第四十五話 部活問題
大天使との戦闘があった翌日。学校は残念ながら休みにはならなかった。しかし朝のニュースでも大町田市での光の柱について取り上げられていたため騒ぎが拡大していってるのは間違いない。
「もう弥勒くん、寝るの早過ぎ」
アオイとの登校では昨晩のメッセージに返信出来ていない理由を説明して事なきを得た。彼女の目の下に隈が出来ているのは弥勒からの返信を待ち続けたからだろう。
「すまんすまん。昨日は少し疲れててさ。朝のランニングのためにも早く寝たんだ」
「そーゆーことならしょうがないなぁ。でも寝てるなら寝てるって言ってくれれば良いのに」
「言えるか!」
クスクスと笑っているアオイ。弥勒が見たところ機嫌はそれ程悪くなさそうだ。あくまで弥勒が見たところではあるが。
「それじゃ」
「ばいばい」
教室の前で別れてそれぞれのクラスに入っていく。弥勒は自分の席に荷物を置いて隣の席の様子を窺う。
「おはよう、ようやく来たわね」
どうやら麗奈は弥勒を待っていた様ですぐさまこちらに話しかけてくる。ちなみに彼女の目の下にも隈があった。
「ああ、おはよう。ようやくっていつも通りの時間だけどな。何か用か?」
「気づかないのかしら?」
質問に質問で返すなと言いたい弥勒だが、そこは我慢する。
「えーと、人形が増えてる……」
わざわざ麗奈から話しかけてくる時は大概セイバーのグッズ関連だ。そして昨日、麗奈念願の赤色フォームをお披露目したので弥勒としても話の予想はできる。
「そうよ! ついにセイバー様が真の姿を見せたのよ! これよ!」
麗奈が鞄に付いている赤色のセイバー人形を見せてくる。外套には『メリーガーネット最高』と書いてある。
「お、おう。赤色かっこいいな……」
「そうよ、この真っ赤な姿こそ真の姿! 夜島くんも少しは分かってきたじゃない。セイバー様検定3級レベルよ」
そういってクリアファイルからステッカーを取り出して弥勒に渡してくる。拒否する訳にはいかないので仕方なく受け取る。
「次に認定レベルが上がればまたあげるわ」
デフォルメされたセイバーが指を三本立てているステッカーだ。フォームは灰色の騎士である。麗奈は満足そうな顔で頷いている。
「(すげーいらない……)」
彼女は一体どこに向かってるのだろうかと思わずにはいられない弥勒。とりあえず貰ったステッカーは鞄に仕舞う。鞄から二度と出てこないかもしれないが。
するとそのタイミングで担任が教室へと入ってくる。麗奈との会話を切り上げる。
「おはようございます。部活の入部申請の締め切りは今週までなのでまだの方は早めに提出お願いします」
その言葉に弥勒はまだ自分がどの部活に入るか決めていなかった事を思い出す。
「(てかまだ四月なんだよな。色々ありすぎてすっかり忘れてたわ)」
入学してから天使と戦ったりヤンデレを阻止しようと小細工したりと忙しく過ごしている弥勒。
まさかの一体目の大天使との戦闘も行ってしまった。そのため弥勒的には夏休み前くらいの気分なのだ。
「(マジで部活どうしようか……)」
担任は連絡事項と出欠の確認をしてから教室を出ていく。そして一時限目の教師が入れ替わりで入ってきて授業が始まる。
放課後になり弥勒は校内をブラブラする。目的はもちろん入部する部活を決めるためだ。
「といってもなー」
真剣に部活に取り組むつもりは無いので、幽霊部員という事になるのだがどこが良いかはあまり考えていなかった。
運動系は論外として文化系クラブの緩いところを探すしかないだろう。
弥勒は入学式の際に貰った部活紹介のパンフレットで各部活のリストを眺める。
「みろくっち、はっけーん!」
前方からみーこが嬉しそうにやって来る。
「どした?」
「デートの返信が来ないから直接誘いに来たのだ」
「あー、すまん。昨日は疲れて寝てた」
昨日の夜にアオイとみーこから来たメッセージは寝ていたため返信していないのだ。アオイには朝に言い訳したもののみーこにはまだ何も伝えていなかった。
