第三十二話 登校
みーことの騒動があった次の日の朝、弥勒はいつもの公園にいた。日課のランニングをするためだ。そしてもう一つアオイに謝るという目的もあった。
弥勒が準備運動をしているとすぐにアオイがやってくる。その足取りはいつもと違ってやや重そうだ。
「おはよう、アオイ」
「……うん、おはよう」
気まずそうな顔をしているアオイ。
「あのさ、アオ———」
「昨日はごめんなさい!」
弥勒が謝ろうとした瞬間にアオイが言葉を被せてくる。頭を大きく下げている。それに弥勒は面食らう。
「いや俺の方こそすまん」
「ううん、弥勒くんが謝る必要はないよ。あたしが勝手に怒ってただけだから」
アオイのその言葉に思わず頷きそうになる弥勒だがなんとか堪える。
「えーと、お互い謝ったしこれで解決ってことで」
恐る恐る昨日の一件を終わらせようとする弥勒。チラッとアオイの表情を盗み見る。
「うんっ! 良かった〜。昨日のせいで嫌われたらどうしようって思ってたの」
「いや別にあれくらいじゃ嫌わないって」
「えへへ。それじゃあ今日は張り切って走ろう!」
弥勒と仲直りできた事で分かりやすくテンションが上がったアオイは両手を上に突き上げて大きな声で宣言する。早朝だからか声がやけに響く。
「おう」
それから二人はいつも通りランニングをこなす。弥勒としてはお互いに謝ってからもしばらくは気まずくなる可能性もあると考えていたが、そうでも無かった。
アオイの性格は切り替えると一気にMAXまでテンションが振り切るため、気まずさというものが残らない。そういう意味では付き合いやすいのかもしれない。
「(そもそも昨日の件も魔法少女としての副作用で精神が乱れてただけかもしれないしな)」
昨夜のみーことの一件で改めて副作用について考えた弥勒。今後は魔法少女たちだけではなく自身の精神の心配もしていかなければならない。
そんな事を考えながらノルマの距離を走り終えて一息吐く。アオイも自分のノルマを走り終えて汗を拭いている。
「今日はいつもより少し速かったんじゃないか?」
「ふっふっふっ、友情パワーのおかげだね!」
アオイが嬉しそうに答える。腕を組んで偉そうにしているが、どちらかと言うとただ可愛いだけだ。
すっかり元通りになったことに弥勒は安心する。そのまま一度解散して学校へと向かう事にする。
来た道を戻って一旦、家へと帰る弥勒。シャワーを浴びて汗を流す。前日にまとめてあった荷物を取り、学校へと向かう。
アオイと鴇川駅で再び合流する。そのまま電車に乗り大町田駅で降りる。駅前はすでに大勢の人たちで溢れている。出勤前、あるいは登校前だからか皆足早に歩いている。
「今日は体育があるんだ〜」
走る以外にも運動全般が好きなアオイは授業に体育がある日は機嫌が良くなる。そして授業に音楽がある日はテンションが低くなる。実はアオイは音痴だった。
「今、女子はバスケだっけ?」
「そうそう。楽しいけどあたしは背が低いから中々難しいんだよね」
バスケは背が高い人間が有利なスポーツだ。身長が150cmちょっとのアオイには少し不利なのだろう。それでも表情は楽しそうだ。
「確かにアオイって小動物みたいだもんな」
「む〜!」
弥勒のからかいに頬を膨らませるアオイ。そうすると余計に小動物っぽくなるのだが指摘はしない。
「やっほー、みろくっち!」
アオイと話していると背後から声がして、弥勒の腕が絡め取られる。
「うおっ、 みーこ⁉︎」
現れたのはみーこだった。弥勒の腕に自分の腕を絡ませてニコニコしている。
「ちょ、ちょっと! いきなり何してるの⁉︎」
隣にいたアオイが慌てて反応するが、みーこはどこ吹く風だ。舌をペロッと出して軽く答える。
「そこにみろくっちがいたから抱きついだけサ」
「そこに山があるから、みたいな言い方すんな!」
ツッコミを入れる弥勒だが横からの視線が気になっている。せっかく朝に仲直りしたばかりだというのにまた拗れてはたまらない。
腕を解こうとするが、みーこはがっちりとホールドして離さない。さすがに無理やり力で引き剥がす訳にはいかないので諦める弥勒。
