第六十八話 月音の家
人型の大天使たちによる学校襲撃があった翌日。学校側から休校の連絡が弥勒の家にも届いた。週明けの月曜日と火曜日が休校で水曜日からは授業を再開するという連絡だった。
破壊された場所が美術室のため授業にそれ程大きな影響がない事。その他の割れた窓ガラスや荒れたグラウンドなどを優先して修繕するといった旨が記されていた。
「てっきり一週間くらいは休校になるかと思ったんだけどな」
弥勒は学校からの連絡に目を通してそう呟いた。不幸中の幸いで壊された美術室が校舎全体に倒壊の危険性などの影響を与えるといった事は無かった様だ。
昨日は夜のニュースで学校襲撃が取り上げられていた。いくつかスマホで撮影したと思われる動画も流されていた。天使が校庭で暴れている映像などだった。
弥勒たちが戦っている動画は流れなかった。もしかしたら撮影はしていたのかもしれないが、GWの時の様にモザイク処理になっていてテレビで流せるレベルでは無かったのかもしれない。
「下手したらこの街から引っ越す人とか出てくるかもしれないな」
大町田市では天使による襲撃が頻発しているため、そのうち安全を考えて引っ越しをする人たちが出てきても不思議ではない。今回の学校からの連絡でも休み中に不必要な外出は控える様にと記されていた。
弥勒がそんな事を考えていると部屋の窓がノックされる。そちらを見てみると窓の外にヒコが浮いていた。
弥勒は窓を開ける。するとヒコがフワフワと部屋の中へと入ってくる。
「どうしたヒコ。お前、ツキちゃん先輩の家に泊まったんじゃなかったのか?」
ヒコはテーブルの上にぐでーんと転がる。そして眠そうに答える。
「それが一晩中質問責めで全然眠れなかったでやんす〜。しかもツキネにミロクを呼んでくるように頼まれたでやんすよ」
案の定、昨晩は月音に色々と聞かれて寝れなかったようだ。こうなるとヒコはしばらく月音の家には寄り付かないかもしれない。
「俺を? セイバーじゃなくて?」
「ミロクの方でやんす!」
それに弥勒は首を傾げる。セイバーの方で呼ばれるなら魔力や天使について聞きたい事があるのだろうと推測できるが、弥勒として呼ばれる理由はいまいち分からない。
「俺はツキちゃん先輩の家に行けば良いのか? 場所知らないけど」
「そうでやんす! あっしが案内するでやんす。あとお菓子が欲しいでやんす」
どうやら呼びに行く兼案内役としてヒコは派遣されたらしい。ヒコはえっへんと胸を張っている。
「お菓子って先輩の家で散々食べたんじゃないのか?」
「うーん、美味しかったけど量が少なかったでやんす……」
月音の家は金持ちのため高級なお菓子が出てきたのだろう。値段が高いお菓子は量が少ない事が多いので、ヒコとしては満足出来なかったのだろう。
「まぁブロックチョコと煎餅くらいならあるからやるよ」
「わーい! 甘いのとしょっぱいので無限コンボでやんす!」
そう言ってヒコは炭酸ジュースを取り出す。味はイチゴと書いてある。あまり見かけた事のないパッケージだ。
弥勒はヒコにお菓子を渡してから外に出る準備をする。ベージュ寄りのチェック柄ワイドパンツと黒のオープンカラーシャツを着る。
ナイロン素材のサコッシュに財布とスマホを入れる。そして洗面台に行ってワックスを髪につける。面倒なので一度濡らして下地を作るといった事はしない。
あっという間に準備を完了させた弥勒は母親に一声掛けてから家を出る。ヒコもそれに付いてくる。ジュースとお菓子を食べながら。
「お前、行儀悪いな」
「どうせ他の人間には見えてないから問題ないでやんすよ」
他人の目がないのを良い事に好き勝手にしているヒコ。ある意味、自由に振る舞うのは妖精として正しい行動なのかもしれない。
「それでどう行けば良いんだ?」
「つくし原って駅でやんす!」
それを聞いて目的地を弥勒は思い浮かべる。つくし原は大町田市周辺でも富裕層が多く住んでいるエリアだ。弥勒の最寄駅からは三十分くらいでいけるだろう。直線距離で行けばもっと近いのだが、電車のため遠回りになってしまう。
電車に乗ってつくし原駅を目指す。その間ヒコとは喋らない。周りの人間にはヒコが見えていないため弥勒が一人で喋っている様に見えてしまうからである。
