている攻撃の中で火力が最も高いものになる。それに合わせて弥勒もリボルバーの弾丸三発分の魔力弾を放つ。
それらは勢いよく大天使へとぶつかる。大きな音を立てて煙が広がる。クジラの胴体にキズが出来るが、大きなダメージという程では無かった。
「うーん、あたしはとりあえず接近しないとどうしようもないよね……」
「ならこれを使うといいわ。アンバージェット」
「この前のやつ! ありがとう、メリーアンバー!」
近接戦闘が中心のメリーインディゴは遠くにいる敵に対して打つ手を考えていたところ、メリーアンバーにより助け舟を出される。それは人型の大天使戦の時にも使用していたジェットパックである。これにより彼女は空を飛びながら戦うことができる様になる。
「ワタシはいつでもシールドやエネルギー補給を出来るようにしておくわ」
メリーガーネットは他メンバーのサポートをする事を決める。彼女はシールドの展開やエネルギー補給などが出来るため、戦闘できるメンバーが揃っている時は無理に前線に出る必要はないと考えたようだ。
「あ、あの……わたくしは何をすればよろしいでしょうか……?」
それぞれが自らの役割を果たそうとする中、一人だけ身動きが取れない者がいた。メリーパンジーである。彼女は戦闘経験も浅いためどう動いたら良いか分かっていない様だった。
「メリーパンジーはまず人形たちを使って民間人の避難を優先してくれ! 周りにいる人たちが避難しない事にはこっちも全力で戦闘し辛い!」
「わ、わかりました! おいで、クマちゃんたち」
弥勒の指示により彼女もようやく動き出す。複数のテディベアを作り出して動かし始める。それらはまず道路に残っている人たちの避難誘導を開始した。
「思ったよりもダメージが少ないな。メリーアンバー、俺にもジェットパック貰えるか」
先ほどの被弾した様子を見て敵の装甲が想定以上に硬い事に気付いた弥勒。弾丸を撃つにしても遠くからの攻撃ではダメだと悟ったようだ。
「ええ。いっそのこと先に全員分作っておくわ。アンバージェット」
そう言ってそれぞれの背中にジェットパックが装着される。ちなみにジェットパックの色はご丁寧に魔法少女たちのイメージカラー通りになっている。そして弥勒のものは灰色だ。
「よし、行くぞ」
弥勒はジェットパックの力と足元に込めた魔力により一気に加速してビルの屋上まで駆け上がる。
「うわっ、すご! いきなり使いこなしてるし!」
その姿にメリースプルースが驚く。彼女は背中に付いたジェットパックに恐る恐る魔力を込めて浮き上がる。そして低いところで少し動かしてからコツを掴んだのか、弥勒を追いかける様にして上空へと向かった。
次にメリーパンジーがフワフワと浮かび上がる。こちらはやや不安定な浮かび方だ。先に飛んで行った三人が運動神経が優れていたため簡単そうに見えるが、初心者はこんなものである。
「わたくし、お空を飛んでます! まるで天使様になったみたいです!」
今まさにその天使と戦っているというのに彼女は天然な発言をする。その言葉に思わず吹き出してしまうメリーガーネット。しかし彼女はそれに気づかずに安全運転でゆっくりと飛んで近くのビルへと向かっていく。
「みなさ〜ん、クマちゃんに従って脱出して下さ〜い!」
そしてビルに残ってる人たちに向かって脱出する様に指示をする。危なそうな所にはテディベアを作り出して案内役として配置する。
ビルを駆け上がった弥勒は勢いをそのままに宙へと飛び出し大天使へと接近する。
「今度こそ一撃決めさせてもらうぞ!」
彼の狙いはクジラの口の中であった。身体の外部は硬くても中はそうではない可能性が高い。そう考えて口の中が狙える距離まで接近したのだ。そして六発分チャージした弾丸を放つ。
『アアアァァァー⁉︎』
口の中に炸裂した弾丸により大天使はダメージを負う。それにより上部に生えている女天使の口から悲鳴が漏れる。
「やっぱり上部の女と連動してるのか⁉︎」
その状態を見て弥勒はやはりクジラから生えている女の上半身は大天使の一部だと再確認する。
「まだ終わりじゃないよ! インディゴパンチ!」
悲鳴を上げている大天使に殴り掛かるメリーインディゴ。それはクジラの胴体へと直撃する。コンクリートが破裂するかのような大きな音が響き、ダメージが通る。
「あの上半身だけの女性は殴って大丈夫なのかな?」
「それは分からん。敵の逆鱗の可能性も無いとは言えないしなぁ」
やはり彼女も女天使の部分が気になっていた様で弥勒へと問いかける。しかし今回に限っては弥勒も本当に分からないので曖昧な答えしか返せない。
「珍しいね。セイバーがそんな風に答えるなんて」
「俺だって何でも知ってる訳じゃないさ。分からないこともある」
「ふーん……言っとくけどあたし、セイバーのこと完全に信じたわけじゃないからね」
彼女はセイバーに厳しい態度をとる。弥勒と魔法少女では立場が違うため、あまり信じないように気をつけているのだ。それに弥勒は苦笑いする。
「そうか。でも俺はお前を信じてるから大丈夫だ」
弥勒は自分が怪しい事は理解している。正体や情報を小出しにしているのだ。信じて貰えなくて当然である。しかし彼としては魔法少女の力を信じているので問題ないと考えていた。
「……っ。そう」
メリーインディゴはそれだけ言って弥勒から離れていった。その表情はどこか気まずそうなものだった。
『愚かな者たちよ、痛みを知りなさい』
弥勒たちが話している間に大天使が行動を再開する。女天使の方が再び喋り出す。そして彼女が手を伸ばすとそこから光の糸の様なものが出て近くのビルへと繋がる。
『還りなさい』
その言葉と共にビルが一瞬で大きな水の塊へと変化する。あまりの光景に魔法少女たちも驚きの声を上げる。
「うそっ⁉︎」
「何よアレ⁉︎」
そんな中、弥勒はいつも通り冷静に行動していた。大天使の姿が予想とは違っていたものの権能に関しては大きな違いはないだろうと踏んでいたのだ。
「カラーシフト」
その姿は一瞬で赤色へと変わる。真紅の破壊者である。手持ちの武器もリボルバーから炎を纏った大剣へと切り替わる。そして水の塊へと特攻する。
「灼熱の龍剣!」
ゼロ距離で水の塊に必殺技を叩き込む。その威力はとてつもない。水が一気に蒸発する。辺り一体が水蒸気に包まれる。
「あっつ⁉︎」
近くに来ていたメリースプルースが水蒸気の熱さに慌てて避難する。それを見ていたメリーインディゴも素早く離れていく。
「(とりあえず今回は防げたけど……毎回、必殺技を使ったんじゃこっちの身が持たないぞ……)」
弥勒は水蒸気により周りが見えなくなる中、この後の戦いについて考える。魚型の大天使の権能は「無垢なる海」という力だ。それは光の線が触れたものを強制的に海へと変えるというものだ。
原作ではクジラの噴気孔から光の線がランダムで放出されていたが、今回はどうやら女天使の意思によりコントロールできるようだ。それを敵の意図が分かりやすくなったと捉えるか、思考力がある分厄介だと捉えるかは人次第だ。
「ん……? 意図的に権能をコントロールできる……」
弥勒はその言葉に違和感を感じる。そしてとある事に気付く。
「まさか……人型の大天使があの時に言ってたのはこの事か……!」




