第五十三話 姉妹
ヒコとダラダラとお喋りをした次の日、弥勒は大町田駅にいた。元々は何も予定がなく二日連続で家でダラダラするつもりだったところを麗奈に呼び出されたのだ。
麗奈の連絡先は先日の入部騒動でスイーツを奢る事に決まった際に交換したのだ。
ちなみにヒコは弥勒の家が気に入ったらしく部屋で留守番をしている。夜更かしをしたため今ごろミニチュアの布団の中でぐっすり寝ているだろう。
時刻はちょうどお昼だ。GW中という事で学生やカップルなどが多い。歩く人々を眺めていると不意にスマホが震える。弥勒はスマホを取り出して画面を確認する。
『もうすぐそつちつくかれしのふ』
お年寄りの初めてのチャットのような文面で麗奈からメッセージが送られてくる。前半の意味は分かるが後半は意味が分からない。
「どうなってんだ……?」
弥勒としては理由も分からず呼び出されたのでいまいち釈然としない気分だ。しかしそれは麗奈が来れば解決する事なので大人しく待っている。
しばらくすると改札から麗奈が出てくる。いつも通りアッシュブラウンの前髪をかきあげたスタイルだ。服装はダークピンクのハイウェアスカートを履いており、上は白いシャツを着ている。
先日のみーこに引き続き制服姿ではないので新鮮だ。みーこの快活な雰囲気とは違った可愛さがある。
「お待たせ」
麗奈は弥勒の前にやってくるとニッコリと笑いながらそう言った。しかし弥勒はそれどころではない。彼の視線はその隣に向けられていた。
「ジー……」
麗奈の隣にはもう一人少女がいた。身長は150cmより少し大きいくらいであろうか。その顔は麗奈とよく似ている。ただ彼女より目つきは幾分か柔らかだ。
「愛花、あなたも挨拶しなさい」
「初めまして! わたし、姫乃木愛花って言います! よろしくお願いします、お姉ちゃんの彼氏さん!」
姫乃木愛花と名乗った少女はベージュのシャツワンピースに白のニットカーディガンを羽織っている。麗奈とは違って声に親しみが込められており、社交的な雰囲気だ。
しかし気になる所はそこではない。彼女は今、弥勒に向かって「お姉ちゃんの彼氏」とそう言ったのだ。当然、弥勒としては意味不明なので聞き返す。
「は? かれ———ッ!」
彼氏と言おうとした瞬間に麗奈から靴を思いっきり踏まれる。慌てて彼女の方を見ると口パクで何か言っている。
『ハ ナ シ ヲ ア ワ セ テ』
弥勒が読み取った限りはそう言っているようだった。凄い形相をしている。
「あれ? お姉ちゃんの彼氏さんなんですよね?」
いつまでも黙っている弥勒に対して疑問を持ったのか愛花が尋ねてくる。それを見て弥勒は慌てて返事をする。
「あ、ああ。そうだよ。俺は夜島弥勒。よろしくね、愛花ちゃん」
「はい、よろしくお願いします!」
弥勒はとりあえず言われた通り話を合わせる事にした。そして無難に挨拶をする。愛花はニコニコとしている。
「今日は二人のデートをお邪魔しちゃってごめんなさい! わたしの事はいないものだと思って普通にデートしてくれたら大丈夫ですから!」
「悪いわね、み、弥勒。どうしても愛花がついて来たいって言うから」
普段は夜島と呼んでいるため慣れない名前呼びに少し照れながら喋る麗奈。弥勒は何となく事情が分かって来たので話を合わせていく。
「いや気にしないでいいよ、麗奈。たまにはそういうデートも面白いしさ」
なるべく印象が悪くならない様に弥勒は爽やかな雰囲気を意識して言う。
「れッ⁉︎ そ、そう言って貰えるとありがたいわ」
弥勒から名前で呼ばれた事に動揺する麗奈だが、妹の前のため何とか誤魔化す。
「おぉ〜! 大人な対応。なかなか良い彼氏だね、お姉ちゃん」
「で、でしょ?」
弥勒の対応に愛花が感心する。麗奈は動揺して挙動が怪しくなっている。それを見兼ねて弥勒がフォローを入れる。
「えーと、とりあえずランチでも食べるか。愛花ちゃんは苦手なものとかある?」
「そうですね! わたしは何でも大丈夫です!」
「そうね、ワタシはそんなガッツリ系じゃ無ければ何でも良いわ」
「ならパスタにしよう。近くに安いイタリアンのお店があるし」
二人の希望を聞いてサクッと弥勒がお店を決める。麗奈と愛花を異論は無いようで頷く。
