第七十話 水族館デート前編
月音と今後の部活動について話し合った翌日、弥勒は鴇川駅にいた。待ち合わせ相手はアオイである。
日曜日という事で今日はアオイと一緒に水族館に行く予定だったのだ。休校中の学校からの通達では「なるべく外出を控える様に」と言われているが、それを守る学生はほとんどいないだろう。
服装はカーキのパンツに黒いシャツジャケット、インナーは白とシンプルなものだ。鞄はレザーのミニショルダーを使っている。基本的に弥勒は荷物が少ないため鞄は小さいものが多い。人前では使えないがアイテムボックスもあるため鞄の必要性をあまり感じていないのだ。
しばらく駅前で待っていると待ち合わせ時間ギリギリにアオイが小走りでこちらへとやってくる。
「ごめんなさい! 待たせちゃったかな?」
彼女はデニムのスカートにグレー系のトップスを着ている。鞄と靴を黒色で揃えている。唇には薄くリップが塗ってある。全体的にガーリーな印象である。
「そんな事ないよ。俺も今来たばっかりだし」
「ほんとは?」
「20分前に来た」
「あはは、素直! よし、それじゃあ行こう!」
弥勒の正直な発言にアオイは笑う。みーこの時でもやったデートの待ち合わせにおけるお決まりのパターンである。
「それにしても河崎に水族館なんてあったんだな」
「そうなんだよ! そんなに大きくないんだけど生息エリアごとに区分けされてて面白そうなの!」
弥勒たちは電車に乗り河崎を目指す。電車で一時間は掛からないので学生でも楽に行ける。
「弥勒くんは水族館だと何が好き?」
「ペンギン」
「それはズルいよ! ペンギンはみんなのものだから。ちなみにあたしはカクレクマノミ〜」
「えー、ペンギンがダメならウーパールーパーかな」
「確かに弥勒くんってウーパールーパーみたいな雰囲気だもんね!」
「どんな雰囲気だよ!」
下らない話をしている内にあっという間に河崎駅に着く。休日という事もあり人が多い。
弥勒たちは改札を出てから駅と直結している大きな商業施設がある方とは逆に行く。今回行く水族館は駅を出てすぐのところの商業ビルの上層階にある。
そしてすぐに水族館へと辿り着く。受付でチケットを二枚買って入場する。するとまず現れたのは地元の生物たちが見られるエリアだった。
「この辺りは馴染みのある生物たちだな」
「馴染みあるって言っても直接見た事はほとんど無いけどね」
「鯉くらいかな」
「そうだね〜」
二人で順番に水槽を見ながら感想を言って行く。そして次のエリアに入る。そこからはあまり知らない生物になってくるため二人のテンションも上がっていく。
「すご〜い! なんか本当に雰囲気が全然変わるんだね!」
「なんか水族館なのにオシャレだな」
「ふっふっふっ、弥勒くんもまだまだだね。最近の水族館はオシャレな所も多いのだよ」
二人とも残念な語彙力のため感動しているのだが上手く表現出来ていない。そしてアオイは得意げに最近の水族館について語る。しかしすぐに興味は館内の生き物へと移る。
「見てみて! 鳥もいる! 可愛い〜!」
ガラスの向こう側にいる鳥を発見してはしゃぐアオイ。弥勒は看板に書いてある説明を読む。
「ワライカワセミだってさ。カワセミって名前よく聞くけどどんな鳥だか知らないわ」
「えっ⁉︎ この子ってカワセミちゃんなんだ。普通のカワセミってもっと青っぽいんだよ」
弥勒は普段あまり動物と触れ合ったりすることは無く、テレビでも動物系のドキュメンタリーなどを観ないため知識が少ない。その一方でアオイは動画サイトやテレビでよく動物系のものを観ているのだ。
「説明によると鳴き声が笑い声みたいだからワライカワセミなんだってさ」
「シンプルな理由だね。鳴き声聞きたい!」
二人でしばらくワライカワセミが鳴くのを待ったが残念ながら何も起きなかった。そのため諦めて次のコーナーに行く。
「弥勒くんのアニマル愛が足りないからと鳴いてくれないんだよ〜」
「いやいやアオイの圧力が強すぎたと見たね」
