第五十二話 ヒコと弥勒
みーことデートをした土曜日から五月に入っている。つまりGWにすでに突入しているのだが、弥勒は意外と予定が埋まっていなかった。
日曜日である本日は家でゴロゴロしている。特に昨日の遊園地デートでお金を使ったため今日は家で大人しくしているつもりなのだ。
普段の休日なら勉強したりするのだが、今回は連休のためゆっくりする事ができる。
そしてお昼ご飯を食べた後に部屋でテレビを観ていると、窓からコンコンというノック音が聞こえる。
弥勒がそちらに顔を向けると、窓の外にはヒコがプカプカと浮いていた。
「何でお前がここに?」
弥勒は部屋の窓を開けてヒコを中へと入れる。
「おはようでやんす! 暇だから遊びに来たでやんす」
嬉しそうにその場で回りながら弥勒に報告してくるヒコ。
「魔法少女組の誰かの所に行けば良いだろ。そもそも何で俺の家知ってるんだよ」
「レーナは実家に戻ってて、アオイは家族で旅行で、ミーコはテンションが気持ち悪いからミロクの所に来たでやんす! ちなみに家の場所はミーコに聞いたでやんす」
ヒコは身振り手振りを交えながら状況の説明をする。麗奈は高校生になってから初の一人暮らしのためGWでは家に顔を出す事にしたのだろう。
アオイが家族旅行に行くと言うのは朝のランニング時に聞いていたので弥勒も知っている。みーこのテンションが変なのは恐らく昨日のデートのせいだろう。
「いやむしろ何でみーこが俺の家の場所を知ってるんだ……」
新しい疑問が生まれてしまったが答えは探さない方が良いだろう。
「みーこはずっとノートを書きながらブツブツ言ってたでやんす! 気持ち悪かったでやんす」
「ノートって何だ……」
ヒコは明るく報告してくるが、聞いている弥勒としては明るい気分にはなれない話だった。弥勒はみーこの書いている妄想小説を知らないため何が起きているのか分かっていない。
「まぁ別に俺の家でいいなら居ても良いけどさ」
「ありがとうでやんす!」
ヒコは弥勒にお礼を言ってから部屋にあるテーブルに移動する。そしてヒコはミニチュアのデッキチェアとビーチパラソルをどこかから取り出して設置する。
「よいっしょ」
ヒコはそこに座り缶ジュースを取り出す。リンゴの炭酸ジュースである。それを器用に開けてからストローを刺して飲み始める。
「ぷはーっ! 運動の後の炭酸ジュースは最高でやんす!」
「いきなりくつろぎすぎだろ」
弥勒の家までフワフワと浮きながらやって来た疲れたのだろう。炭酸ジュースを仕事終わりのサラリーマンのように飲んでいる。
そんな寛ぎ方をしているヒコに弥勒は呆れた視線を向ける。初めて行った他人の家でよくあんな秒で寛げるものだと。
「まぁいいか。ポテチもやるよ」
「いいでやんすか⁉︎ もぐもぐ」
弥勒は自分が食べていたポテチをヒコに分ける。のり塩味である。ヒコは美味しそうにポテチを食べ始める。
「ヒコ、お前はどこまで大天使について知ってる?」
「大天使がいるって事は知ってるでやんす! どんな大天使がいるかは知らないでやんす」
二人でポテチを食べながら話をしていく。弥勒は今までヒコときちんと話をした事が無かったため丁度良い機会だと考えたのだ。内容はもちろん天使についてだ。
「そうか……。ならこの前くれた天使コンパスみたいな道具って他にも使ってたりするのか?」
「あれだけでやんす。もし何か作るなら魔力の宿った素材が必要でやんすね」
「材料……?」
ヒコがもう何も新しい道具は無いと言った事で一瞬ガッカリした弥勒だったが、その後の台詞が引っ掛かった。
「コレとか使えるか?」
弥勒はアイテムボックスからダンジョンで手に入れた素材を取り出す。それはゴブリンダガーと呼ばれるものだ。その名の通りゴブリンが使っていたダガーナイフだ。
「お? う〜ん、コレを使うには込められてる魔力の量が少なすぎるでやんす」
ヒコは弥勒の出したゴブリンダガーを見てから答える。
「ならコレはどうだ?」
