第八十八話 訪問者後編
「あたしが弥勒くんとしたい事……」
アオイは改めて考える。弥勒とどんな事をしたいのか。しかし簡単には思いつくはずもなく何となく周りをキョロキョロと見渡してしまう。すると部屋の隅に見覚えのあるものがあった。
「(あ、タツノオトシゴのぬいぐるみ……)」
アオイの視線の先には以前、水族館で交換したタツノオトシゴのぬいぐるみがあった。約束した通りにきちんと枕の横に置いてある。それに彼女は嬉しくなる。
「ん、この人形はきちんと枕元に置いてるぞ」
アオイの視線に気付いた弥勒が説明する。そこで彼女は気づく。焦っていて先のことしか考えていなかったが、過去にも弥勒と一緒に積み上げてきたものもあるのだ。
そもそも彼女は毎朝のランニングと一緒に登校という強いアドバンテージを持っている。その上、自宅に上がるのも今回で二度目だ。水族館へデートに行った事もある。
また麗奈の言うパチモンのペアルックではなく、一緒に買ったペアスニーカーを持っている。お互いの名前を付けた人形を交換した事もある。
それらを思い出しアオイは少し落ち着くことができた。弥勒は未来の事を見ていなかったが、アオイは過去を見ていなかったのだ。彼女にいつもの調子が戻ってくる。
「あたしも弥勒くんと同じで毎日お話しして、お手入れもして、お洋服とかも作ってあげてるよ」
「いや俺はそこまでしてねーよ!」
アオイの言葉にツッコミを入れる弥勒。彼は枕元に置いてるだけで、それ以外は特に何もしていない。
「ミロクくんはいっつもあたしの着替え中も部屋にいるから困っちゃうよ」
「いや言い方! 確かにぬいぐるみの名前はミロクだけど、その言い方は語弊を招くぞ!」
「気がつくとあたしの下着のケースに紛れ込んでるし……エッチだなぁ」
「それは明らかにお前が自分で入れてるだろ!」
弥勒は連続でボケてくるアオイにツッコミを返す。それにアオイはご満悦だ。
「あはは! やっぱり弥勒くんと一緒にいるのは楽しいね。よし決めた! 今度、あたしの家に来てよ!」
アオイは弥勒にして欲しい事を決めた様だ。今回のお部屋訪問で彼の母親とも会うことができた。変な印象は与えていないだろう。母親と面識があるというのは他のライバルに対して有利に働くとアオイは考えている。
ならば次のステップは自分の母親に弥勒を合わせることだ。そして自分の部屋に彼を招けば、ライバルたちに一歩差をつけられるだろう。
「アオイの家? そのくらいだったら全然良いけど」
「やった! なら今度空いてる日、連絡するから」
弥勒が自分の部屋に来るのが決まってアオイは喜ぶ。そして彼女はすぐさま作戦を考え始める。
「(絶対にママがいる日にしよう。それとお色気大作戦だ!)」
部屋に呼ぶだけでは印象が薄いと思った彼女は追加の戦略を練った。それがお色気大作戦である。ネーミングセンスが無いのはいつもの事として内容は至ってシンプルだ。
部屋に招いてちょっとエッチなハプニングを発生させる。弥勒はそれにドキドキしてアオイを意識し始める。しかも場所はアオイの部屋という事でインパクトが強い。
「(無難なのは短いスカートを履いて……で、でも痴女だと思われたらどうしよう……⁉︎)」
どういうハプニングを発生させるかについてはまだ未決定の様だ。一人で内容を考えては顔を赤くしたり、青くしたりしている。
「どうした、アオイ?」
一人百面相をしてるアオイに弥勒が声をかける。それにより彼女は正気に戻る。
「はっ⁉︎ クマさんパンツは時代遅れ⁉︎」
「急に何言ってるんだ⁉︎」
「う、ううん。何でも無いよ! 気にしないで!」
気になるワードを言っておきながら気にするなと無茶を言うアオイ。
「お、おう。ちょっとお手洗い行ってくるよ」
「はーい」
一旦、話が一区切りついたため弥勒はお手洗いをするために部屋から出る。彼が出ていき扉が閉まる。
「スマホ、置きっぱなしだ……」
アオイはテーブルの上に置いてあるスマホを見つける。そしてそれをジーッと見つめて何やら考えている。
「……………………」
