第四十九話 部活初日
放課後になり弥勒は企画開発室へと向かう。元々は幽霊部員になるつもりで部活探しをしていたが現在は違う。それなりに真面目に部活に参加するつもりである。
そもそも弥勒は好感度のバランスを考えて原作ヒロインの所属している部活に入るつもりは無かった。
しかし結果としてまだ魔法少女になっていないとは言え原作ヒロインのいる部活に入ってしまっている。これは当初の考えより矛盾している。
何故弥勒が企画開発室に入ったのか。それはこの部活の特性がある。神楽月音という存在は原作ゲームでも特別な存在で、オリジナルの便利アイテムなどを作っていた。
例えば加速シューズや浮遊シールド、戦力スカウターなど様々だ。ただしこれらは彼女の魔法少女としての能力と組み合わせて使う事を前提としているので、この世界でありふれたモノという訳ではない。
それでも魔法少女が使えるなら弥勒も近いものを使える可能性がある。それらを手に入れるきっかけが掴めればという事で企画開発室に入部したのだ。
「といっても正体がバレないように道具を手に入れるのは難易度が高い気がするけど……」
一人で呟きながらも弥勒は企画開発室の前までやってくる。指紋認証の扉が目の前にはあるが、弥勒では開けられないのでノックをする。
「合言葉は?」
すると中からそんな声が聞こえてくる。合言葉なんて知らないので弥勒は適当に答える。
「ツキちゃん先輩」
「入りなさい」
よく分からないが合言葉は当たっていたようで扉が自動で開く。弥勒は部室の中へと入る。
「遅かったわね」
「いや授業終わってすぐ来ましたよ」
PCの前に座りながら何やら作業をしている月音は振り返りもせず弥勒に話しかけてくる。弥勒としても月音の振る舞いは原作での知識も含めて理解しているので特に気にする事はない。
「……そういえば貴方は授業に出てるんだったわね」
「むしろ出てないのはツキちゃん先輩だけですよ」
自分が授業で出ていない事を当たり前に感じている月音にツッコミを入れる弥勒。
「それもそうね。それよりも貴方、制汗スプレーを大量に使ったわね?」
月音は急に顔をグリンと弥勒の方へと向けてくる。部室に入りはしたが弥勒と月音との距離はそれなりに開いている。だというのに昨日との匂いの違いを指摘してくる彼女に弥勒は慄く。
「い、いや昨日臭いって言われたんで……」
「その臭さがインスピレーションには必要なのよ。とりあえず部屋の隅でスクワットでもしてなさい」
そう言って彼女は再び作業へと戻る。真顔で喋っていたのでスクワットしろというのも冗談で言っていた訳ではないのだろう。
「(え……マジでスクワットすんの……?)」
弥勒はとりあえず部屋の隅へと移動する。そしてスクワットはせずに月音に話しかける。
「今は何やってるんですか?」
「オンラインゲームよ」
「研究じゃないんかい!」
まさかのゲームをプレイしていた月音。どうやら彼女はわりとやりたい放題やっているようだ。
「研究の気分じゃないのよ。最近は既存のロボットを小型化する作業ばっかりしていたのだけれど飽きてきたのよ」
そう言って何かを弥勒へと放り投げてくる。弥勒は慌ててそれをキャッチする。
「コンニチワ」
急に喋り出したそれは丸い機械だった。目と口がついておりカタコトで挨拶をしてくる。
「何ですかこれ?」
「私が作ったプロジェクター兼スマートスピーカーよ。脇のスイッチを押してごらんなさい」
そう言われた弥勒は素直にスイッチを押す。すると再びその機械が喋り出す。
「好キナアダルト動画ヲ選ンデ下サイ」
「何でアダルト動画⁉︎」
「自動でネットにあるアダルト動画を見つけて再生してくれるのよ。持ち主の好みを覚えれば動画検索の精度も上がるわ。入部祝いよ」
月音から複雑な入部祝いを貰った弥勒。ただしっかりと鞄には仕舞う。濡れたらマズイのでペットボトルが入ってるのとは別のポケットに入れる。
ちなみにセイバー認定三級のステッカーはペットボトルと一緒の場所に入っている。
