第七十九話 麗奈ルートについて
弥勒は地面を泳ぎ回るサメたちを見ている。サメは時折、地面から飛び上がるもののこちらまで飛んでくる様子はない。
「セイバー様……?」
愛花はそれを不安そうな顔で見ている。彼女としては地面の中にいる敵に弥勒が攻めあぐねているように見えるのだろう。
「大丈夫」
そんな彼女の不安を弥勒はかき消す様に答える。
「カラーシフト」
弥勒のその声と共に身体が光に包まれる。そして手に持っていたリボルバーが消滅する。間近で見るファームチェンジに愛花は驚く。
「藤紫の支配者」
今まで緑色をベースとしていた姿が紫を中心とした配色へと変化する。そして宝玉の位置が左眼から左の掌へと移動している。武器は何も持っていない。
「紫色……⁉︎ お姉ちゃんからも聞いた事無い色だ!」
愛花がその姿を見てリアクションする。麗奈からセイバーについて色々と説明は受けているのだろう。しかし今回のフォームは初披露のため聞いた事がないのも当然である。
弥勒は屋根の上から地面へと飛び降りる。落下中にサメに襲われると避けるのが難しいため素早く着地する。
「くらえ」
そして着地したと同時に宝玉の付いている左手で地面へと触れる。すると宝玉から大量の魔力が流れ出し、紫色の線が四方へと広がる。
バチバチとまるで電撃を流しているかの様な音がする。それを見て何か危険を感じ取ったのかサメたちが一斉に弥勒の方へと向かってくる。
「支配」
すると地面が弥勒の意思に沿って動き始め、飛びかかってきたサメを捕まえる。地面の中にいたサメたちも身動きが取れなくなる。
「「「Geeeee⁉︎」」」
先ほどまで自由に動けていた地面が急に固まったため天使たちは慌てた声を上げる。しかし捕まってしまった以上、どうする事もできない。
「潰れろ」
その言葉により地面が一瞬、圧縮したかのように縮まる。中にいたサメたちは全て潰されて粒子となって消える。弥勒はそれを確認してから地面を元に戻す。
「撃ち漏らした奴はいないな……」
周りを見渡してサメが残っていないか確かめる。そして他に天使がいない事を確認してから弥勒は飛び上がる。愛花がいる屋根へと戻る。
「ふぅ……」
愛花の死亡フラグに関するイベントだったため慎重に事を進めたが結果としては苦戦する事なく圧勝という形で終わった。
ひとまずの危機が去った事で弥勒は溜息を吐く。すると愛花が弥勒に声を掛けてくる。
「凄かったです! けど何をしたんですか⁉︎ 地面がグワーッてなってましたけど!」
命の危機が去った途端に元気になる愛花に弥勒は苦笑する。
「このフォームは魔力を流した物体を支配する力があるんだよ。だから地面に魔力を流してサメたちを動けないようにしてから圧死させたって訳」
「おぉ〜! 何かよく分からないですけど凄いです」
藤紫の支配者は他のフォームと違って武器が存在しない。そして使い勝手が環境に左右されやすいため弥勒はダンジョン攻略ではあまり使っていなかったフォームだ。
その能力は宝玉から魔力を流して触れたものを支配するという力である。その力が及ぶ範囲であれば支配した物体の形を変えたりする事も可能だ。例えば粘土に触れれば一瞬でセイバー人形が作れたりもする。
それにより地面を支配してサメたちが泳げないようにしてから圧縮して潰したのだ。この能力の効果範囲は魔力が及ぶ所までとなっている。
ダンジョンであまり使わなかったのは支配できるものが岩や水など限られていたためである。今回のように地面を使うのは魔力の消費量が大きくなるのでダンジョンでの使用には向かない。ダンジョンではいかに魔力を節約して攻略するかが大切になる。ましてやソロではなおさらだ。
そのため異世界での生活時には活躍の機会が少なかったフォームといえる。しかしこちらの世界であれば建物や車、金属など様々な物を支配して戦える。使った後に元の姿に戻せば被害も少なくて済む。そう考えると便利なフォームとも言えるだろう。ただし周りの環境に左右されるのはこちらでも変わらないので要注意だ。
