第五十四話 盾と剣
「それで? 言い訳を聞こうか」
弥勒は愛花がお手洗いに行った隙に麗奈を問いただす。麗奈も聞かれる事は分かっていたのだろう。抵抗する事なく話し出す。
「うぐっ……。ごめんなさい。話の流れで彼氏がいるって事にしたら紹介して欲しいってなって……」
実家に帰って新たに始まった高校生活について麗奈は家族に話したという。その中で愛花から彼氏はいるのかという話になり、つい見栄を張って嘘をついてしまった様だ。そこから連鎖的に彼氏を紹介する流れになったとの事だった。
「それで何で俺なんだよ……」
弥勒してはこれ以上、火種を抱えたく無いのであまり歓迎できる状態では無い。
「二股してるくらいなんだから、女の対応には慣れたもんでしょ?」
「お前なぁ……。っていうか二股してねーよ!」
麗奈の雑な人選に弥勒は呆れる。ついでに何度目になるか分からない訂正を入れる。
「でもあんなにスラスラと嘘が出てくるなんて流石ね」
先ほどの台詞を思い出したのか麗奈は顔を少し赤くしながら言う。
「いや嘘じゃねーよ。嘘言ったらバレるだろ」
「……あ、あんたまさかワタシまで落とすつもり⁉︎」
麗奈は弥勒の発言に警戒したような表情をする。両手で自分の身体を抱きしめている。顔も赤いままだ。
「そんな訳ねーだろ」
そんな自ら地雷を踏みにいく様な事はしたくない弥勒。しかし実際には魔法少女たちを落として回っていると言われても仕方のない状態だ。
「ま、まぁいいわ。ワタシはあの二人と違ってセイバー様一筋だから」
麗奈は髪をかき上げてそう宣言する。セイバー一筋という事は麗奈の言うあの二人と全く同じ状況なのだがそれには気付いていない。
「すみません、お待たせしました!」
そのタイミングで愛花がお手洗いから戻ってくる。
「それじゃあ行こうか」
弥勒と麗奈も席を立ち上がりレジへと向かう。会計は三人別々で行って店から出る。残念ながら高校生である弥勒には三人分の食事代を支払う甲斐性はまだ持っていなかった。
「次はどうしようかしらね」
麗奈は愛花を誤魔化すのに精一杯で何のプランを考えていなかったようだ。弥勒もまさかこんな事になるとは思っていなかったので当然ノープランだ。
「この時間からどっか遠出するのも微妙だよな」
「それなら新作の夏服を見に行きたいです!」
麗奈と弥勒には行き先の希望が無かったため愛花の意見を採用する。ウインドウショッピングをするために三人でぶらぶらする。
「ファッション好きなの?」
「最近、勉強してます。お姉ちゃんが読者モデルやってるの見てカッコいいなぁと思って」
「そう言えば麗奈って読者モデルやってるんだったな……」
「えー! もしかして夜島さんってお姉ちゃんの出てる雑誌とか見た事ないんですか⁉︎」
弥勒は久しぶりに麗奈が読者モデルをやっていた事を思い出した。その反応を見て愛花が信じられないかのような顔をする。
「ちょっと愛花! 恥ずかしいからやめなさい!」
麗奈は愛花を止めようとする。しかし彼女は気にせずにスマホの画面を弥勒に見せる。
「これこの前、お姉ちゃんが掲載された雑誌の写真です!」
そこには夏の新作コーデというページでバッチリとポーズを決めている麗奈の写真があった。他のモデルの人物たちよりも写真のサイズは大きい。
「へ〜、こうして改めて見ると美人だな」
「ですよね! リアルではコミュ障とは思えないくらいの———」
「はい終わりよ! ストップでーす!」
麗奈が強制ストップを掛ける。そうしなければ愛花が次から次へと弥勒に写真を見せていく事になっていただろう。麗奈としては恥ずかしすぎるので阻止できてホッとする。
「あ、あれ可愛い!」
愛花は麗奈からのストップをあまり気にせずに今度はショーウィンドウに飾られている服に興味を移した。そちらへと一人で駆けていく。
「なかなかマイペースな妹だな」
「少し騒がしすぎるけどね」
そう言って麗奈が苦笑した瞬間だった。その場に爆発音が響き渡る。
「きゃあっ⁉︎」
「なっ⁉︎」
弥勒が慌てて音がした方へと顔を向けると通りに止まっている車の上に天使が現れていた。その姿は人形の様な形をしており、右手が大きな盾のようになっている。
