第八十三話 みーこの苦悩I
ノートにいつも通り妄想を書き込んでいたみーこはその手を止める。
「うーん、最近はいまいち捗らないんだよね〜」
ノートを机の中にしまいスマホを付ける。SNSの自分のページを開く。するとそこにはみーこの日常が綴られていた。昨日投稿した、帰り道に買ったアクセサリーの写真もたくさんの「いいね」が付いている。
みーこのSNSは大町田周辺に住んでいる同年代のフォロワーが多い。また男子からのDMなども大量に来るがいつも開かずにゴミ箱いきとなっている。
「今日は天使と戦ってたから書く事ないな〜」
ダツの天使と戦っていたため本日は寄り道などもしていない。最も時間が掛かった原因はメリーガーネットとの喧嘩なのだが。
「それにしてもメリーガーネットは何か方向性が変っていうかさぁ……」
彼女が思い出すのはメリーガーネットの態度だ。セイバーへの態度について恋愛感情もあるのだろうが神聖視している様にも感じられる。そこが彼女にとって引っ掛かるポイントだった。
「何か気持ち悪いんだよねぇ。これが副作用ってやつなのかな」
純粋な恋愛感情で動いているならみーことしてもメリーガーネットに対抗する手段はいくつもある。アオイに対してやっているのと同じような感じにすれば良い。
しかし神聖視している状態が含まれるとなると、どう対抗したら良いか分からなくなるのだ。弥勒から聞く限りグッズなどを手作りして布教活動までしている様だ。
これが恐らくヒコの言っていた副作用の影響だと言うのは何となく理解している。しかし弥勒の善人ムーブとは違い魔法少女側は恋愛感情とリンクしている。意図的にその副作用を操作するのは難しいだろう。
例え副作用が無くたって思春期の恋愛感情はコントロールが難しいのだ。副作用で悪化しているとなれば抑えようがない。ましてやみーこは弥勒に対する感情を抑えるつもりもないのだ。
「それと最近は姫乃木愛花って娘も要注意だね」
みーこのSNSは他の魔法少女やクラスメイトたちに比べてフォロワーが多い。それは同時に多くの情報が手に入る機会も多いという事だ。
そのためみーこのSNS監視網は弥勒をガッチリとホールドしている。
弥勒本人はSNSをほとんどしていないが周りの人間はそうでもない。彼の周辺の人間や関連する場所などを把握しておけば情報を手に入れるのは思ってるよりも難しくない。
そしてそのSNS監視網に最近、急浮上しているのが姫乃木愛花である。以前、弥勒に助けられたのをきっかけに仲良くなった様だ。しかも今までみーこだけだったセイバーの正体を知っているというアドバンテージも無くなってしまった。
何故か姉にはセイバーの正体を教えていない様だが油断はできない。姉妹揃ってみーこの強力なライバルである。
「それに最後の魔法少女かぁー!」
今日の戦いでメリーガーネットのピンチを助けた新しい仲間。頼りになる戦力として嬉しくはあるが、また弥勒の近くに女が増えるという事でもある。
しかも本人の言う事を信じれば相手はあの美術部の女神だ。入学して以降、男子たちを虜にし続けているという恐ろしい存在である。告白して玉砕した男子の数は校内の男子生徒の数を超えているなんて噂もある程だ。
ちなみに入学して以降、みーこも何人かの男子生徒に告白されている。もちろん相手にしていないが。
「これはヒコに詳しい事情を確認しなきゃね」
明日はヒコの買収用にお菓子を大量に仕入れないといけないだろう。懐は痛くなるが、出費を気にしている場合ではない。ヒコも何故か彼女に懐いていたので油断ならない相手だ。
「メリーアンバーも怪しいのよね……」
今のところメリーアンバーは弥勒、あるいはセイバーに対する想いを公言していない。そして固執する素振りもあまりないため警戒度は低い。しかし時折、変態発言をしているので恋心に目覚めれば一気に迫ってくる可能性も無いとは言えない。
