第七十三話 休校明け
水曜日となり休校していた学校は再開となった。朝はいつも通りアオイとランニングをした。その後、欠伸を噛み殺しながらも登校する。月曜日と火曜日は家でゆっくりしていたため体力は万全だ。
「おはよう」
いつも通り隣の席の麗奈へ挨拶をする。
「おはよう。今日は眠そうね」
「休みだからって少しだらけすぎたわ。麗奈は休校中何してた?」
「ふふふ、秘密よ。そのうち教えるわ」
弥勒からの質問に麗奈は怪しく笑う。それに嫌な予感がする弥勒だが、問い詰める事は出来ない。
「なんだよそれ」
ある意味、日課となっている麗奈との朝のやりとりが終わる。そのまま机で授業の準備をしているとスマホが震える。取り出して見てみるとみーこからのメッセージだった。
『おは! 今日のお昼は屋上で優雅にランチだい!』
こちらの予定を聞かずに一方的に決定された内容が送られてくる。弥勒としては問題が無いのだが、何となく従うのは癪なのでわざと意地悪な返信をする。
『うーん、今日は学食の気分なんだが……』
するとすぐにみーこから返信が来る。
『二千円ぽっきりだから!』
『客引きか! とりあえず昼休みに屋上に行けば良いんだな?』
みーこからの返信内容に思わずツッコミを入れてしまう。それに毒気を抜かれたため昼食の件を受け入れる。屋上に行くという事はヒコも一緒にいるのかもしれない。
屋上は立ち入り禁止になっている。そのため屋上へと続く扉は施錠されており、それを開けるには鍵が必要となる。以前に屋上を使った際にはその鍵をヒコが職員室からくすねてきたのだ。
そして真面目に授業を受けて昼休みとなる。弥勒は自分の弁当を持って屋上へと向かう。すると屋上の鍵は既に空いていた。
「みろくっち、おっす!」
屋上ではみーこがレジャーシートを広げて弥勒を待っていた。手には小さめのお弁当箱を持っている。
「早いな。ヒコは?」
「授業が終わってそっこー来たからね。ヒコはいないよー」
弥勒は周りを見渡してヒコがいない事に気付く。それをみーこに尋ねると彼女はいないと答えた。
「ならどうやってここに入ったんだ?」
「ヒコに賄賂を渡して妖精パワーで合鍵を作って貰ったのサ!」
賄賂というのはどうせ食べ物なのだろうが、なかなか悪い事をしているみーこ。それに弥勒は少し呆れた顔をする。
「あんまりやりすぎるなよ……」
万が一、合鍵を複製した事がバレたら大きな問題となるだろう。ましてや先日の襲撃により学校側も厳戒態勢となっているのだ。
「はーい」
みーこは分かってなさそうな感じで返事をする。弥勒も強く言うほどのことでは無いのでそれで良しとする。そのままみーこの隣に座って弁当を開ける。
「「いただきます」」
弥勒の用意が終わった所で二人揃って挨拶をしてから食べ始める。
「鍵を自分で準備したならヒコはそっちにはいないのか。日曜に俺の家を出て行ったんだが」
「そだね。日曜はアタシの家に泊まって次の日にどっか行ったっぽい」
月音の家で質問責めにされてゆっくり出来ない事を嫌がったヒコが弥勒の家に来たのは土曜日の事だ。そのまま一泊してみーこの家に行ったのだろう。そこからはどこに行ったか不明のようだが。
「相変わらず自由な奴だな。好き勝手に他人の家に泊まってフラフラしてるなんて」
「でもみろくっちなら出来そうじゃない? アタシの家はおっけーだし、巴さんも大丈夫そう。セイバーになれば姫乃木さん家も問題なし!」
「問題大ありだわ!」
弥勒はみーこの考えを即座に否定する。そもそも女性の家を渡り歩くつもりなど彼にはない。
「アタシの家はいつでもウェルカム! ママいるけど」
「余計行かないだろ」
「え? ママが居ない時の方が良いの? みろくっちはえっちだねぇ」
男子としては女子の家にいって母親がいたら気まずいだろう。みーこはそれを悪い様にとって揶揄う。ニヤニヤして弥勒を見ている。
「違うわ!」
弥勒も否定はするがそれがみーこに伝わっているかは怪しい。
「はぁ……まぁいいや。それよりも俺をわざわざ呼んだって事は何か聞きたい事があるんじゃないのか?」