「うそ……天使……⁉︎」
麗奈が小さく呟く。弥勒に気づかれないようにするため小声なのだろう。そしてショーウィンドウの近くにいた愛花もこちらに戻って来る。
「な、何が起きたの⁉︎」
「愛花、弥勒。今すぐ逃げて!」
麗奈は弥勒と愛花を庇うように前に出る。その表情は険しい。
「何言ってるの、お姉ちゃん⁉︎」
「弥勒、あんたなら分かるでしょ⁉︎」
愛花の説得はせずに弥勒へ声を掛ける。弥勒は以前、アオイと一緒にいる時に天使に襲われた事がある。それを麗奈も分かってるので、愛花を避難させるよう弥勒に伝えたいのだろう。
「…………」
しかし険しい表情をしてるのは弥勒も同じだった。彼の中では今、二つの選択肢がある。一つは麗奈の言う通りに愛花を連れて逃げること。もう一つは麗奈に正体がバレてでも一緒に戦うという選択だ。
「何か考えがあると思って良いんだな?」
「ええ」
弥勒は敢えて何も知らないふりをして麗奈に尋ねる。つまり弥勒は愛花を連れて逃げる事を選んだのだ。それには大きな理由があった。
姫乃木愛花は原作に登場する人物である。ヒロインという扱いではなく攻略できないサブキャラである。しかしストーリーには密接に絡んでくる。
彼女の生死こそが姫乃木麗奈ルート内の分岐の起点となるのだ。今回現れた天使は原作で愛花を殺そうとした天使ではないが原作から外れている以上、無視はできない。
「行くぞ!」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃんは……⁉︎」
弥勒は愛花の手を引っ張り走り出す。彼女は当然、麗奈を置いていく事に抵抗するが弥勒の方が力は強い。
「大丈夫だ、とにかく今は自分の身を第一に考えろ!」
「愛花! 弥勒の言う事に従って避難して! ワタシは大丈夫だから!」
弥勒と麗奈の言葉を聞いて渋々従う愛花。その表情は納得していないような顔をしている。しかしここにいても何も出来ないのは理解しているのだろう。
「走るぞ!」
「は、はい!」
駅の近くで起きた事件という事で同じように多くの人が逃げ惑っている。しかし逆に言えばこれほどの騒ぎなら他の魔法少女を駆けつけるのも早いだろう。
「(……って、アイツ俺の家で寝てるんだった⁉︎ 他の魔法少女を呼びに行けるのか⁉︎)」
弥勒はそこでヒコが自分の家でぐっすりお昼寝中という事を思い出した。もしヒコが他の魔法少女と一緒にいたら天使の出現を感知して最速でこちらに駆け付ける事ができただろう。
しかし弥勒の家で寝てる今、天使の存在を感知できたとしてもまずは魔法少女を探す必要がある。そうなってくると必然的にこちらへやって来るまでの時間は掛かるだろう。
「(タイミングが悪いな……!)」
よりによってヒコが魔法少女と一緒にいない時に騒動が起きるなんてタイミングが悪すぎる。
弥勒はそう思いつつも愛花の避難を優先して、彼女の手を引っ張ったまま近くの路地へと駆けていく。
「よ、夜島さん! ほんとにお姉ちゃんは大丈夫なんですよね⁉︎」
「ああ、大丈夫だ!」
そしてしばらく走り続けて人が少なくなって来た所で足を緩める。こちらは住宅街側になるので連休中でも人通りは少ない。
「ハァハァ……。夜島さん、何が起きたんですか⁉︎ 説明して下さい!」
息を整えてから愛花は弥勒に詰め寄る。彼女としては当然の反応だろう。ほとんど訳が分からないまま姉を置いてここまで逃げて来たのだ。
「少し落ち着いてくれ。俺で分かる事があったら説明するから」
息切れしていない弥勒は愛花を宥める。ただそう言いながらも弥勒もどこまで彼女に説明したものか考える。
するとその時だった。近くにあった塀がいきなり崩れる。煙が立ち上がりそこから大きな影が現れる。
「えっ⁉︎」
「ちっ……!」
弥勒は想定していた中で一番最悪なパターンが起きた事に舌打ちをする。新しい天使が現れたのだ。
煙の中から出て来たのは先ほど大通りにいた人型の天使と似た姿をしていた。違いは手に付いているのが盾では無く剣であるという事。
「う、うそ……」
愛花は間近で見た天使の迫力に思わず後ずさる。弥勒は彼女を庇うように前に出る。こうして再び危機を迎えるのであった。




