第三十三話 憧れ?
「さっきは助かったよ、姫乃木さん」
教室に入ってから麗奈に礼を言う弥勒。さっきの騒動は通学路で起きたため多くの町校生徒たちが三人を見ていたはすだ。下手をしたらすぐに悪い噂が立つかもしれない。
そういう意味では麗奈が来たおかげで事態が収束したので弥勒としては感謝しているのだ。
「あんたねぇ、そのうち刺されて知らないわよ?」
「そうならないように善処します」
「なんで政治家みたいな言い回ししてんのよ! 男ならハッキリと決めることね」
「(はっきり決めたら地球が終わるんだが……)」
弥勒はそう思っても口には出さない。下手に誰かと付き合ってルートが確定してしまったらイレギュラーへの対応が難しくなってしまう。
弥勒がどう返事をしようと迷っていると麗奈が大きな欠伸をした。もちろん口元は手で隠しているが。
「寝不足なのか?」
このままお説教されては堪らない弥勒はここぞとばかりに話題を変える。
「ええ、ちょっと新しいぬいぐるみを作ってたら熱中しちゃって」
弥勒の動きが固まる。そしてつい視線が彼女の鞄へと向かってしまう。そこにはセイバーとメリーガーネットの人形が仲良く並んでいる。
弥勒の視線に麗奈が気付いて微笑む。その表情を見て失敗したと弥勒は悟る。しかし時すでに遅く、麗奈の語りが始まる。
「そう! セイバー様に新しい動きがあったのよ。何だと思う?」
ちょっとしたクイズ形式になっている。弥勒はもちろん答えを知っているが、馬鹿正直にそれを言う訳にはいかない。
「えーと……武器が進化した……とか?」
セイバー人形が持っている剣を指差して答える弥勒。
「惜しいわね。正解は『色と姿が変わった』よ」
「へ〜、そうなんだ」
全く興味がない人間のリアクションになってしまっているが、麗奈は気にせずに続ける。
「なんとグリーンになったのよ! しかも銃でズババーンと敵をやっつけたの! 最っ高にクールってやつだわ!」
テンションが上がって弥勒の方へと身体が前のめりになる麗奈。その瞳はキラキラと輝いている。ちなみに弥勒の瞳は濁っている。
「す、すごいな……」
「でもそれだけじゃないのよ! 灰色と緑色になれるって事は他の色に変身する可能性もあるのよ!」
麗奈は拳を握りしめて熱く語っている。弥勒はとりあえず相槌を打つ機械となっている。余計なボロは出さないようにしているとも言える。
「これは赤色になれると見るべきね。いえ、むしろ全ては赤色への伏線ね」
勝手に伏線を作っている麗奈。弥勒としてはそんなつもりは全く無く、単純に手札を出し惜しみしているだけだ。
「(まぁ確かに赤色のフォームはあるけどさ)」
弥勒は呆れながらもそれに答えない。昨日の戦闘が終わった後にも麗奈は赤色になれるか聞いて来てたので余程気になっているのだろう。
「ペアルックなんて恥ずかしいわね」
「ペアルックって……」
色が被っているだけでペアルックでは断じてないのだが麗奈は赤色になったセイバーを想像してニッコリ顔だ。
「そういえば夜島くんもランニングの時はアオイとペアルックなのかしら?」
ペアルックから妄想を膨らませた麗奈が弥勒に質問してくる。
「いやペアルックな訳な……い、だろ……」
言い切ろうとした瞬間にランニングシューズの事を思い出した弥勒。二人のランニングシューズは同じメーカーのものだ。
アオイのものは本体が白く、シューレースが水色。弥勒のものは本体が黒く、ソールが水色。しかも二人で一緒に買ったものだ。ペアルックと言えなくもないだろう。
「怪しいわね、今度アオイに聞いてみるわ」
「やめい!」
咄嗟に止めてしまう弥勒。だがこれではペアルックをしてますと言っているようなものだ。
「そういえば、そのセイバー様とやらの正体はどんな人なんだ?」
話を逸らす意味も込めて再びセイバーの話題へと切り替える。危険な質問ではあるが、弥勒としてはぜひ把握しておきたい問題なのだ。麗奈がどのくらい自分の正体に迫っているのか知る必要がある。
「は? セイバー様はセイバー様よ」
