第五十七話 姉妹の合流
弥勒たちが人型の天使を対処してから五分くらいで麗奈がこちらへとやって来た。
「愛花!」
「お姉ちゃん!」
二人は抱き合ってお互いの無事を喜ぶ。麗奈は少し泣いている。
「本当に無事で良かった」
「お姉ちゃんの方こそ一人で残るんだもん。ビックリどころじゃないよ!」
愛花が天使相手に一人で残った麗奈を心配するのは当然のことだろう。麗奈からしたら天使と戦うのはいつもの事ではあるのだが。
「弥勒もありが……ってあなた怪我してるじゃない!」
愛花を連れて逃げてくれた事に対して麗奈は弥勒に礼を言おうとするが、その際に彼の服が切れているのに気付いた。
「あ、ああ。こっちでもまたあの天使ってやつに襲われてな……」
弥勒はチラリと愛花に目配せをする。彼女はそれに気付いて小さく頷く。
「た、大変じゃない! それでその天使はどうしたのよ⁉︎」
麗奈は弥勒から話を聞いて青ざめる。もしかしたら天使がまだ近くにいるかもしれないと警戒する。
「助けてくれたんだよ! お姉ちゃんが言ってたセイバー様って人が!」
「えぇっ⁉︎ セ、セイバー様が助けに来たの⁉︎」
弥勒からのアイコンタクトを受けた愛花は彼がセイバーだと言う事を隠して話す。セイバーが愛花を助けたのは事実なので嘘にはならない。
「サクッと天使を倒してそのままどっかに行っちゃったけどな」
すかさず弥勒がどこに行ったか分からないアピールをする。愛花に嘘を吐かせるのも酷だと思ったので嘘部分は弥勒の担当だ。
「そ、そうなの……。ってそれよりも弥勒は怪我大丈夫なの⁉︎」
セイバーが既にいないと聞いてがっかりする麗奈だったが、すぐに弥勒の傷について心配する。
「ああ。大した事ないから大丈夫だ」
傷については服が派手に切られているため大きく見られがちだが実際はかすり傷レベルだ。薄皮一枚切られた程度だろう。
「なら良かったわ……。改めて弥勒、妹を守ってくれてありがとう」
麗奈は弥勒の手を取って感謝する。弥勒の正体がセイバーだと知らない麗奈からしたら彼は命をかけて妹を守ってくれた恩人という事になる。
「いやたまたまだから気にしなくて良いって」
嘘を吐いている手前、そこまで感謝されると気まずくなる弥勒。するとそれを見て愛花が助け舟を出す。
「それにしてもセイバー様って凄かったね! ズバババーンって敵をやっつけちゃった!」
「でしょ⁉︎ セイバー様は最強のヒーローだもの。そこら辺にいるザコ天使なんて敵じゃないわよ」
麗奈は愛花の出したセイバーの話題に分かりやすいくらいに食いついて来る。弥勒の手をポイっと捨てて愛花の方を向く。
「ちなみにセイバー様は何色だったの?」
「灰色と緑色だった!」
「そう。灰色の姿はシールドを出せるのが特徴でバランス型のフォームなのよ。緑色の姿は遠距離型でリボルバーを使うのが特徴ね」
麗奈は愛花にそれぞれのフォームの説明をする。身振り手振りを交えて熱が入った解説をしている。
「へ〜、お姉ちゃん詳しいんだね!」
「当たり前よ。ワタシほどセイバー様の追っかけをしている人間はいないわ」
自慢気に麗奈はそう言う。
「そういえば夜島さんとお姉ちゃんって本当は付き合ってないんだってね?」
急に愛花が爆弾発言をする。それに麗奈は目を見開いて弥勒の方を見る。
「ちょっと弥勒、喋ったの⁉︎」
「やっぱりそうなんだ! コミュ障のお姉ちゃんが高校に入った途端に彼氏が出来るなんておかしいもん!」
愛花は麗奈にカマを掛けたようで彼女のリアクションを見て弥勒が彼氏だと言うのを嘘だと確信する。弥勒は何も喋ってないので、麗奈のリアクションを見てやれやれと言った顔をしている。
愛花は麗奈がセイバーの正体を弥勒だと知らなかった事に疑問を抱いたのだろう。そこから推測して麗奈が嘘を言っている可能性に気付いてカマを掛けたという形だ。
分かりやすく麗奈がリアクションしてしまったためにあっさりバレてしまったとも言える。
「し、失礼ね! そこまでコミュ障じゃないわよ! まぁ見栄を張ってしまったのは認めるけど……」
麗奈は少し気まずそうに愛花から視線を逸らす。