「あとでお姉ちゃんに自慢します! セイバー様が新しいフォームを見せてくれたって!」
愛花は初めて見るフォームにテンションが上がっている。そして新フォームについて姉に自慢するつもりのようだ。弥勒はそれを止めようとする。
「いや麗奈に自慢はしなくていいから」
弥勒としては愛花が麗奈に自慢した場合、次にセイバーとして会った時にこのフォームを見せろと言われそうな予感がするため彼女の提案を却下したのだ。また彼女が襲われた事も連鎖的にバレるので弥勒としてはあまり自慢して欲しく無い。
「ならちょびっとだけにしときます」
そう答える愛花に弥勒は肩を落とす。ちょびっとでも話してしまえば麗奈がセイバーの話に食い付かないはずがない。結果として全てを話す事になるだろう。その結末が見えているため弥勒はテンションが下がっているのだ。
「セイバー様は全部でいくつのフォームがあるんですか?」
「それは秘密だ」
愛花の質問に答えてから再び彼女をお姫様抱っこする。そして地面へと飛び降りる。
「ひゃあ⁉︎」
本日二度目のお姫様抱っこに再び愛花は悲鳴を上げる。こうする事で彼女からの質問をうやむやに出来るのだ。
「よっと」
なるべく愛花に衝撃がいかないように優しく着地をする。そして彼女を降ろす。
「これでもう大丈夫だろう。天使もこれ以上いないだろうし」
「あ、ありがとうございました。また助けられちゃいましたね」
愛花は少し照れたように言ってくる。弥勒としては原作の死亡フラグを一つへし折れたのでこのタイミングで愛花が襲われたのは不幸中の幸いであった。
愛花が死んだ後の麗奈ルートではやけになった麗奈が暴走をする。その後、人型の大天使との戦闘中に主人公は麗奈を庇って死ぬ事になる。そして最終的に麗奈は人柱となる。それは天使たちがこの世界に降臨出来ないような結界を張るためである。これは公式では「永遠のロザリオエンド」と表記されている。
愛花が生き残った方のルートではもちろん麗奈は暴走しない。そのため人型の大天使との戦闘で主人公が麗奈を庇って死ぬという展開も発生しない。その一方で暴走状態程の力が麗奈には無いため人型の大天使には逃げられてしまう。そして残った大天使たちは降臨せずに天使たちを派遣するという選択をする。それにより戦いは続くというエンドである。公式では「明日への戦いエンド」と表記されている。
正直、弥勒が前世でこのルートをクリアした時に思ったのは「あんまりハッピーエンドじゃない」という事だった。
しかし今回サメの天使を倒し、人型の大天使も既に撃破済みである。これは麗奈が人柱になる「永遠のロザリオエンド」を回避したと言えるだろう。それはつまり主人公が死ぬルートが一つ潰れたという事だ。
「愛花ちゃんに怪我がなくて良かった」
弥勒は彼女にそう笑いかける。死亡フラグが一つ消えた事で弥勒としても飛び跳ねたい気分だが、そこは我慢して男の余裕というものを見せる。
そして弥勒は変身を解除する。藤紫の支配者から元の私服姿へ戻る。
「あ、夜島さんに戻っちゃいました」
元の姿に戻った弥勒を愛花は残念がる。
「出来ればもっと目に焼き付けておきたかったです。お姉ちゃんに人形を作ってもらうためにも」
「いやそれは作らなくて良いわ!」
「ダメです! セイバー様人形を全色揃えたら幸せになれるってお姉ちゃんが言ってたので!」
そんなよく分からない理由で肖像権を剥奪されるセイバー。しかし麗奈は妹に人形についてどういった説明をしているのか。弥勒としては気になる所だが深入りすると危険そうなのでそっとしておく。
「もう好きにしてくれ。とりあえず駅まで送るわ」
「はーい!」
弥勒は愛花を駅まで送って行く。こうして優雅なランチデートは終わったのであった。そしてその日の夜に彼女から新フォームについて姉に話したら絶叫していたという連絡が弥勒の元へと届くのであった。




