第三十五話 ダチョウ
土曜日になり学生たち待望の休みに突入する。弥勒は朝のランニングを終えた後は家でくつろいでいた。
「今日のお昼は焼きそばでいいわよね?」
「おっけー」
母親からの昼食の提案に頷く弥勒。以前は多少の好き嫌いがあったものの異世界での生活を経験してから弥勒は何でも食べられる様になった。
異世界ではモンスターの肉を食べる事は普通で中には虫系のものもあった。それを経験した弥勒からしたら日本の食べ物は何でもご馳走と言えるだろう。
昼食までの時間、暇を潰そうとSNSアプリを起動する。そして天使や魔法少女に関する情報を検索する。
「前よりも投稿が増えてるな」
以前に検索した時よりも目撃情報が増えている。何度も同じ街で騒ぎが起きれば嫌でも注目されるだろう。これからも投稿は増えていく事が予想される。
写真もいくつか投稿されている様だが、こちらはジャミングが機能しておりハッキリ写っているものは無い。人型だというのと辛うじて色が判別できる程度の写真しかない。
そのまま20〜30分、色々と調べ物をしてスマホを仕舞おうとした時だった。チャットアプリにみーこからの連絡が入る。
『みろくっち、天使出現!』
弥勒はアイテムボックスから天使コンパスを取り出して確認する。するとコンパスは南西の方角を示している。場所としては大町田駅の方である。
上部の文字欄には『鳥』の文字が表示されている。つまり鳥型の天使が出現しているということなのだろう。
「母さん、昼飯キャンセルで!」
母親に一言告げてから家を飛び出る。そのまま人気のない所まで行ってからセイバーへと変身する。
フォームは灰色の騎士となっている。そのまま飛び上がり近くの家の屋根に乗る。天使コンパスを片手に南西へと向かう。
屋根から屋根へと飛び移って行く。念のために魔力探知を掛けながら進んでいく。しばらく進んでいくと弥勒でも感じ取れる反応があった。
「この辺りか……」
一旦止まって周りを見渡す。すると少し遠くの方からメリースプルースがやって来る。彼女も弥勒の存在に気付いたようだ。
「やっほー」
「天使は?」
「んー、こっちの方っていうのしか聞いてないんだよね」
「そういえばヒコがいないな。どこに行ったんだ?」
つい先日までみーこと一緒にいたヒコの姿がない。天使から隠れるにはまだ早いだろう。
「アタシに天使の場所だけ行って姫乃木さんたちの方に行っちゃった」
ヒコがいなければ麗奈たちも天使の居場所を見つける事が出来ないのだ。戦力の応援も兼ねて彼女たちを呼びに行ったのだろう。
「なら後で二人が来る可能性があるのか」
「そう⭐︎ちゃく!」
メリースプルースは懐から取り出した仮面を顔につける。見た目のバランスが全く取れていないが、本人はご満悦だ。
「魔法少女仮面!」
「ダセェ」
弥勒は吐き捨てるように呟く。珍しくやさぐれている。二人がコントをしていると少し先の通りから大きな音が響いて来る。
「あっちか、行くぞ!」
音がした方に弥勒は駆け出す。メリースプルースも慌てて弥勒について来る。いくつかの家を飛び越えると道路に天使らしき生物がいるのが目に入って来る。
「あれは……」
「ダチョウだねぇ」
ドドドドドという激しい音を出してダチョウの姿をした天使が走っている。近くの建物に衝突している。
窓ガラスや壁が壊れる音としてしばらくしてからダチョウが飛び出して来る。そしてまた次の建物に衝突している。
「なんつー傍迷惑な天使だ……」
「あれそのうち自滅したりしないのかな?」
弥勒は被害の派手さに頭を抱える。一方でメリースプルースは淡い希望を抱いているがそれはあり得ないだろう。
「とりあえず行くか」
弥勒はダチョウの天使がいる道路へと飛び降りる。するとダチョウは弥勒の存在に気付いてこちらへと突っ込んでくる。
「うおっ⁉︎」
思っていたよりも速度のある突撃に弥勒は着地してからすぐに横に転がる。ダチョウは弥勒がさっきまでいた所を勢い良く駆け抜ける。
そのままダチョウは近くに停まっていた車にぶつかる。車は吹き飛び道路へと転がる。
「Diiiii!」
ダチョウが弥勒の方へと振り返り威嚇の声を上げる。弥勒はいつでもシールドを出せる様に右手を構える。
「Di!」
ダチョウが再び走り出す。弥勒は相手の動きに集中する。そして直撃するかという瞬間に屈みながら脇に逸れる。シールドを展開してダチョウの足部分にぶつかるように右手を残す。
ガキン!
