第六十二話 ヒコのセンス
翌日、弥勒が教室に入ると相変わらず麗奈が睨んでくる。しかし弥勒としてもいつまでも睨まれたままでは困るので仕方なく声を掛ける。
「おはよう。まだこの前の事、怒ってるのか……」
「……おはよう。人の妹を誑かしておいて随分な態度ね。アレから愛花があんたの連絡先知りたいってうるさいのよ」
溜め息を吐きながら麗奈が答える。
「それでどうしたんだ?」
「とりあえずセイバー様グッズを渡したら大人しくなったわ」
どんなグッズを渡したのかは気になるが、聞くと話が長くなるのでスルーする。
「それよりもあんた、今度は神楽先輩と街中でデートしてたらしいじゃない。噂になってるわよ。どんだけ手広くやってるのよ」
「は? 噂になってる?」
「学校でもトップクラスの有名人だもの。一緒に歩いていたら目立つのは当然でしょ」
麗奈にそう言われて昨日の事を思い出す弥勒。確かに部室を出てから学校を出るまでの間にかなり注目されていた。企画開発室の知名度も考えると噂になるのも仕方ないだろう。
「まぁそうか……」
「思ったよりも冷静ね。本当にあなた刺されない様に気をつけなさいよ。いやむしろ一回くらい刺された方が良いかもしれないわね。主に愛花のために」
「物騒な事を言うな!」
不穏な事を言ってから授業の準備に戻る麗奈。弥勒も少し顔を引き攣らせながらも鞄の中から筆記用具などを取り出していく。
そしてすぐに教師がやってきて授業が始まる。一限目から歴史という睡魔との戦いを前提とした授業を弥勒はぼんやりと聞き流す。
黒板に書いてある事をノートに写していく。それをしながら考えるのは昨日の月音が言った台詞だ。その中で弥勒としても引っかかるものがあった。それは天使が魔力を動力源にして活動しているという言葉だ。
「(天使を動かしている動力が魔力……? それは考えた事も無かったな)」
天使が戦う際に魔力を使っているのは考えるまでも無いことだ。しかし天使は他の生命体と違い代謝というものが存在していない。それを感じ取っていたからこそ弥勒は天使を生物ではなくロボットに近い存在と考えていたのだ。
そこに来て動力源が魔力だと考えると、ある意味でヒコなどの妖精に近い存在という事になる。
「(天使は人間よりも妖精に近い存在なのか……)」
弥勒にとって天使とは人類を殲滅するために造られた兵器というイメージだった。大天使を除いて通常の天使は決められた行動をするだけの存在だ。そのせいで破壊活動という点に意識が向いていたため動力についてはきちんと考えた事が無かったのだ。
「(だとしたら魔力を乱す機械を作れれば……いや待てよ)」
そこまで考えた所で弥勒はとある事を思い出した。それは月音ルートのラストだ。
月音ルートのグッドエンド側のラストでは人類全てがスマホで天使を撃退できる様になるというものだった。天使による襲撃は無くならないものの、人類が気軽に天使を倒せるようになったのだから問題ないという結末だったのだ。
「(あれがもし天使の魔力をジャミングする機能だったのなら納得できるな)」
思わぬ形で原作知識の補完ができてしまった。そして魔力を乱す機械を作れる事を同時に確信する。それは異世界にも無かった技術だ。キーパーソンはもちろん神楽月音である。
そういった事を考えているうちにあっという間に放課後を迎える。弥勒はすぐに企画開発室の部室へと向かう。
「入りなさい」
月音に扉のロックを解除してもらい中へと入る。
「おつかれです。今日は例の天使探しをするんですか?」
「もちろんよ。もし可能なら昨日の妖精にももう一度会いたいところね。まだ聞きたい事は山ほどあるし」
研究者の月音にとって魔力という未知の素材はまさに無限の可能性そのものだ。彼女としてはできるだけ詳細を知りたいのと考えているのだろう。それが事実かどうかはさておき情報は多い方が良い。
「でもあの妖精胡散臭かったですけどね」
「そうね。ハートのサングラスなんてセンスが無いわ。あと口調も変だったし」
弥勒の発言に月音も同意する。何故ヒコがあんな喋り方なのか、あんなサングラスを掛けているのか。それは永遠の謎である。