そんな話をしながら次のゾーンに入る。この場所はアフリカゾーンとなっている。
「へぇー、このエリアは小さい魚とかが多いんだね」
「確かに可愛い感じだな」
順番に見て行くと再び魚以外の生物も現れる。
「あ、カメレオン」
「カメレオンだな」
カメレオンを見てアオイのテンションが下がる。弥勒はアオイのテンションが下がっている理由が何となく分かる。
「「(何か天使としてめっちゃ出てきそう……)」」
お互い正体は秘密にしているため声には出さないが、考えている事は同じだった。カメレオンの姿をした天使などは実にありえそうである。そう思うと急激にテンションの下がる二人であった。
「あ、こっちの魚は可愛い! レッドジュエルシクリッドだって」
「へー、確かに赤とピンクの中間みたいな色で可愛いな」
新しい魚を探してカメレオンで下がったテンションを何とか戻す二人。そのまま次のエリアへと向かう。次は一つ下のフロアとなっており、そこには南アメリカの生物たちがいた。
「おぉ〜! 植物とかも凄いね」
「確かに凄いな……」
弥勒としては日本にない様な大きい植物を見ると異世界を思い出してしまう。そのためややテンションが下がる。別に異世界そのものが嫌いだった訳では無い。ただダンジョンをソロで攻略しないと帰れないというのが辛かったので全体的にあまり良い記憶ではないのだ。
「ここは水槽が大きいから迫力あるね!」
「さっきまでの所とは全然見せ方が違うんだな」
二人で水族館の手法に感動しながら見て回って行く。しばらく進むとカフェが見えてくる。
「ここで少し休憩しようか」
「そうだね。あたし喉が渇いちゃった」
「俺はオレンジジュースにしよう」
「あたしはジャスミンティー!」
弥勒は最近、月音と一緒にいる事が多いためコーラばっかり飲んでいた。そのため他のジュースが飲みたくなったのだ。
二人は飲み物を買って空いている席へと座る。周りを見渡すとカップルやファミリーなどが多い。
「やっぱり休日だと混んでるね」
「でも流石に休校の月曜日とかに行く訳にはいかないだろ」
「確かにね。月曜日と火曜日は家で大人しくしてた方が良いとあたしも思う。ヒマだから二十四時間電話しようよ!」
「するか!」
土日に出歩く分は誤魔化せるが休校扱いの日に出歩くのは外聞が悪いだろう。平日のため他の学生もいないため目立つというのもある。
「え〜残念。そういえば一昨日の事件は弥勒くんは巻き込まれなかったんだよね?」
「ああ、あの日はさっさと帰ったしな」
企画開発室の活動として月音と天使探しをしていた事は言わない。言ったらアオイが余計に心配すると思ったからだ。またデート中に他の女性の話をするのはマナー違反というのもある。
「良かった! もし巻き込まれてたら今度こそ弥勒くんのスマホにGPSアプリをいれなきゃいけない所だったよ……」
さらりと恐ろしい事を言い放つアオイに弥勒は顔を引き攣らせる。
「あ、誤解しないで! 弥勒くんのだけじゃなくてあたしの方にもアプリを入れてお互いに居場所分かるようにするつもりだったんだから!」
「う、うむ」
アオイは何が誤解なのかよく分からない事を言う。それに弥勒は動揺して武士の様な口調になる。
「でもアプリで居場所分かるってちょっと恥ずかしいよね!」
「そうかもな。今後、GPSアプリが進化したら家の中のどこに居るかとかもバレそうだよな。トイレ中とかお風呂中とかさ」
「おぉ〜! それ凄い良いね! そうなったら完璧だよね。何してるかも把握できるし」
弥勒が求めていたリアクションとは違う反応が返ってくる。てっきり嫌がるかと思っていたのだが、アオイは前のめりに賛同してきた。
「まぁGPSアプリの話は置いておこう。結局、巻き込まれなかったんだから」
「それもそうだね。何はともあれ弥勒くんに何事も無くて良かったよ!」
適当な所で二人は話を切り上げる。そうでないといつまでもダラダラ喋ってしまうからだ。そしてカフェを出て館内を回るのを再会するのであった。




