第六十一話 月音とヒコ
弥勒は月音と先日駅前で起きた天使騒動の調査に来ていた。そこで彼女の作った成分探知機に反応があり、辿っていくとそこにはヒコがいた。
「ん? 何であっしの秘密基地に人間がいるでやんす⁉︎」
弥勒は思わず頭を抱えそうになる。てっきり魔法少女チームの誰かの家にいると思っていたヒコがこんな所にいたのだ。
「あれ、よく見たらミ———」
「な、何だこの生物はッ!」
ヒコが弥勒の名前を呼ぼうとした瞬間に大声を出してそれを防ぐ。
「貴方、いきなりどうしたのよ? それよりも今、この生物喋って無かったかしら?」
幸い月音は誤魔化せたようで、彼女はヒコが喋ったという事に興味を持っている。弥勒はその隙に必死にヒコにアイコンタクトする。
するとヒコの方も弥勒と一緒にいるのが魔法少女の誰かではない事に気付き事情を把握する。
「あっしは魔法少女への案内鼬でやんす。そこのお嬢さん、魔法少女にならないでやんすか?」
ヒコは月音を勧誘する。忘れがちだがヒコは妖精のため魔法少女などの魔力を持っている存在か、その資質が高い者にしか見えないのだ。
つまり妖精が見える月音は魔法少女になる資格がある。そう考えたヒコは彼女に何の説明もせずにとりあえず勧誘を行った。
「いやよ」
そして即答で断られる。当然だろう。いきなり出てきた謎生物の勧誘に「はい」と答える人間の方がおかしい。
「な、なんででやんすか⁉︎」
「だって怪しいじゃない。というか貴方、魔法少女って言ったけど例の騒動に関係しているのかしら?」
驚くヒコに対して月音は冷静だ。ヒコの漏らした魔法少女という言葉を拾って話を展開する。
「例の騒動?」
ヒコは訳が分からず首を傾げる。ヒコはテレビやネットを見ていないため、GWに起きた騒動がどのくらい騒がれているのか知らないのだ。そもそも昼寝していたヒコはその戦いに参戦もしていないだが。
「数日前に起きた大町田駅前での化物と魔法少女と呼ばれる存在の戦いよ」
「ああ、この前の……。あれは別に魔法少女と天使が戦っただけでやんすよ」
「天使……?」
ここで初めて出て来た「天使」という単語に月音は戸惑う。
「そうでやんす! アレは神により人類を滅ぼすために遣わされた天使でやんす」
ヒコは事情が分かっていない月音に天使について説明する。随分とザックリとした説明だが、弥勒がそれを捕捉する訳にもいかない。
「天使かどうかの真偽はさておき、あの化物は人類の敵というのは確定みたいね。それで貴方は何なのかしら? そもそも喋るイタチなんておかしいわ」
再びヒコが喋っていることにツッコミを入れる月音。弥勒はもう慣れてしまっているため何とも思わないが、初めて会う月音からしたら疑問に思うのも当然の事だろう。
「あっしはその天使たちを倒すために目覚めた闇の妖精のヒコでやんす! 適性のある人間に天使を倒すための力を渡しているでやんす」
「なるほど、それが魔法少女という訳ね」
月音は凡その事情を把握したようだ。それから少し考え込む仕草をする。その隙に弥勒が喋り出す。
「それでその妖精のあんたはこんな所で何してたんだ?」
「あっしにも一人になりたい時があるでやんすからね。そういう時はここでぐーたらしてるでやんす」
「(お前はどこに居たってぐーたらしてるだろ……)」
内心、そう思ったが口には出さない。とりあえずヒコがここに居たのは特別な理由ではなく、ただ一人になりたいだけだった様だ。
「貴方が放出している未知の成分は力とやらに関係あるのかしら?」
思考の海から戻って来た月音が再び口を開く。
「あっしが放出している成分? それは魔力の事でやんすか?」
「魔力……?」
「そうでやんす。あっしと契約して魔法少女になる事で魔力を操る力が目覚めるでやんす! その力を使って天使を倒すんでやんす」
「未知の成分を操る力……。興味があるわ。その契約とやらにデメリットはあるのかしら?」
研究者である月音にとって未知の成分を扱えると言うのは魅力的に映ったようだ。しかしそれでも即契約を結ばないのは理性的な判断といえるだろう。