「それでも朝に返信するとかさー。みろくっちは女心の理解がイマイチよね〜」
少しふてくされているみーこ。確かにデートの誘いをスルーされたら怒るのも当然だろう。そして弥勒が女心に疎いのも事実だ。
「悪かったって。土曜日なら空いてるから」
「うんうん、それで?」
ニッコリと笑いながら圧力を掛けてくるみーこ。ここまでされれば流石の弥勒でもみーこが何を求めているのかは分かる。
「俺とデートしてください」
「よろしい! それなら遊園地デートという事で決定〜!」
弥勒の答えに満足いったようで嬉しそうに喋るみーこ。言わせたとはいえ弥勒の口から直接デートに誘って貰えたのが嬉しいのだろう。
「遊園地……?」
「そう、デートの定番っしょ?」
「それもそうか」
弥勒は納得するが、デートの定番と言っても付き合っている男女の定番だ。恋人未満の男女がデートするにはややハードルが高いという事には気づいていない。
「そういえばみろくっちはこんな所で何してるの? 散歩?」
「ちげーよ、部活どこに入ろうか悩んでたんだよ」
「まだ決めてなかったんだ。アタシは二次元同好会の幽霊部員サ!」
みーこは自慢げにそう言ってくるが、幽霊部員というのは本来自慢するようなものではないだろう。
ちなみに二次元同好会は原作の森下緑子も所属している。彼女は漫画やラノベなどが好きだったので真剣に活動していた様だが。
「みろくっちも入るなら部室でイチャイチャするのもアリかも!」
「入らんわ」
もし弥勒がみーこと同じ二次元同好会に所属したのがアオイにバレでもしたら騒動になるのは間違いない。わざわざ自ら地雷を踏みに行くほど弥勒は愚かでは無いのだ。
「あらら、残念。でも幽霊部員ならそんなに悩む必要ないっしょ。どこでも一緒だし」
「それはそうなんだけどさ」
弥勒はみーこからの指摘に頷く。ただ所属するからにはある程度内部を知ってからの方が良いとも考えている。
部活によっては普段は幽霊部員で良くても何かのイベントの際に招集される可能性もある。なるべくならそういった所は避けたいのである。
「ま、頑張って探してね。アタシは買い物行くから」
「そうなのか」
てっきり遊びに誘われたり、部活探しについてくると思った弥勒は少し驚く。するとみーこは弥勒のリアクションを見てにやりと笑う。
「あ、もしかして一人だと寂しかった?」
「んな訳あるか!」
「あはは、アタシはこれからデートの準備で忙しいのだ! コンディションも整えないといけないしね〜」
「コンディション?」
「そうそう、乙女は大変なのサ。みろくっちも覚えておいて。それじゃまたね〜」
みーこは手を振ってあっさりと去って行った。もしかしたら今からデート用の服でも調達しに行くのかもしれない。そう考えた弥勒は自分の服装について思い浮かべる。
「(デートする時の服ってどんな着ていけばいいんだ……?)」
部活に続いて新たな悩みが増えてしまった弥勒。その場でうんうんと唸っている。
「貴方、臭うわね」
そうしていると不意に後ろから声を掛けられた。不穏な発言に驚きながらも弥勒は後ろへと振り返る。
「うおっ⁉︎」
するとすぐ目の前に少女がいた。二人の間は十センチにも満たないだろう。近すぎる距離に弥勒は再び驚く。
「貴方、とっても臭いわ」
その少女はアオイよりも少しだけ背が低く、髪の毛の色はミルキーベージュとなっている。髪は腰近くまで伸びており、やや癖っ毛のようだ。
少女はスンスンの弥勒の匂いを嗅いでいる。顔を少し前に出しているため、弥勒のワイシャツに顔がほぼくっついている。
「とっても臭いわ。最高ね、これはインスピレーションの香りよ」
満足したのか少女は弥勒から離れる。するとその顔がようやく見える。
「(うそだろ……)」
化粧っ気はなく、気だるそうな瞳が弥勒を捉えている。前髪は雑に切られており、少しだけ目に掛かっている。
弥勒はその少女に見覚えがあった。
「決めたわ。貴方、企画開発室に入りなさい」
弥勒の目の前に現れたのは原作における第四の魔法少女、神楽月音だった。