そーっとアオイは弥勒のスマホに手を伸ばす。そして暗証番号を入れてロックを解除する。この番号については登校中などアオイの隣で弥勒がロックを解除している時にこっそり見て覚えたものだ。
「……………………」
そして監視アプリをダウンロードする。次に自分のアカウントを入れる。アオイは自分のスマホに有料の監視アプリを事前にダウンロードしていたのだ。それを弥勒のスマホを同期させる。
そうする事で弥勒のスマホのデータはアオイへと送られる様になる。最後にスマホのホーム画面からアプリを消す。
弥勒のスマホを消して元の場所に戻す。そして自分のスマホを開いてアプリを確認する。すると弥勒のスマホの情報と思われるものが表示される。
「ふふ……」
自分のスマホに弥勒の個人情報が表示されている事に暗い笑みを浮かべるアオイ。
「前回はダメだったけど今回はチャンスが巡って来て良かった!」
アオイは枕元にあったタツノオトシゴの人形を抱き寄せてにっこりと笑う。
前回、弥勒の部屋に来た時もアプリをダウンロードしようとしたのだが、タイミングが合わず上手くいかなかったのだ。
元々はGWに行った家族旅行でのお土産の人形に盗聴器を仕込もうとしていたのだ。皇帝ペンギンの下半身がケンタウロスになっている人形の事である。しかし盗聴器の音声を送れる距離には限界があり、アオイの家までは届きそうになかった。
人形を買ってからその事に気付いたアオイは作戦を変更した。難易度は上がるが弥勒のスマホに監視アプリを仕込もうと考えたのだ。しかし前回のお家デートでは上手くいかなかった。宿題という名目で長居したというのに。
「やっぱ焦っちゃダメだね! 君のお陰で大事なことに気づけたぞ〜」
アオイはタツノオトシゴのぬいぐるみを撫でる。この人形が今までの積み重ねがあるから焦らずにマイペースでやっていけば良いと気づかせてくれたのだ。
「ただいま」
アオイがぬいぐるみと戯れていると弥勒がお手洗いから戻ってくる。
「おかえり〜」
「お、アオイがアオイを抱きしめてる」
ぬいぐるみを抱きしめているアオイを笑う弥勒。自分のスマホに監視アプリが入れられた事には全く気付いていない様だ。
「Wアオイだね! 今日はあたしの方が枕元に居ようかなぁ」
「枕元にいられたら邪魔だわ!」
「え〜、それって枕元じゃなくて一緒にお布団の方が良いってこと? 弥勒くんはえっちだね」
「違うわ!」
アオイはニヤニヤとしながら弥勒を揶揄ってくる。弥勒はアオイの状態が元に戻った事に安心する。彼女は機嫌がコロコロ変わるので相手するのが意外に難しいと弥勒は最近思い始めていた。
「そうだ! 弥勒くん、この人形を持ってみて!」
アオイから急にタツノオトシゴの人形を手渡される。弥勒はよく分からないが言われた通りにそれを持つ。
「はい、チーズ」
するとアオイは人形を手に持っている弥勒の写真を撮った。
「いきなり撮るなって。ビックリするだろ」
「ふふふ、激レアショットを見逃すあたしではないのだ」
アオイはテンション高めにそう告げる。すると手元を操作して弥勒のチャットアプリに今撮った写真を送ってくる。
「自分がぬいぐるみ持ってる写真とかいらねーだろ」
弥勒は撮られた写真を見て苦笑いする。男が可愛らしいぬいぐるみを持っている写真など需要は無いだろう。ましてや自分の写真なら尚更だ。弥勒としては写真フォルダに入れておくのも恥ずかしい。
「ちゃんと届いたね」
アオイが自分のスマホから目を離さずにそう言う。大袈裟な言い方に弥勒は笑う。
「いらないけどな」
「ならあたしのぬいぐるみを抱いてる画像もあげよう!」
そう言って彼女はナマズのぬいぐるみであるミロクを抱いてる画像を送ってくる。ちなみにアオイはパジャマ姿である。元々、弥勒に渡すつもりで事前に自宅で撮っていたのだろう。
「いやこっちもいらんし」
弥勒はとりあえずそう言いながらも写真は保存する。それにアオイが嬉しそうな表情をする。
「そんな事言いつつ嬉しいくせに〜」
結局、その後はぬいぐるみや動物の話題で盛り上がり母親が帰ってきたタイミングで解散となった。