「うーん、強いて言えば天使と戦ったりするから精神的に不安定になりやすいって事でやんすね」
「なるほど。それくらいなら許容範囲ね」
ヒコの言っている事は間違ってはいないが正しくもない。ヒコの台詞だけでは戦いという行為によりストレスなどが発生する様に聞こえる。
しかし実際は違う。天使と戦う際に使う魔法少女の力が精神を不安定にさせるのだ。それは明確な副作用のため、単純なストレスとは違う。
ヒコがそれを意図的に隠しているのかどうかは不明だ。説明を聞いた月音はデメリットの少なさから契約を考える。弥勒はジト目でヒコを見つめる。
「なら契約するでやんすか?」
「いいえ。まだ実際に天使も魔法少女も見ていないから頷く事は出来ないわ」
月音としては契約を前向きに考えているようだが、肝心の実物をどちらも見ていないため頷く事はしない。
「困ったでやんすね。そうタイミングよく天使が来るなんて無いでやんすよ」
「それなら魔法少女をここに呼ぶ事はできるのかしら? どちらも見れないんじゃ契約は無理だけど、片方だけでも見れれば考える余地はあるわ」
困った顔をするヒコに月音は妥協案を提案する。しかし魔法少女を見れたら契約を考えると言っているだけで契約するとは言っていないのがミソだ。
デメリットを正確にいわないヒコもヒコなら、契約について濁す月音も月音である。ある意味でバランスが取れているかもしれない。
「うーん、魔法少女を今すぐここに呼ぶのも難しいでやんす。という訳でコレを渡しておくでやんす!」
ヒコは何かを取り出して月音へと渡す。
「コレは……コンパスかしら?」
「天使コンパス・改でやんす。天使が現れたらそれが反応するでやんす。しかもアラーム付き!」
弥勒が依頼していたアラーム付き天使コンパスをあっさりと月音へと渡しすヒコ。弥勒としてはあまり面白く無いが、魔法少女が揃わないのも困るので口出しはしない。
「なるほど。もし天使が現れたらコレの指している方向に進めば見つけられる訳ね」
「そして天使がいる所に行けば魔法少女にも会えるでやんす!」
天使が現れたら倒せるのは魔法少女かセイバーしかいない。そのため天使の居場所を見つける事こそが月音の希望を叶える一番確実な方法なのだ。
「ありがたく貰っておくわ」
「とりあえず今日はこれであっしは失礼するでやんす!」
そう言ってヒコは空高く飛んでいった。恐らく魔法少女の誰かの家に向かったのだろう。足早に立ち去っていったのは月音が居なくなった後に弥勒と二人きりになると怒られると判断したからだろう。相変わらず保身には長けている妖精である。
「急に居なくなったわね」
「そうですね。というかそれで本当に天使とやらを探しに行くんですか?」
月音はヒコが去って行った方向を見ながら呟く。その手には天使コンパスがしっかりと握られている。
弥勒は月音の真意を探るため、今後の方針を尋ねる。それに彼女は少し考える素振りをしてから答える。
「少なくとも原理は不明だけれど喋る生物がいたことは事実だわ。誰かが作ったロボットという訳でも無さそうだったし。この先の情報を知るには天使とやらを観察するのが一番じゃないかしら?」
「でも危険かもしれないですよ?」
「いつだって物事にはリスクがつきものよ。それにもしあの妖精が言っていた魔力というのが、天使とやらを動かしている力なら世界のエネルギー事情に革命を起こせる程の発見よ。命を賭けるには充分だわ」
月音は自分で言いながら興奮してきたのか、饒舌になってきている。そして彼女の決意は固いようで目には力が宿っている様に見える。
「はぁ……。分かりましたよ。ただ一つ約束して下さい。一人で勝手に天使は探しに行かないで下さいね。何かあったら大変ですから」
「あら、心配してくれるのかしら。嬉しいわね。そんな事を言われるとつい匂いを堪能したくなってしまうわ」
「いやそれはやめて下さい!」
そんなやり取りをしながら、結局この日は解散となるのだった。この流れだと近いうちに月音と天使探しをする事になるだろう。弥勒は気が少し重くなるのだった。




