第四十四話 戦いを終えて
麗奈は鳥型の大天使と戦ったあとはすぐさま家に帰った。
「ただいま」
玄関の扉を開けて中に入る。ちなみにヒコはいない。最近はアオイの所が気に入っている様でそちらに入り浸っている。
一人暮らしのため誰からの返事もない事に少し寂しさを感じる麗奈。と言っても実家も近くにあるため寂しければいつでも会いに行く事ができるのだが。
麗奈はひとまず学生鞄を机に置いて制服を脱ぐ。そしてすぐさまシャワーを浴びる。大天使との戦いにより疲れていた身体が癒される。
「ふ〜んふふ〜ん」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら身体を洗っていく。そしてお湯には浸からずにすぐさまお風呂を出る。
その後、夕食も手軽に済ませて机に座る。鞄を脇へとどかし、引き出しの中に入っている裁縫セットを取り出す。
「さぁやるわよ!」
大天使との戦闘直後だというのに元気が有り余っている様子の麗奈。彼女は新たなセイバー様人形を作る為に気合いを入れていた。
彼女にとってついに本命である赤色のセイバーと出会えたのだ。テンションが上がるのも無理はないだろう。ツッコミ役のヒコもいないため彼女を止められる者は誰もいない。
ちなみに赤色の糸と生地はすでに用意してある。いつでも作り始められる様に準備していたのだ。
裁縫セットから刺繍道具を取り出し、さっそく作り始める。さすがに七体目ともなればその動きは手慣れている。
実は麗奈の持っているセイバー様人形は鞄に付いている三体だけではない。勉強机の脇に置いてある本棚の上に他の人形たちがいるのだ。
そこにいる人形はポーズこそ違うものの麗奈が鞄に付けている人形と同じだ。メリーガーネット人形にセイバーの灰色と緑色の人形。また仮面や団扇なども置いてあり、グッズ置き場のようになっている。
そのため今回のセイバー様人形の赤色も最低二体は作る予定となっている。念願のメリーガーネットとお揃いのカラーという事で二体でおさまるかは彼女次第だろう。
こうして麗奈の熱い夜は過ぎていった。
麗奈が人形作りに勤しんでいる間、アオイはスマホと睨めっこしていた。
「う〜ん、何て書こうかなぁ」
ベッドでゴロゴロと転がりながらスマホに文章を入れたら消したりしている。落ち着かないようで足もばたつかせている。
『弥勒くんの声が聞きたいな。電話していい?』
「これじゃあ……なんかこ、恋人に送るみたいなメッセージになっちゃってるし」
チャットアプリに入力していた文章を消して新しい文章を入力していく。
『弥勒くーん、電話しよー!』
「なんか軽すぎるかなぁ。この前みたいなのは弥勒くんの迷惑になっちゃうから……」
どうやら弥勒と電話をしたい様なのだが、前回の無理やりランチに誘ったのを気にしているのだろう。
本人に魔法少女として戦う事の副作用という自覚は無いが、前回は気持ちが不安定になっていたという自覚はあるみたいで気にしているのだ。
『弥勒くん、電話したいでござる』
「さすがにコレは無いよね……」
ちょっとギャグ寄りの文章にすれば誘いやすいかと考えたアオイだが、上手くいかずに落ち込む。
「いっそのこと……」
『弥勒くん、夜のランニングに行こうよ!』
「な、なんかえっちぃ感じになっちゃった!」
アオイとしては本音を言えば電話よりも直接会いたい。しかし夜という事もあり遠慮して電話を選んだのだが、色々と考えているうちに暴走しつつある様だ。もしこの文章を送ってしまったら冷静になって大きく後悔する事になるだろう。
こうして一人漫才をずっと続けているアオイ。もうかれこれ一時間以上はこの状態だ。
『弥勒くん、暇だよー。電話したい!』
「ギリギリ及第点かなぁ」
結局、一番シンプルな文章に落ち着いたようだ。深呼吸してからアオイは送信ボタンを押す。
「ドキドキ」
先ほどまでベッドの上で転がっていたアオイだがメッセージを送ってからは全く動かなくなる。そしてひたすらスマホの画面を見つめている。