と金属がぶつかる様な音がしてシールドが弾かれる。弥勒の右手に衝撃が響く。
「ぐっ……!」
思わず声を上げる弥勒。ダチョウの足が想定していたよりも硬かった。そのため足を折って転ばせようという考えは失敗となってしまった。
「ダイジョブ⁉︎」
上で観戦していたメリースプルースも降りてくる。弥勒の横にフワッと着地する。
「ああ、けど思ったよりも硬いな」
「おけ。ならアタシに任せて!」
メリースプルースは自身の周りにいくつものスターを展開させる。それは光の刃である。
「スプルーススター!」
メリースプルースはそう言って再びこちらへ向かってきたダチョウの足を目掛けていくつものスターを飛ばす。
「Diii!」
声を上げたダチョウはスターが当たる瞬間にそれをジャンプして飛び越える。その跳躍力は凄まじく一瞬でこちらに近づいて来る。
「くそっ」
弥勒がとっさにメリースプルースを引っ張る。そのおかげでダチョウとの衝突を回避する。
「ひゃわ⁉︎」
天使からの反撃と弥勒に引き寄せられ抱きしめられるような形になっている事とのダブルパンチでメリースプルースは固まる。
「厄介な相手だな」
「ソ、ソデスネ」
弥勒は冷静に敵を観察する。メリースプルースはぼんやりと弥勒を見つめる。ダチョウは怒りながらメリースプルースを睨む。恋と戦場のトライアングルだ。
「どちらにしろ盾と剣じゃ難しいか。カラーシフト」
弥勒はそう言ってから新緑の狙撃手へと姿を変える。全身がグリーン系のカラーとなり、手には大きいリボルバーが握られている。
「どうする感じ?」
「俺の攻撃で地面を撃つ。奴はそれを避けようとして跳ぶはずだ。そこをメリースプルースが狙い撃つ。空中なら敵も動けないだろう」
弥勒はざっくりと作戦を説明する。メリースプルースはそれに頷く。再び向かって来るダチョウに向かって二人は照準を合わせる。
「ふっ」
弥勒のリボルバーから魔力の弾丸が放たれる。それはダチョウが走っている地面の僅か先に着弾する。
アスファルトが割れて、破片がダチョウ型の天使へと向かう。案の定ダチョウはそれを跳んでかわす。そこを今度は魔力を貯めていたメリースプルースが狙い撃つ。
「スプルーススター!」
星型の刃がダチョウへと殺到し、避ける間もなく突き刺さる。
「Diiiii⁉︎」
ダチョウ型の天使はバランスを崩しながらも片足で地面に着地する。そしてそこから魔力を放出して一気に加速する。
「うそっ⁉︎」
メリースプルースが驚きの声を上げる。確かにダメージは通っているはずだが、ここに来て更にこちらへ突撃してくると思っていなかったのだ。
「問題ない」
しかし弥勒は既にダチョウの着地と同時に敵に照準を合わせていた。リボルバーから魔力六発分をまとめた大きな弾丸が放たれる。それはダチョウ型の天使を飲み込み呆気なく消滅させる。
「ないす!」
弥勒はメリースプルースの攻撃で倒れない可能性を最初から考えていた。そのため最初の弾丸を放った後にリボルバーに魔力をチャージして強力な一撃を出せるように準備していたのだ。
「ふぅ、終わったな」
二人が一息ついた時だった。近くの建物が二つの影が舞い降りた。メリーガーネットとメリーインディゴだった。ついでにヒコもいる。
「天使は⁉︎ っていないじゃない」
「セイバーたちが倒したみたいでやんすね」
メリーガーネットの言葉にヒコが答える。それにより彼女が弥勒たちの方へと視線を向けて来る。
「……へ?」
そして固まる。彼女の前には新緑の狙撃手になっているセイバーとスプルースカラーの魔法少女(セイバー仮面付き)がいる。
メリーガーネット風に言えばペアルックの二人がそこにはいた。




