第七十七話 愛花とランチ
弥勒はふと自分の手元に天使コンパスが無い事を思い出した。ヒコに改造を頼んだのだが、結局それは月音へと渡されたままとなっている。
「あいつ、今どこにいるんだ?」
ヒコの行方はみーこの家を飛び出してから掴めていない。
「とりあえず天使探しするか」
日曜日で暇していた事もあり、服を外出用に着替えて家を出る。外は天気が良く過ごしやすい気温だ。
弥勒はまず駅までの道のりを魔力探知しながら歩いていく。何の反応も無いのは平和な証なので良しとする。
そしてあっという間に鴇川駅まで辿り着く。するとスマホが震える。弥勒はポケットからスマホを取り出して通知を確認する。
『こんにちは! 今日、これからお時間ありますか? 良かったらランチでも行きませんか?』
愛花からのランチのお誘いだった。これに弥勒は悩む。もし一緒にランチした事がバレたら麗奈に色々と言われるだろう。少し考えてから返信をする。
『大町田駅で良いか?』
愛花に関しては原作での死亡フラグを完全にへし折ったとは言い難い。そのため接点は作っておいた方が良いと判断したのだ。またセイバーの正体を知っている数少ない人間なので無碍にする訳にもいかない。
『わーい! それじゃあ改札の所で待ってます!』
すぐに既読が付いて返信が来る。丁度駅前まで着いていた弥勒はそのまま電車に乗る。定期の範囲内なので交通費が掛からないのは弥勒としてはありがたい。ここの所、出費が多いため無駄にお金は使いたく無いのだ。
電車に揺られて10分もしないうちに大町田駅に着く。お手洗いに立ち寄ってから改札を出る。
「夜島さーん!」
するとそこには既に愛花がいた。前回とは違うチェック柄のワンピースを着ている。
「早いな」
「お姉ちゃんの家に泊まった帰りなんです。ついでに大町田駅でブラブラしようと思って」
「麗奈の部屋に泊まったのか。それで何か食べたいものはあるのか?」
見ると愛花はリュックを背負っている。そこにお泊まりセットが入っているのだろう。
「うーん、和食かなぁ。昨日、食べすぎちゃったんで」
「おっけー、それならこっちだな」
二人で駅前にある和食のチェーン店に入る。前回とは違い見栄を張る必要はないのでコスパ重視のチョイスだ。
店員に案内されて禁煙席に座る。そして二人でメニューを眺める。
「昨日はお姉ちゃん家でピザ食べたんですよ。しかも一人一枚!」
「それは随分と豪勢にいったな」
「なので今日はカロリー控えめでいきます。鰆の西京焼きと雑穀米のセットで!」
「なら俺は天丼にするか」
メニューを決めて店員に注文する。ランチが来るまでの間、弥勒は昨日来たチャットについて質問する。
「そういえば昨日の不穏な発言は何だったんだ?」
「それは秘密です! いずれ時がくれば分かるんで」
愛花は両手でバツを作って回答を拒否する。そこまでハッキリ拒絶されては弥勒としても聞きようがない。
「むしろ私も聞きたい事がいっぱいあるんですよ! お姉ちゃんの力の事とか!」
前回、天使に襲われた際にセイバーの正体が弥勒だと彼女にバレている。そしてそれを口外しないよう約束をしている。彼女はその約束を守っているせいで詳しい事を姉に聞けていないのだろう。どこまでが喋って良い内容なのか判断ができないのだ。
「ああ、俺としても話し合える機会があると良いなと思ってたんだ」
「良かった。じゃあズバリ聞きます! お姉ちゃんの力っていうのは魔法少女の事ですか⁉︎」
弥勒からの許可を得て愛花がいきなり核心を突いてくる。
「そうだけど……よく分かったな」
「そりゃあ分かりますよ。SNSとかでセイバー様と天使について調べたら必ず魔法少女についての目撃情報もあるんですから」
今の学生たちにとってSNSというのは身近なものだ。気になる情報があったらSNSでリサーチするというのも自然な流れである。
「麗奈は闇の妖精と契約して天使を倒す能力を手に入れたんだ。それが魔法少女って訳だな」
「闇の妖精⁉︎ それって大丈夫なんですか⁉︎」
さすがに闇の妖精というのはSNSに載っていなかったのだろう。愛花は驚いて目を見開いている。
「ダイジョブダヨ」