「え?」
「ん?」
弥勒の質問に疑問系で返すみーこ。それに弥勒も再び疑問の声を上げてしまう。
「何言ってんの? ふつーにみろくっちとお昼食べたかっただけだし」
弥勒の予想とは違う答えが返ってくる。彼としては何か天使や魔法少女関連で聞きたい事があるから呼び出されたと思っていたのだ。
しかしみーこは単純に弥勒とランチをしたかっただけのようだ。それを知って弥勒は気が抜ける。
「なんだ……」
「ぶー、なんだってなんだー!」
弥勒のリアクションにみーこが怒る。
「いやいや特に聞きたい事が無いなら良かったって意味だよ。みーことのランチは嬉しいよ」
「取ってつけた感じだけどまぁ許す! アタシは器が大きい女だし?」
「なんで疑問系だよ。そこは断言してくれ」
「アタシ器広し!」
「無駄に元気!」
みーこの発言に笑う弥勒。それに合わせてみーこも笑う。
「でもそう言われると聞きたい事が無い訳じなないんだよね〜」
ひとしきり二人で笑い合えてからみーこが話を再開する。わざわざ呼び出す程、聞きたい事は無いがいくつか疑問はあるようだった。
「何を聞きたいんだ?」
「まず大天使についてかな。それぞれの型だけいると考えておけ?」
「ああ。既に鳥型と人型を倒したから残りは獣、霊、無、魚、蟲だな」
「蟲だけはみろくっち一人でよろしく」
みーこは蟲という言葉を聞いて嫌そうな顔をする。天使になると虫の姿も巨大化するので苦手な人にとっては余計に辛いだろう。もちろん弥勒も虫は好きでは無い。
「頑張るよ」
そう答える弥勒だが内心では別の事を考えていた。
「(蟲の大天使は一人で倒せないから残念ながら魔法少女たちの力も借りる事になるな)」
弥勒の記憶では原作でも蟲型の天使が出る度に魔法少女たちは騒いでいた印象がある。やはり女子で虫が大丈夫な人間は少ないのだろう。
大町田市も都会といえる街なので普段から虫を見る機会が地方と比べて少ないというのもあるかもしれない。
「もし一人で倒せなかったら罰ゲームね」
「いっ……⁉︎」
みーこの発言に固まる弥勒。内心では魔法少女たちの力を借りるつもりだったので焦る。慌ててどんな罰ゲームか彼女に尋ねる。
「ち、ちなみにどんな?」
「う〜む、一週間アタシのお弁当を作ってくること!」
「作ってくるって俺が……?」
「そう! 罰ゲームなんだからみろくっちに苦労して貰わないと」
「……分かったよ」
「いえーい!」
弥勒は思ったよりも罰ゲームの内容が楽そうだったので安心する。しかしこの罰ゲームの真の狙いは別にあった。
「(にしし、これでみろくっちと一週間ランチ一緒に食べれるし)」
彼女にとってあくまでもお弁当を作ってきてもらうというのはオマケだ。もちろん好きな人が自分のためにお弁当を作ってくれるのは嬉しいのだが、弥勒は明らかに料理慣れしていないためクオリティは期待出来ない。
大切なのはその罰ゲームをする事で一週間弥勒と一緒にランチを食べられるという事だ。せっかくヒコに作ってもらった鍵も有効活用出来るので一石二鳥だ。
「みろくっちは料理得意?」
「焼くのは……」
「何で焼く限定⁉︎」
変な答えにツッコミを入れるみーこ。弥勒は異世界で生活していたためダンジョンで素材として出てきた肉を焼いて食べたりしていたのだ。
アイテムボックスに料理を入れておく事も出来たのだが、最初のうちはお金の節約のためそういった工夫をしていた。最もスパイス類も値段が高いので塩やよく分からないソースを掛けて食べていた。
「漫画肉とか作れるぞ」
「それはさすがにいらない!」
お弁当として漫画肉を持ってこられても絶対に食べ切る事は不可能だ。みーこは強く否定しておく。
「苦手なものとかあるか?」
「いや無いけど……。っていうか何でもう作る気満々なん? もしかして蟲の大天使、一人で倒す気ない感じ?」
「……」
みーこの鋭い指摘に黙る弥勒。
「おい〜、こっち見ろー!」
みーこと弥勒の楽しいランチタイムであった。