「あ、ありがとうございます。それで今はインスピレーションが湧かないからゲームしてたんですね」
「そうね。何か面白いアイデアはあるかしら?」
その言葉に弥勒は考える。想定していたよりも早く道具を手に入れる機会が巡ってきた。
「最近、噂になってる光の柱とかを解析できるものって作れたりするんですか?」
弥勒がそう言うと彼女は眉をひそめる。そして少し考えてから喋り始める。
「私はその光の柱というのを見てないのよ。だから作りようが無いわね。貴方はあんなものに興味があるの?」
「いや俺は光の柱も直接見たんで気になってたんですよ」
「まぁ機会があったら作ってあげるわ」
そう言って月音はオンラインゲームへと戻る。残念ながら弥勒の提案は彼女の食指に引っ掛からなかったのだろう。
「ちなみに何のゲームなんですか?」
「ダンジョンをパーティーで攻略するゲームよ。面白いから貴方もやれば?」
「い、いやダンジョンはソロ専門なんで……」
まさかのダンジョン系のゲームをプレイしていた月音。その言葉により弥勒は異世界で一人寂しくダンジョンを攻略していた事を思い出した。
残念ながら弥勒はソロ専門なので月音からの誘いは断る。現実でひたすらソロ攻略していたのに何が悲しくてゲームでパーティー攻略をしなければならないのか。
出来れば現実でダンジョンをパーティー攻略したかったと思う弥勒。彼が今後、ダンジョン系のゲームをプレイする事は無いだろう。
そんな事を話していると弥勒のスマホに着信が入る。画面を見てみるとみーこからであった。
「すいません、電話来たので一旦外出ますね」
「それならそっちの部屋を使いなさい。コーラもあるわよ」
弥勒が部室から出ようとすると、昨日使った休憩室を使うように勧めてくる。ついでにコーラも。
「ありがとうございます」
弥勒もわざわざ部室の外に出てまた扉を開けてもらうのは面倒なので素直に彼女の言葉に甘える。鍵の掛かっていない扉を開けて休憩室へと入る。
「もしもし」
部屋の扉を閉めて電話に出る。コーラは取らずにそのままソファに座る。
『ちょっとちょっとみろくっち!』
何やらみーこは興奮しているようでテンションが高い。
「どした?」
『どしたじゃないって! まさかの企画開発室に入ったんだって⁉︎』
「何で知ってんだよ」
どこから聞きつけたのかみーこはその真偽を確かめにきたようだ。まだ麗奈に口止め料を払ってもいないのに早速バレてしまった事に弥勒は落ち込む。
『ふふふ〜、アタシの情報網を舐めてもらっちゃ困るね〜』
恐らく電話の向こう側で決めポーズをしているであろうみーこ。電話口だけでもそれが伝わってくる。
「まぁ確かに企画開発室には入部したけどさ」
『ほー、それで美人な先輩と二人きりで部室に籠ってるのね〜』
「いや言い方……」
『アタシとの部活でイチャイチャは拒否したのに、見ず知らずの女は良いんだ?』
嫌味ったらしく言ってくるみーこ。彼女とてしは面白くないのも当然だろう。気になっている人物が美人の先輩と二人きりの部活をしているなど怪しさ満点だ。
「企画開発室の事を知ってるなら俺が何を狙ってるのか分かるだろ?」
弥勒の狙いはあくまでも彼女の作る便利アイテムだ。さっそく一つ手に入れてしまったが、それはみーこには報告しない。
『それはそれ、これはこれ』
「さいですか……」
みーこのハッキリとした物言いに頷くしかない弥勒。
『とりあえず絶対に部室でイチャイチャしないこと! 例えば匂いを嗅いだりとかしないよーに!』
「はーい」
匂いを嗅いだのはあくまでも月音である。弥勒は嗅いでいないのでギリギリセーフと言えなくも無い。
弥勒は電話を切ってポケットに仕舞う。そして部室側へと戻る。
「すいません、電話終わりました」
「そう。それよりも今日はもう帰って良いわよ」
「え……もういいんですか?」
何かやらかしてしまったかと焦る弥勒。それに月音はニヤリと笑う。
「プレゼントしたそれ、早く使いたいでしょう?」
早く使いたい訳では無かったが弥勒は帰宅する事にした。早く使いたい訳では無かったのだが。