「キャラ付けでもしてるんですかね?」
「妖精なんてキャラ被ったりしないんじゃないかしら。あれはあの妖精のセンスよ、きっと」
そんな話をしながら外に出る準備をする。彼女は初めから外に探索に行くつもりだったようで今日は白衣を着ていなかった。
月音は何やら机の上にあるいくつかの機械を鞄に入れる。そして椅子から立ち上がって鞄を手に持つ。
「なんか準備万端って感じですね」
「ぬかりはないわ。ちなみにあと五分来るのが遅かったら置いて行ってたわ」
さらりと昨日の約束を無視しようとしていた事を告白する月音。彼女との付き合いが浅い弥勒にはそれが本気なのか冗談なのか分からない。
「危なかった……。それで今日はどこら辺を調べるんですか?」
月音が持っている天使コンパスに反応が無い以上、天使は出現していないのだろう。それでも行くと言っているのは未知との遭遇により彼女のテンションが上がっているからだろう。
「そうね、あの妖精がいた神社周辺を調べましょう。魔力とやらの残留物質が見つかるかも知れないわ。今日は採取キットなんかも用意しているし」
部室を出て花町田神社へと向かう。校内ではやはり月音と弥勒の事が噂になっている様で騒ついているのが感じ取れた。
「そういえば貴方、随分なプレイボーイみたいね」
月音もそれを感じ取ったのだろう。ピンポイントな話題を振ってくる。
「そんな事ないですよ。所詮は根も葉もない噂です」
「でも彼女候補が二人いるのは事実よね?」
「彼女候補という訳じゃ……仲の良い友人ですよ。どこでそんな事を聞いたんですか?」
「貴方を部員に選んだのはインスピレーションだけれど、入部させるにあたってそれなりの下調べはしてるわ」
神楽月音は社長令嬢である。ましてや天才と呼ばれる程の逸材で既に父親の会社でいくつものロボットを開発している。そんな彼女の周囲に入り込もうとする人間がいたら調査されるのは当然とも言える。
「なるほど。先輩は先輩で大変なんですね」
弥勒は感心したように呟く。弥勒からしたら既にアオイやみーこに動向を監視されがちなため素行調査程度で驚きはない。
「そんな事はないわ。私はかなり気ままにやってるもの。大変なのは私に振り回される周りの方よ」
月音は自分の行動を自覚してるのかニヤリと笑う。弥勒もそれには苦笑いするしかない。
そしてそのまま学校を出て花町田神社へと向かう。道中にも彼女は成分探知機を使って周りの様子を窺っている。
「端から見たら俺らってかなり怪しいですよね」
「私は美少女だから問題ないわ」
弥勒の指摘にスパッと言い切る月音。確かに月音は美少女であるが、研究優先のため髪型など雑な所も見受けられる。
「まぁ確かにそうなんですけど……」
「そんな事よりもやっぱりこの辺では魔力とやらは観測できないわね」
月音は弥勒の話をスルーして魔力の話へと話題を戻す。そして探知機が示しているデータをスマホに入力している。
「スマホでデータ入力するんですね。PC持ち歩いてるのかと思いました」
「最近はスマホもスペックが高いから入力のし辛さを除けば使い勝手は良いのよ。貴方はアダルト動画を見るくらいにしか使って無いかもしれないけど」
「そんな事ないわ!」
「恥ずかしがる事は無いわ。誰にだって性欲はあるもの。私だって秘密にしていたけれど実は匂いフェチよ」
全然隠しきれていなかった秘密だが、弥勒は静かに頷く。
「最近のお気に入りは貴方の匂いよ。次点でエリス先輩ね」
続け様にいらない告白をしてくる月音。弥勒としては非常にリアクションに困る案件である。
「エリス先輩?」
「知らないかしら? 学内では美術部の女神とか呼ばれているわ」
「ああ、聞いた事あります」
美術部の女神と呼ばれている三年生のエリス・ルーホン。思わぬ所で名前が出てきたため弥勒は驚いてしまった。彼女もまた『やみやみマジカル★ガールズ』のヒロインの一人なのだ。
「さて、着いたわ」
先ほどまでの性癖話は花町田神社に着いたため終了となった。そこから二人は改めて花町田神社を捜索するのであった。