別に動画を見たり、SNSを見てたりする訳ではない。弥勒とのチャットアプリの画面を開いてひたすらじっと見ている。
「まだなかぁ、弥勒くん返信遅いなぁ」
既読マークが付くのをひたすら待っているアオイ。時折、誘惑に負けて追撃メッセージを送りそうになるが必死に堪える。
「この時間ならいつもは返信早いのに……」
アオイはスマホを見つめながら呟く。普段から弥勒とはメッセージのやりとりをしている。そのためアオイは大体彼がどの時間に何をしてるか何となく把握している。
「お風呂にしてはまだ早いし……。夕飯ならもう終わってるだろうから。勉強中かなぁ」
比較的、弥勒の家の晩御飯は早いようだ。それを食べて少し寛いでからお風呂に入るのが弥勒の習慣のようだ。
こうしてアオイの我慢の夜は過ぎていくのであった。
二人がそれぞれの時間を過ごしている時、みーこは自分の机に座って書き物をしていた。
「えーと、ここでキュンな台詞が出てくれば……むふふ〜」
ニヤニヤとしながらひたすらペンを走らせている。
『みーこ、俺だけを見ろよ』
「やっぱシンプルイズベストっしょ! でもこんな事本当に言われたら痺れるわ〜」
みーこが書いているのは彼女の妄想をまとめた自作の小説だ。タイトルには「運命の再会物語」と書いてある。本自体も黒い高級そうなものを使っている。
「でもやっぱり再会シーンを超えるものは出てこないな〜。今日のはなかなかイケてたけど」
元々は弥勒との再会を夢見て色々なパターンを書き殴った妄想小説だ。それが本当に再会したために物語が進み出したのだ。
「やっぱライバルの登場が物語には必要か」
みーこは麗奈とアオイの事を思い浮かべる。麗奈とはセイバーを巡って争っている。アオイとは弥勒を巡って争っている。ややこしいが二人ともみーこのライバルだ。
「名前をそのままにするのもあれだし、レイコとアオコでいっか」
物語のスパイスとして加えるのは良いが、万が一にも弥勒を彼女たちに盗られる事があってはならない。
みーこは二人を警戒しながらも魔法少女として戦う姿を見て、彼女たちを認めてもいた。それがライバルとしての意識だ。
夜島弥勒という存在は積極的に他人と関わったりしていないから学内での認知度はそれほど高く無い。
しかし身長は同級生たちの平均よりも高く、髪型は流行りのものでは無いが短めで清潔感がある。スポーツも出来て、勉強も出来る。いわば優良物件だ。
更に言うなら同級生の男子たちと比べてガツガツしていないし落ち着いている。これもみーことしては高ポイントだ。
彼の人柄からしていずれ女子たちが寄ってくるのは明白だ。それまでに何としても弥勒を落とさなければいけない。
そのためにみーこは作戦会議も兼ねて妄想小説を書いているのだ。ただみーことしては残念だが今のところ小悪魔ムーブは成功していない。ジャブにはなっているだろうが。
「そういえばまだきちんとみろくっちとデートしてないかも!」
妄想小説を書いているうちに衝撃の真実に辿り着いてしまったみーこ。急いでスマホを取り出して弥勒へと連絡する。
『やほー、今度の土曜日空いてるー?』
アオイとは違い秒でメッセージを入力して送信する。彼女には躊躇いなど無かった。そしてすぐにスマホを脇に置いて物語の続きを書き始める。
「やっぱりデートの定番と言えば遊園地っしょ!」
近くの遊園地に二人で行く設定で小説を書き始める。小説には二人で一つのポップコーンを食べたり、お化け屋敷で抱きついたりといった妄想が書き込まれる。
「むふふ、これでみろくっちもアタシにメロメロよね〜。てかもうメロメロかも!」
最後に観覧車に乗って夕陽を見る二人。向かい合わせに座るのではなく、隣同士で座っている。
『みーこ、綺麗だ……』
「こんな紛らわしい台詞を言っちゃったりして!」
みーこの妄想は夜遅くまで続くのであった。
ちなみに弥勒は久しぶりの全力戦闘だったためさっさと寝ていた。そのためチャットに来ていたメッセージに返信するのは次の日になるのであった。