「答えになってないよ⁉︎ 弥勒くんもデレデレしないで!」
「いやデレデレはしてないんだが……」
当然、アオイからのお叱りを受ける弥勒。本人としては不本意な指摘なのだが強く反論することは出来ない。
「え〜、羨ましいなら巴さんもやったら? そっちの腕は空いてるんだし」
その発言に弥勒の腕をじっと見てから顔を赤くするアオイ。頭をブンブンと振っている。
「そ、そんなの無理だよ! チラッ」
アオイは無理だと否定しながらも口で「チラッ」と言って弥勒の表情を見てくる。弥勒は悟りを開いた気持ちでゆっくり頷く。
「(早く教室に行かせてくれ……!)」
「ま、まぁ弥勒くんがどうしてもって言うなら仕方ないけど……」
アオイはさすがに腕を組むのは恥ずかしかったのか弥勒の袖をちょこんと摘む。その顔は赤くなっている。
「ひゅ〜、巴さん。だいたーん!」
ここぞとばかりに茶化してくるみーこ。しかし弥勒の腕をホールドする力が強まっている。まさか本当にアオイが腕を取ると思っていなかったのだろう。少し焦って弥勒を取られまいと力を強めているのだ。
「森下さんに言われたくないし!」
「みろくっち、こわ〜い」
アオイの台詞にわざとらしく怖がって弥勒の腕に顔をうずめるみーこ。その行動に余計、アオイが表情を歪める。
「ハァ、あなたたちは朝から何をやってるのかしら?」
二人の諍いがピークに達しようとした時、背後から声が掛かる。弥勒は聞き覚えのあるその声にドキッとする。
「麗奈ちゃん⁉︎」
「姫乃木さんじゃん、おはー」
「ええ、おはよう。それでこれは何が起きているのかしら?」
弥勒をジロリと見てくる麗奈。視線が冷たいように感じるのは弥勒の気のせいではないだろう。
「それは俺も知りたいというか……」
歯切れの悪い返しになってしまう弥勒。
「とりあえず二人も離れなさい」
「う、うん……」
「は〜い……」
第三者の介入により少し冷静になった二人は弥勒の腕を解放する。弥勒は無事に帰って来た自分の腕に喜ぶ。
「あなたたちがどういう関係かは知らないけど、もう少し場所をわきまえなさい」
麗奈からの至極真っ当なお説教に項垂れるみーことアオイ。きっかけはみーこだったとしてもアオイもそれに乗ったのだから同罪だろう。
「それと夜島くん」
「はいっ」
弥勒は麗奈から呼ばれて姿勢を正す。
「あなたが止めないでどうするの。しっかりしなさい」
「す、すいません……」
「まぁ反省したならいいわ。それよりも早く学校へ行きましょう、遅刻するわよ」
三人が反省したのを確認して進む麗奈。彼女としても本気で怒っていた訳ではない。あくまで事態を収束させただけだ。最も女子二人を侍らせてる弥勒に多少の呆れはあるのだが。
「にしてもみろくっちはやるね〜」
しかしみーこがすぐに復活する。その瞳には再び悪戯心が宿っているように見える。
「なにがだよ?」
「だって町校の一年生美少女トップ3を独占してるんだもん」
その言葉に固まる弥勒。ちなみに町校というのは大町田高校の略称だ。ここに通っている生徒たちがよく使う表現だ。
「な、なにそれ⁉︎」
アオイはみーこの言葉に驚いている。それを見てみーこは満足そうに話を続ける。
「1組の森下緑子、2組の姫乃木麗奈、3組の巴アオイ。新入生の各クラスのナンバー1美少女たちサ」
「えぇ⁉︎」
決めポーズをしながらカッコつけるみーこ。アオイは分かりやすく驚いている。
「……それは誰が言っているのかしら?」
「町校の男子たちによる投票らしいね〜。ちなみに町校ナンバー1は三年の美術部の女神様だってサ」
男子たちによる投票という所でアオイと麗奈の視線が弥勒に突き刺さる。しかし弥勒としてはそんなものに投票した覚えはないので冤罪ではある。
「これだから男子って……」
「弥勒くん……」
二人揃って大きく溜め息を吐く。弥勒は何もしていないのに好感度は下がったようだ。弥勒としては複雑だが、好感度が上がり過ぎても困るのでとりあえず良しとする。
「それでみろくっちは誰に投票したのかな〜?」
「「ジー……」」
「俺は投票してねーわ!」
弥勒はそう言って逃げ出す。慌ただしい朝はこうして過ぎていった。