二回の乗り換えをしてつくし原駅へと辿り着く。弥勒はこの駅に来たのは初めてである。
「こっちでやんす!」
そこからはヒコの案内に従って歩いていく。少し歩くといわゆる高級住宅街と呼ばれるエリアに入る。
しばらく歩くと目的の家が見えてくる。立派な門がある豪邸だった。漫画やアニメの金持ちの様に庭などは無いが十分な大きさだろう。
「ここでやんす!」
何故かヒコは自分の家でも無いのに威張った様に胸を張る。そして勝手にチャイムを鳴らす。しばらくすると月音が顔を出す。
「いらっしゃい、よく来たわね」
月音は弥勒を歓迎する。その服装は部屋着のようで薄いピンク色のモコモコした服を着ている。
「お疲れ様です。とりあえず呼ばれたんで来ましたけど……」
「ええ、詳しい話は中でするわ。とりあえず入りなさい」
月音は弥勒を門の中へと招き入れる。そしてそのまま家の中には入らずに脇にある別の建物に入っていく。弥勒とヒコもそれに続く。
「こっちは私の研究部屋よ。邪魔が入らないように独立させてるの」
弥勒の視線から戸惑いを感じ取ったのだろう。月音はこの建物について説明をする。そしてメインルームらしき場所に弥勒たちを招き入れる。
その部屋の中は学校にあった部室をさらにグレードアップさせた様な場所だった。いくつもの機械やコードが置いてあり、ガラスの仕切りの向こうにはソファと大きな冷蔵庫がある。
「とりあえず座ってちょうだい」
そう言って弥勒をソファに座らせて月音は冷蔵庫から缶コーラを取り出す。缶にはバニラフレーバーと書いてある。
「どうぞ。闇の妖精も飲んでいいわよ」
「ありがとうございます。それにしてもフレーバー付きのタイプも飲むんですね」
「この位の味変なら個人的にはアリだと思うのよ。コーラの味そのものが変わるものは認められないけど」
缶を開けて豪快に飲み出す月音。弥勒とヒコもそれにならってコーラを飲む。
「今日、呼んだのは他でも無いわ。私はそこの闇の妖精と契約したの」
弥勒にあっさりと魔法少女になった事を告げる月音。それに弥勒は驚く。
「えーと、それって俺に言って良いやつなんですか……?」
「ええ、だって契約を持ちかけられた時にそばにいたし、昨日の件だってあるもの」
確かにヒコが月音に契約の話をした時に弥勒もその場にいた。そのため月音の暴走を心配して弥勒は彼女の天使探しに協力していたのだ。
月音側としても弥勒が心配していたのは分かっていたため正直に打ち明けたのだろう。さらに昨日の学校襲撃がダメ押しになったのかもしれない。
「ニュースとかで見てると思うけどアレは天使の仕業よ。私としても流石に見過ごせなくて契約する事にしたのよ」
「ああ、やっぱり……」
弥勒もとりあえず話の流れに乗る。ここから話がどう展開するのか読めないからだ。危険なのでこれ以上関わるなと言われる可能性もある。
「だからもう心配しなくて大丈夫よ。天使に対抗する力はもう手に入れたのだし」
「えーと、それじゃあ俺はもうお役御免って事ですかね」
「何言ってるの。お役はこれからよ」
「え……?」
やはり話の流れ的に関わるなパターンかと思っていた弥勒は予想外の答えに目を見開く。それを見て月音は楽しそうに笑う。
「これから魔力について研究するのよ。助手として手伝いなさい。そもそも貴方が言い出した事なんだから」
弥勒の予想とは全く逆で、魔力の研究をするための手伝いが欲しかった様だ。魔法少女になったというのは迂闊に外部に漏らす事は出来ない。それだったら最初から事情を知っている弥勒を巻き込んだ方が早いと考えたのだろう。
「えーと、良いんですか?」
「もちろんよ。まずはコレを見てちょうだい」
そう言ってから月音はいつの間にか出現させた指輪にキスをする。
「メランコリーハートチャージ」
その言葉と共に月音が光に包まれる。そして髪型や髪色が変化して、メイクも施される。服装も魔法少女お決まりのフリフリなものへと変わる。
「刹那の閃きは未来への軌跡、メリーアンバー」
彼女はいきなり弥勒の前でメリーアンバーへと変身するのであった。