弥勒はゴブリンダガーをアイテムボックスに仕舞って次の素材を取り出す。それはオーガの角だった。ダンジョンでは中層の序盤で登場する敵だ。
「むむむ、コレならいけるでやんす! ただし作れる道具は限られてるでやんす。力は有限でやんすから」
ヒコはオーガの角を見て大きく反応する。弥勒はそれに小さくガッツポーズをする。これで死蔵していたダンジョン素材を有効に使うことが出来る。
「これなら何が作れるんだ?」
「そうでやんすね……。槍なんか作れるでやんす」
「ならそれをお願いしていいか?」
「おっけーでやんす!」
「助かる」
弥勒の頼みをヒコは快く引き受ける。弥勒は通常の武器はほとんど持っていない。それはセイバーになっている状態だと能力でできた武器以外は装備出来ない事が多いからだ。
牽制の飛び道具ぐらいは使えるが、大きな武器になると装備不可になるのだ。ただ能力で出来た武器がそれぞれのフォームに合ってるので困ることは無かったのだが。
今回、ヒコに武器を作って貰うのは念の為だ。仮に弥勒が使わなくても戦闘中に魔法少女たちに渡せば戦力になるはずだ。
「そういえばこの前現れた鳥型の大天使のせいで周りが大分騒がしくなってるぞ。これ以上、天使の騒動が大きくなると隠蔽出来なくなってくる可能性がある」
「それは仕方ないでやんす。大切なのは現れた天使たちを速やかに討伐する事でやんす」
弥勒はこれ以上騒動が大きくなる事を懸念している。あまり騒ぎが大きくなれば魔法少女やセイバーの特定なども始まってしまうかもしれない。そうなってくれば弥勒たちは戦いにくくなってしまう。
しかしヒコとしてはあくまで天使の討伐が第一優先で、それ以外は出来たらやるといったレベルだ。この違いはヒコの生活基盤が人間社会にないというのが大きいだろう。
「俺たちのジャミング機能はどこまで有効なんだ? 変身解除の場面を万が一でも抑えられたらマズイぞ」
「うーん、変身解除の時はあっしの人払いも機能してるからこっちは問題ないと思うでやんす。そもそもジャミング機能自体がかなり有能で見ている人たちの正体を暴こうという意志を減らす力もあるでやんす」
その情報は初耳だった弥勒は驚く。検証はしていないが弥勒のジャミング機能も彼女たちのものと同じだろう。
「魔法少女たちの使う闇の力って天使たちを倒すために作られたのか?」
弥勒は次の疑問をヒコにぶつける。原作ではルートによって世界は平和になっているものの魔法少女たちの能力についての深掘りは無かったのだ。
「うーん……多分そうだと思うでやんす。ただ強いて言うなら倒すというよりは抑止するって感じでやんす」
「抑止……? 倒さなくて良いって事か……?」
「そんな感じってだけでやんす」
自信無さげに答えるヒコ。どうやらヒコ自身もイマイチ理解していないようだった。弥勒としても分からない事を追及しても仕方ないため諦める。
「そうだ! ミロクは三人の誰が本命でやんすか?」
弥勒からの質問が終わったため今度はヒコが質問してくる。
「本命って……」
「みんな可愛いでやんすよ! ちょっと変だけど……」
ヒコからしたらちょっとなのかもしれないが弥勒からしたら危険な領域だ。これ以上病みが進むようならば防衛手段も考えなければいけなくなるかもしれない。
「今は誰とも付き合う気はないかな」
「胡散臭い台詞でやんすね」
弥勒の発言にヒコがツッコミを入れる。
「そう思うなら副作用を何とかしてくれ」
「……じゅーす、うまうま」
今度は弥勒からのツッコミにヒコはジュースを飲んで誤魔化す。副作用はヒコでもどうしようも無いのだろう。そして副作用により魔法少女たちがちょっと変になっていってるのをヒコも理解してるのだろう。
「とりあえず天使を全部倒して世界が平和になってからだな」
「世界を平和にしないと恋愛の一つも出来ないなんて大変でやんね」
「大半はお前のせいだけどな」
「いやいや、ミロクの自業自得でやんす」
その後は適当な雑談をしながら一人と一匹で休日を過ごしていく。それで分かったのはヒコが予想以上に人間の文化に馴染んでいるという事だった。