想い人が魅力的なのは惚れた側としては嬉しい限りだ。しかし魅力的すぎるというのも困りものである。
「よし今日はこっちを更新しよう!」
みーこは開いていたSNSのページを切り替える。そこにはみーこの裏アカが表示されていた。表のアカウントはフォロワーが多いが、こちらはほとんどいない。鍵付きになってるため見れる人数も限られている。
『今日は彼氏と刺激的なデート! 彼ってば情熱的で燃えるようでした!』
デートというのは今日の天使討伐のことだ。情熱的で燃えるようというのは真紅の破壊者の事を指している。
この裏アカは日常の都合の良い部分だけを切り取って弥勒と付き合っている雰囲気を出すためのアカウントだ。最近、何となく始めてみたらすっかりハマってしまったのである。
『彼ってばアタシの事が好き過ぎるからすぐ既読ついて返信くるし! 少しくらい家ではゆっくりさせてくれ〜』
連続して投稿する。すぐに既読して返信するのはどちらかと言うとみーこの側なのだが、彼女にとってそれは些細な事だ。
夜島弥勒は森下緑子を愛しているし、逆もまた然りだ。それはこのアカウントにおける揺るぎないルールである。ある意味、普段つけている妄想日記の延長線上にあると言えるだろう。
もしこんな惚気らしき文章を表のアカウントに載せたら問題が色々と発生するだろう。弥勒からの指摘はもちろんだが、フォロワーが減る可能性も大きい。
アオイもみーこのSNSはチェックしている様なので迂闊な動きをすればライバルたちが有利になってしまうかもしれない。それを分かっているから裏アカを作ったのだ。
「そういえば新しいフォームってメリガネが言ってたな〜。どんな奴だろう」
メリーガーネットとの喧嘩のせいで有耶無耶になってしまったが、弥勒が新しいフォームを見せたというのだ。しかも姫乃木愛花に。
「うーん、やっぱり可能性として高いのは黄色、青色、紫色かな……」
セイバーのカラーは魔法少女たちとリンクしている事が多い。基本フォームの灰色は別として新緑の狙撃手がメリースプルースに、真紅の破壊者がメリーガーネットと色が近い。
その事を考えると新しいフォームというのも魔法少女の誰かと色が近いだろうことが予測できる。ここではその程度の推測が限界だ。
「でもそうすると灰色プラス五色がセイバーのフォームなのかな。うーむ、みろくっちにも謎が多いと言うか……」
弥勒の正体がセイバーだったというのはみーこが予想した通りであった。しかし彼がどうやってあの力を手に入れたのかは彼女も知らない。分かっているのはあの力が魔法少女たちと同じ様に副作用があるという事くらいだ。
ヒコが言うには光の力で魔法少女とは逆のものだと言っていた。つまりヒコと契約して手に入れた力では無いのだ。かと言って弥勒の周りにはヒコの様に妖精がいる訳でもない。
「最近の流行りでいったら異世界召喚から帰ってきたとか……? なんて流石にライトノベルの読み過ぎか〜」
読書好きのみーこは純文学からライトノベルまで面白そうならば何でも手を出している。そのため流行りのジャンルについても詳しい。その中でも異世界召喚や異世界転生は最近のライトノベルの主流である。
「ていうかラスボスがみろくっちだったりしないよね……? もしそうだったら無理ゲーじゃん。一緒に地球滅ぼすしか無いね」
光の力は天使たちも使っている。そして幹部である大天使とも弥勒は一人で渡り合える。そう考えると実はラスボスが弥勒でしたというパターンも物語としてはありだろう。
そうなった場合を考えると最早、彼女としては敵対せずに人類を一緒に滅ぼすしか無い。彼女に弥勒を倒すという選択肢は無いのだ。強いて言えば母親は死なせたくないという想いはあるのだが。
「さっぱり分から〜ん!」
結局、この日も弥勒について色々と考えたが結論が出る事は無かった。しかしこの弥勒の事について考えるというのが彼女にとって一番楽しい時間でもあるのだった。




