第四十一話 苦戦
弥勒は周りに伸びてきている植物たちを斬り捨てながら考える。
「(これが大天使か……)」
大天使には今までの天使と明確に違う特徴として特殊能力がある。あるいは神に近しい存在としてそれは権能と呼ぶべきか。
純白のカラスの姿をした鳥型の大天使の権能は『樹海創世』と呼ばれるものだ。それは周囲に植物を発生させ活性化させる力。
特に召喚された場所が公園であるため大天使にとっては有利な戦場となる。敵の手数が非常に多いためこちら側はそれの対処で精一杯となってしまう。
「スプルースノート!」
背後にいるメリースプルースがスターに引き続き音符を出現させる。それを指揮者の様にコントロールしながら迫ってくる植物を防いでいく。
弥勒は目の前に現れた枝を足場に大天使へと接近する。しかし剣による攻撃は呆気なく避けられる。
「Kuu!」
大天使は口から光のブレスを放ってくる。権能だけが大天使の能力ではない。天使たちが使っていた光属性の攻撃も多彩に使ってくる。
弥勒はシールドを展開するものの空中には足場が無いため吹き飛ばされる。飛ばされる勢いに逆らわないように回転して体勢を整えて近くの木の幹に着地する。
地面には大量の植物が溢れている。仮にそれを掻い潜って鳥型の大天使に接近したとしても、敵の真骨頂は空中戦にある。二段階の構えとなっているため非常に厄介な敵と言える。
「Kuuuu」
大天使が空中で大きく羽ばたく。すると数十もの風の刃が生まれ弥勒へと向かってくる。
シールドで防げるレベルではないと判断した弥勒は木から飛び降りる。
「カラーシフト!」
すぐさま新緑の狙撃手へと姿を変えてリボルバーに魔力をチャージする。大量の風刃が迫ってきているが、弥勒に焦りはない。
チャージした魔力を全て使い大きな魔力弾を放つ。敵の攻撃の射程に魔法少女たちは入っていないため自分が切り抜けられる隙間さえ作れれば良いのだ。
風刃は数こそ多いが、一本の威力でいったら弥勒のチャージ弾の方が強い。弾丸は弥勒の正面にある風刃を破壊していく。それに続く様に弥勒は前方へと駆けていく。
大天使にある程度接近した所で再びチャージしていた魔力弾を大天使の上部と右側に二発ずつ撃ち込む。
大天使はそれを見て左側へと避ける。弥勒はすでに左側に向かっていた。弾丸の場所を敢えて散らす事で大天使の動きを制限したのだ。
灰色の騎士へと再び姿を戻していた弥勒は魔力を込めて大天使へと斬りかかる。しかし大天使も弥勒が来ることは予測していたようでその場で勢い良く横に回転し剣を弾こうとする。
ガキンと金属音がして弥勒の左手に衝撃が響く。しかしそれに押し戻される事なく力を込めて振り抜く。
大天使は体勢を戻して後方へと下がる。その翼には一筋の傷が付いている。しかし傷は浅いようで苦しそうな表情などはしていない。
「ち、浅いか……」
弥勒も一度後方へと下がる。急成長する植物たちを魔法少女組が相手してくれているため、弥勒は最低限の労力で大天使へと向かえる。
「大丈夫か?」
「ええ、けどキリがないわね!」
メリーガーネットが嫌そうな表情をして答える。同じ植物をベースにしている技でも大天使のものは実態を伴った本物の植物を操っており、彼女の方はあくまでも魔力で編んだ擬似的な植物だ。
似ていながらも実際はまるで違う能力である。その上、大天使のものは展開規模がメリーガーネットとはまるで違う。それに歯痒さを感じているのだろう。
「はぁぁぁ!」
メリーインディゴが大きな一撃を放ってから戦線を離脱してくる。物理攻撃が主体の彼女としてもこの敵は戦いにくい様だ。
「団扇貸して!」
「ワ、ワタシのはダメよ! 作ったばっかりなんだから!」
「……わかった」
メリーインディゴは先日の戦いでセイバーから借りた羽団扇の事を言ったのだろうが、メリーガーネットは自分の作ったヲタ活アイテムの団扇だと勘違いして拒否する。
それに呆れた視線を向けながらも弥勒はアイテムボックスから羽団扇を取り出してメリーインディゴへと渡す。