「愛花ちゃんは中学生だよね?」
「はい! 中学二年生です」
麗奈と話すとボロが出そうな気がした弥勒は愛花の方へと話し掛ける。彼女も弥勒からの問いに素直に答えていく。
「部活とかやってるの?」
「女バスです!」
愛花はシュートのポーズをする。
「ポジションはスモールフォワードです」
「得点の要か。麗奈と違ってスポーツ好きなんだね」
年下と言うこともあってか弥勒の口調もいつもより柔らかだ。
「お姉ちゃんも前はテニスやってたんですよ?」
「ちょっと愛花!」
麗奈は中学一年生の時にテニス部に入って全国大会に出場している。それからすぐに部活を辞めてしまったため色々と問題が起きたのだ。
麗奈としては黒歴史という程ではないが、わざわざ他人に話したいものではないのだろう。ある意味で彼女が人付き合いを考えるきっかけになった出来事なだけにデリケートな問題だ。
「運動部に入ってるイコール運動好きって訳じゃないだろ。本当に運動好きならコミュ障にはならんだろうし」
「失礼ね、コミュ障じゃないわよ!」
弥勒は原作知識によりある程度の事情は把握しているためさらりと流す。ついでに麗奈がつっこめる様に軽くディスりも入れる。
そこから三人は雑談を大町田駅に隣接している商店街を進む。するとすぐに弥勒の言っていたイタリアンのお店が見えてくる。
見た目はカフェの様な雰囲気だ。テラス席もある。休日のランチタイムという事も混雑しているが、並ぶ程では無さそうだった。
「お〜、お洒落なお店です!」
「せっかく天気も良いしテラス席にしようか」
弥勒は店員に告げてテラス席にしてもらう。メニューを開いて何を食べるか考える。
「どれも美味しそう! うーん、きのこと醤油のパスタか雲丹のクリームパスタか……。究極の選択……」
愛花はメニューを見ながら楽しそうに悩んでいる。
「そうだ! お姉ちゃんが雲丹のクリームパスタにして、わたしがもう片方にすれば解決だ!」
「いやワタシの意思は⁉︎」
愛花の横暴な理論に反応する麗奈だったが、彼女も妹には甘いのか結局言われた通りのものを頼む。
弥勒は普通にミートソースのパスタを頼む。面白みは無いがお店の人気ナンバーワンと書いてあるので味は間違いないだろう。
「普段からデートの時はこんなお洒落なお店に行ってるんですか?」
「まさか。普段はファミレスとかだよ。お金だってそんなに余裕がある訳じゃ無いしね。今日はGWだから特別って感じかな」
「そうね。最近のファミレスは安くて美味しいし」
愛花からの問いを弥勒は無難に誤魔化す。麗奈もそれに乗ってくる。動揺していたのはすっかりと落ち着いた様だ。そもそもいきなり愛花と会わされたのは弥勒側なのに、何故か麗奈がずっと動揺していたのだ。
「へぇ〜。それでお姉ちゃんとはいつから付き合い始めたんですか?」
「いやつい最近だよ。そもそも入学して知り合ったばっかりだしね」
「ええ! 弥勒からどうしても付き合って欲しいって言われてね。あまりにもしつこかったから特別にオッケーしたのよ」
弥勒は話の辻褄がおかしくならない様に無難な回答をしている。しかし麗奈が余計な情報を付け足していく。
自分からアプローチした事にはしたく無かったのだろう。熱烈なアプローチがあったから仕方なく付き合ってた感を出している。弥勒は少しイラッとしたが、愛花にバレてしまうので表には出さない。
「お姉ちゃんのどんな所が好きになったんですか?」
いつか絶対に来るだろうと思った質問がついく来る。麗奈も顔が引き攣っている。
「そうだな。芯がある所かな」
弥勒は原作知識を含めて不自然にならない様に話していく。
「麗奈は自分にとって大切なものをきちんと区別して生活してる。モデルの仕事もそうだしきちんと自立してる感じに惹かれたんだ」
「完璧な答え! すっごいお姉ちゃんの事分かってくれてるんですね!」
弥勒の答えに満足したのか愛花はテンションが上がる。一方で麗奈は弥勒の発言により真っ赤になっている。口をパクパクさせているが、言葉にはなっていない。
「お待たせしましたー」
そのタイミングで料理が運ばれてくる。弥勒は内心で助かったと思いながらお皿を受け取る。そして三人でランチを食べ始めるのだった。