「いやだから中の―――」
「中の人なんていないわ!」
食い気味に言ってくる麗奈。その迫力に弥勒はビビる。ただ弥勒の正体には一切迫っていないというか迫ろうとしていないことは分かった。
「(セイバーと会ってる時は普通なのに……)」
魔法少女としてセイバーと一緒にいる時にはお互い軽口を叩き合うのに、ここではセイバーのファンのような態度を見せている。これには弥勒も首を傾げざるを得ない。
「どうしてそんなにセイバー様が好きなんだ?」
弥勒はここまで来たならいっそ踏み込んでみる決意をする。
「難しい質問ね。一言では言い表せないわ。ただ強いて言うなら彼がワタシの理想の遥か先にいるからよ」
「理想……?」
「超越した能力に、卓越した技術。冷静な判断力と揺るぎない勇気。まさにヒーローとして完璧な存在よ」
ややうっとりしながら語る麗奈。想定よりも自身が評価されていることに弥勒は驚く。ただ少し過大評価すぎると感じてはいるが。
麗奈は必殺技以外はサポート系の技がメインのため戦闘では前線に出ることが少ない。また一人で戦っていた時には敵の攻撃を避けながら何とか隙を作って反撃するというスタイルだった。
つまり自身の戦闘力に不満と不甲斐なさを感じているのだ。それこそが姫乃木麗奈の精神のウィークポイントなのである。世界の命運を背負った少女にとって戦闘力不足というのは大きな負担だ。そこを埋めているのがセイバーという存在だった。
しかもセイバーの戦い方はオールラウンダーである。敵の攻撃を捌きながら反撃することも多く、隙が無ければ無理やり作るというスタイルだ。麗奈が憧れるのも納得だろう。
「すごい高評価だな」
「そんな事ないわ。夜島くんもセイバー様を知ればそう思うようになるわよ」
「そ、そうなのか……」
セイバーを知ればというが弥勒がそのセイバー本人なのだか。弥勒としては聞きたい事は聞けたのでとりあえずそれで良しとする。あまり踏み込み過ぎて不審に思われるのも良くないだろう。
「そうだ、今度夜島くんにもセイバー様人形をあげるわ。感謝しなさい、ワタシの手作りよ」
会話が終わったかと思いきや余計な提案をしてくる麗奈。彼女としては良い事をしているつもりなのだろう。しかし弥勒からしたら何が嬉しくて自分の人形を貰わなければならないのか。
「いやー、俺がさすがに鞄に人形とか付けてたら変だろ」
やんわりと断ろうとするが、オタクが推しのアピールをそう簡単に諦めるはずもない。
「ならお家の神棚にでも飾れば良いじゃない」
「なぜに神棚⁉︎」
神棚という言葉に弥勒は思わずツッコミを入れてしまう。それに麗奈は真顔で返事をする。
「困った時のセイバー様頼みよ」
そうなって欲しくないから正体を明かさないようにしている弥勒だが、あまり効果は出てないようだ。
「まるで神様みたいな扱いだな」
「少なくとも神様よりは頼りになるわね」
神様により世界の秩序が破壊されようとしているのだ。それを知っている麗奈からしたら神頼みなど無意味な行為だろう。
「ははは、それは凄いな」
やけくそになって褒める弥勒。まさか自分が推しになっているだけでなく崇められているポジションにいるとは思ってもいなかったようだ。
「(もしかして結構、病みが進行しているのか?)」
麗奈の態度を見て考え込む弥勒。自身が想定していた以上にセイバーに対する想いが強かった事に戦慄する。
「(これから一体どうなっていくんだ……)」
原作ではもちろんセイバーと言う存在がいなかったため麗奈の病み方が原作からズレはじめている。弥勒はその事に気付いて不安になる。
麗奈はセイバーの正体を知らないまま彼に想いを募らせている。
アオイもセイバーの正体を知らないが、弥勒へと想いを募らせている。
みーこはセイバーの正体を知っており、弥勒に想いを募らせている。
「(ふ、複雑すぎる……。誰が解いてくれ……)」
自分で蒔いた種といえばそうなのだが、複雑になってきた人間関係に頭を抱える弥勒であった。