「ありがと!」
メリーインディゴはお礼を言ってからすぐさま前線へと戻る。そして羽団扇を握りしめて回転する。
「インディゴトルネード!」
羽団扇と組み合わされる事で強烈な風を生み出すそれは迫ってくる植物たちを吹き飛ばす。
「よーし、アタシもやるぞ! スプルースロケット!」
メリーインディゴに触発されたメリースプルースが新技を発動する。彼女の目の前に2リットルのペットボトルサイズのロケットが出現する。それが目の前で壁になってる木々に向かって放たれる。
ロケット弾が爆音を立てて木々を蹴散らす。今までの攻撃とは違い単発のようだが、威力は非常に高い。
「Kuu!」
大天使が瞳の輝きを強める。すると植物たちが一つに纏まり、人形のようなものが出来上がる。
それが両手をメリーインディゴの方へと伸ばしてくる。彼女はそれを掻い潜り人形へと接近する。そして人形に殴り掛かろうとする。
「きゃあ⁉︎」
しかしその瞬間に人形の腹部から急に飛び出てきた拳が彼女のお腹に突き刺さる。相手は植物をベースとしたモンスターのため体のどこらからでも植物を生やせるのだ。
「メリーインディゴ⁉︎」
吹き飛ばされる彼女を心配したメリーガーネットが叫ぶ。しかも彼女へ向けて人形は追撃を放ってくる。
「そうはさせないよ! スプルーススター!」
それを間一髪でメリースプルースが防ぐ。生み出された星型の刃たちが植物を斬り裂く。それを見てメリーガーネットは一安心する。
しかし安心したのも束の間、メリースプルースの足元から植物が生えてきて彼女の足を拘束する。
「うそっ⁉︎」
「問題ない」
それを新緑の狙撃手となっていた弥勒が弾丸で撃ち抜き消滅させる。メリーインディゴとメリースプルースも一度下がってこちらへと戻ってくる。
「ガーネットペタル!」
そのタイミングでメリーガーネットが花弁によるシールドを展開する。一度全員が態勢を整えるために必要だと判断したのだろう。
「油断するな!」
弥勒の鋭い指摘が飛ぶ。彼女たちの足元から植物が出現する。弥勒は反応の遅れた彼女たちに代わって灰色の騎士へと姿を戻して植物たちを斬り裂いていく。
メリーガーネットの展開するガーネットペタルは周りを花弁で覆う技のため地面から現れる攻撃を防ぐ効果は無い。本人が今まで気づいていなかった弱点だ。
「あ、ありがとう。助かったわ」
メリーガーネットは動揺しながらも弥勒に礼を言う。ガーネットペタルの展開は続いているので警戒するのは地面からの攻撃だけで良い。
全方位からの攻撃を警戒しなくて良くなっただけでも負担は大分違うだろう。
「メリーインディゴ、お腹は大丈夫か?」
「う、うん。思ったより痛く無いかな?」
自分のお腹を触りながら傷の確認をしているメリーインディゴ。無理をしている様子も無いので大きなダメージでは無かったのだろう。弥勒も少し安心する。
「スプルース大スター」
そんな三人を尻目にメリースプルースは大きな星型の刃を一枚生み出して自分たちの足元に展開する。
「どう? これなら地面からの攻撃も防げるっしょ?」
彼女は弥勒に自慢げに笑いかけてくる。地面を自分の技で塞ぐ事で植物が出現する隙間を無くしたのだ。シンプルだが有効な策である。
「KuuuKuuu」
彼女たちがシールドを展開して立てこもった事を理解した大天使は攻撃の手を一旦緩め植物たちを更に大きく成長させていく。
「ちょ、ちょっとこれ以上植物が強くなったら手に負えないわよ!」
「あんだけ無茶苦茶に植物成長させて魔力切れしないとかヤバ……」
すでに精一杯だった植物たちが成長したらもう自分たちの手には負えなくなる。そう思ったメリーガーネットは悲痛な声をあげる。
メリースプルースは少し疲れた様子を見せている。敵の能力の強大さに恐れを抱いている様にも見える。
「(ここが今の魔法少女たちの限界か……?)」
その中で一人、弥勒だけが冷静さを保っていた。