「全然大丈夫じゃなさそう⁉︎」
弥勒としてはお世辞でも大丈夫と言い難いのを知っているため変な返事となってしまう。冷や汗をかきながら目線も愛花から逸らしている。
「とりあえずそんな感じで麗奈と何人かの魔法少女で天使を倒してるんだ!」
愛花からのリアクションはスルーして強引に話を進める。それに渋々納得する愛花。
「それで夜島さんの力は何なんですか?」
弥勒の説明を聞いて愛花は疑問を口にする。彼の説明では魔法少女たちの力の説明はしていてもセイバーについての説明はしていない。
「俺の力は闇の妖精とはまた別の力だな。どっちかと言うと天使寄りだな」
「天使に近い力って……大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ」
弥勒も今度ははっきりと肯定する。多少、善人に寄っていくという副作用はあるものの自覚をしてからは流されにくくなっている。影響はそれほど大きく無いだろう。
「お姉ちゃんの時より大丈夫そうな返事……」
麗奈の時とのリアクションの違いに愛花がジト目で見つめてくる。それを再び誤魔化すように天使についての説明をしていく。
「人類が地球環境を破壊しまくったから神様が激おこなのよ。それで天使を派遣して人類さよなら作戦を発動したって訳」
「凄い雑な説明⁉︎ でもめちゃくちゃ伝わりました。話を聞く限りこれって人類詰んでません? 神様が敵なんですよね?」
愛花は適応能力が高いようで弥勒の雑な説明を理解している。その上で人類の未来について尋ねてきている。
「とりあえず幹部である大天使たちを倒せばひとまずは戦いは収まるはず……」
既に原作知識があてにならない所まで来ている。そのため弥勒としても答えに自信がなくなる。そもそもルートによって結末が違うため明確な答えも存在していない。
「あやふやですね」
「こればっかりは仕方ないだろ。今の俺たちにできるのは天使たちを倒す事だけだ」
鳥型の大天使と人型の大天使はもう倒している。残りの大天使は五体だ。原作が始まって一月半でこれである。このスピード感なら下手をすれば一学期中に決着がついてしまうかもしれない。
二人の間に沈黙が降りる。そのタイミングでランチがやってくる。それにより少し暗くなった空気が戻る。どちらも出来立てのため湯気が立っており美味しそうだ。
「とりあえず食べましょうか」
「そうだな」
「「いただきます」」
二人は手を合わせてからご飯を食べ始める。少し食べてから話を再開する。まず口火を切ったのは愛花からだった。
「私に何か手伝える事って無いんですか? お姉ちゃんや夜島さんが戦ってるのに私だけ何も出来ないっていうのも……」
「ない」
はっきりと拒絶の姿勢を見せる弥勒。天使は一般人がどうこう出来る相手では無い。ましてや彼女は中学生だ。とてもじゃないが戦力にはならないだろう。
「巻き込まれた人たちの避難誘導とか!」
それでも愛花はめげずに弥勒に出来そうなことを提案してくる。
「ある程度、自衛の力がないと危険だ。もし愛花ちゃんに何かあったら麗奈にも申し訳ないしな」
「うっ……」
愛花も姉の名前を引き合いに出されると弱い様だ。
「強いて言うなら麗奈の精神的なケアを頼む。力があるって言ってもまだ女子高生だ。天使との戦いはあいつにとって大きな負担のはずだ」
「それは言われなくても大丈夫です! お姉ちゃんを支えるのは妹の役目ですから!」
愛花は弥勒のお願いを当たり前の様に受け止める。彼女にとってそれだけ姉は大切な存在なのだろう。
「何なら夜島さんのケアも任せて下さい! 例えばコレとか!」
何故か弥勒のケアまでしようとする愛花。手際よくスマホを操作して弥勒に何やら画像を送ってくる。彼はやってきた画像を開く。
「何だよ、コレ……」
「去年のハロウィンでしたキョンシーのコスプレです! 目の保養になるかと思って。あ、ついでにお姉ちゃんのもあげますね」
次に送られてきた画像を開くとカボチャの着ぐるみを着た麗奈の写真だった。普段、読書モデルをしているとは思えないガッカリ画像だ。
弥勒は二人の画像をしっかりと保存してから昼食を再開するのであった。