「お姉ちゃん、謝る相手が違うんじゃないの? こんなくだらない事に夜島さんを巻き込んで……」
ジト目で麗奈を睨む愛花。その視線に麗奈はたじろぐ。そして弥勒の方へと向き直る。
「弥勒、変な事に巻き込んでごめんなさい」
「いや最後は色々あったけど今日は俺も楽しかったし」
いつの間にすっかり弥勒と呼ぶ事に慣れてしまっている麗奈。演技が終わっても名字呼びには戻らないようだ。
「そう言ってくれると助かるわ」
「よーし、これでひと段落だね!」
そう言って愛花は弥勒の腕に抱きつく。
「「は?」」
弥勒と麗奈は彼女の行動に驚く。
「な、何してるの愛花⁉︎」
「何って別にお姉ちゃんの彼氏じゃないなら良いでしょ?」
「良くないわよ! っていうか弥勒! あんたワタシの妹に何したのよ!」
麗奈の怒りの矛先が弥勒へと移る。もちろん弥勒も状況が飲み込めず戸惑っているのでろくな返事が出来ない。
「い、いや……何もしてないって……」
「何もしてなかったらこんな事になる訳ないでしょ! さぁ吐きなさい! 愛花に何をしたの⁉︎」
麗奈は弥勒の服の襟を掴んでグラグラと揺らす。それを愛花は楽しそうに見ている。
「もうお姉ちゃん、興奮しすぎ!」
「そりゃ興奮もするわよ! とにかく愛花、この男だけはやめておきなさい! こいつはナチュラルに女を落とす危険な男よ! すでに二股もしてるんだから!」
「いや二股はしてねーよ!」
麗奈は声を張り上げて愛花を説得する。弥勒は何度目かになる二股の否定をする。ただ今回も聞き入ってもらえない様だった。
「夜島さんって魔性の男なんですね! カッコいいです!」
しかし麗奈の説得は愛花には逆効果だったようで彼女のテンションは上がっていく。
「(どうしてこうなった……)」
基本的には弥勒のせいなのだが、彼は事態がややこしくなった事に落ち込む。愛花が本当に弥勒に惚れているかは不明だが、可能性はあるだろう。
命の危機を救われたのだ。弥勒に惚れてしまったとしても無理はない。ただ嘘を吐かれた仕返しに姉を揶揄っているという線もある。
「と、とにかく今日はもう帰るわよ!」
「ばいばーい! 私と夜島さんはカラオケに行くから」
「あんたも帰るのよ!」
しれっと弥勒の腕を引っ張ってカラオケに向かおうとする愛花を止める麗奈。彼女をズルズルと引っ張って行く。
「あ〜れ〜! 夜島さん、お〜た〜す〜け〜!」
愛花は悲鳴を上げながら麗奈に連れて行かれる。弥勒は手を振って彼女たちを見送る。愛花を助けるとややこしくなるので、そういった事はしない。
そして最後に麗奈がこちらを振り返る。その眼は怒りに満ちたままだ。
「あんた、学校が始まったら覚えてなさいよ!」
麗奈は不穏な台詞を吐く。こうして二人は去っていった。残された弥勒はどっと疲れが出る。
「なんつーか愛花ちゃんが元気すぎるな」
アオイとはまた違う方向性の元気さに少し疲れる弥勒。天使と戦った時よりも二人の相手をしている方が疲れるようだ。
「にしても今回の天使はやけに頭の良い作戦だったな。一度、麗奈たちにも確認しないとか……」
今回出現した剣を持った天使と鎌を持った天使は今までに無い連携をしていた。これは原作にも無い状態で弥勒としても未知の状況だ。
麗奈が倒した天使はどうだったか弥勒は分からない。しかし今後こういった策略を使う天使が増えてくる可能性は高い。一度、魔法少女チームと情報を共有する必要があると弥勒は考える。
「愛花ちゃんにも要注意だな」
今回の状況が原作イベントを早めたものならもう愛花に危機は来ない可能性が高い。しかしただの偶然ならばもう一度、愛花に危機が迫る事になるだろう。その事を懸念する弥勒。
しかしずっと愛花の護衛をしている訳にもいかない。学校も違うため会う事すら難しいだろう。特に麗奈には警戒されているので仲介して貰うのは難しいだろう。
「この辺りはヒコにそれとなく伝えておくか……」
そう言ってから結局、ヒコがやって来なかった事に気付いた弥勒。もしまだ寝ていたらどついてやろうと決意して家へと帰るのであった。




