第三十一話 メリースプルース
「魔法少女にアタシもなるわ」
緑子が魔法少女になることを選んだのはある意味100%の下心からだ。弥勒との繋がりを考えての打算による契約。アオイが弥勒を守ろうと契約したのとは逆だ。
「やったでやんす! またまた一名様、魔法少女にごあんなーい!!」
「なんかめっちゃ怪しいんだけど!」
ヒコの言い回しに不安を覚える緑子。サングラスがふにゃ~と光が出てくる。それは緑子の左手の人差し指に当たる。光が溜まるとそこには指輪が現れる。安っぽい光沢のある緑色の指輪だ。100均で売ってそうなレベルだ。
「だ、ださいんだけど……」
指輪を見てがっかりしている緑子。ファッションにこだわりのある彼女としては受け入れ難いようだ。指輪を外そうとしている。しかし外れない。
「キャンセル不可でやんす!」
「さ~ぎ~だ~」
指輪を引っ張りながら叫ぶ緑子。ヒコは短い手でバツマークを作っている。
「あ、消えた」
指輪は自動で消える仕様となっている。天使が近くにいるときや、変身したい時に出現するという便利な指輪なのだ。不思議そうに指を見ている緑子。何度か出したり消したりして遊んでいる。
「とりあえず今日はもう帰るでやんす」
天使は先ほどメリーガーネットたちが倒したためもういない。その他に天使の気配はないため変身する機会もないだろう。そのため帰ることを選択したヒコ。緑子もそれに頷く。
「……なんでアタシについてくる訳?」
帰ろうと歩き出した緑子にくっついてくるヒコ。
「天使が来たらあっしが教えるでやんす。そうしないと変身の機会がないでやんすよ?」
「あ~、確かに。なら仕方ないかぁ。でもあっちを放置して大丈夫なん?」
ヒコの言う通り緑子では天使を感知することが出来ない。天使と出会えなければ変身する機会もない。
「ダイジョブでやんす! レーナにはガールフレンドの所に行ってくるって言っといたでやんす」
「あっそ」
こうして緑子とヒコという新しいコンビが生まれた。
次の日の放課後、さっそくヒコと一緒に天使探しをする緑子。するとヒコの探知に天使が引っかかる。
「あっちでやんす~」
「ほいほい」
アイスを食べながら歩いている緑子からは緊張というものが感じられない。彼女は目的のためには迷いなく走り抜けるタイプなのだ。転校してから弥勒と再会するための様々な努力がそれを物語っている。
「いたでやんす!」
小さな川の近くに天使がいた。それはハリセンボンの姿をしていた。ピカピカの姿に小さな羽が生えている。光輪が付いており水辺でうろうろしている。
「指輪かも~ん!」
人差し指に緑色の指輪が出現する。それに軽くキスをする緑子。
「メランコリー! ハートチャージ!」
勝手に口から出る台詞に目を輝かせる緑子。変身をするなんて本当に物語の登場人物のようでテンションが上がっているのだ。そのまま指輪から出た光に包まれる緑子。
髪型がポニーテールからハーフアップへと変わる。まとめられた髪はウェーブしてカラーもイエローベージュから緑色に。メイクはややナチュラルな志向へと切り替わる。
そして手には黒い手袋、足には艶のある黒のロングブーツが装着される。衣装は黒とスプルースカラーを使ったフリフリのものになる。そして最後に胸元に大きな輝きをもって宝玉が出現する。その色はスプルースカラーとなっている。
「ひとかけらの優しさは平和の礎! メリースプルース!」
ばっちりとポーズを決めて台詞をいうメリースプルース。変身してすぐに自分の格好を確認している。スカートの端をつまんで持ち上げたりしている。
「うわ~、すっご! ホントに変身してるし」
「いつまでも感心してないでいくでやんす!」
いつの間にか近くの電柱の陰に隠れていたヒコが天使を指さして言う。それに苦笑するメリースプルース。事前にヒコは戦わないと聞いていたのだが、見事な隠れっぷりについ笑ってしまったのだ。
「ヒコは魔法少女使いが荒いね~」
そういって右手を前に出すメリースプルース。すると彼女の魔力が高まり星形の刃が出現する。
「スプルーススター!」
その声と共に星形の刃が放たれる。一直線にハリセンボン型の天使へと向かっていく。それを見ていたヒコは驚く。
「い、いきなり凄いでやんす! 即戦力でやんす!」
「いざって時のために魔法少女の練習もしてたしね~」
彼女は見た目はギャルだが中身はどちらかというとオタク気質なのだ。読書が大好きで本を読むたびに自分がもし主人公だったらと妄想をしているのだ。そんな彼女にとって魔法少女の戦い方など小学生のころに既に勉強済みだ。
ちなみに弥勒との再会パターンは100通り程、妄想していた。その中で最もベタかつカッコいい再会だったので本人は大満足だったようだ。
「おぉ~、エリートでやんす」
ヒコは感心の声を上げる。メリースプルースはそれを聞いてドヤ顔をしている。
「Puuuuuuu!」
自身に向かってくる刃に気付いたハリセンボン型の天使はぷく~っと膨らむ。すると針が逆立ってくる。ハリセンボンはそのまま無数の針を射出する。
針と刃が衝突する。数で言えば針の勝ちだが、威力で言えば刃の勝ちだ。針の一部が彼女たちのいる方に飛んでくる。
「スプルースノート!」
メリースプルースがそう叫ぶと音符マークが出現する。彼女はそれを操って針を迎撃する。
「まだまだ~!」
彼女は音符マークをぐるぐると自分の周りで回転させて勢いをつけてから天使へと放つ。星形の刃を避けていた天使は猛スピードで飛んでくる音符に対応できずに直撃する。あっさりと天使は消滅する。
「お見事でやんす!」
ヒコは拍手をする。初戦闘でありながら天使をほぼ完封したのだ。事前に妄想シミュレートをしていたとはいえあまりにも鮮やかな手並みだった。
「よしそれじゃ本命にいこう」
初戦が終わったメリースプルースは顔を引き締める。天使に勝ったというのにそちらにはあまり関心がないようだった。
「本命……?」
「みろくっちの尾行サ!」
バーンと宣言するメリースプルース。そのままジャンプして近くの家の屋根に乗る。弥勒探しに行こうとするメリースプルース。
「この時間ならまだ学校で自習してるかも!」
そのまま学校へと戻るが、弥勒はもうすでに帰宅した後だったようだ。
「え~、やだやだ! みろくっちに会いたい~! ヒコ、何とかして」
「それは副作用だからしばらくすれば治るでやんす」
ヒコの不穏な発言により目が点になる緑子。ちなみに変身は学校の近くに来た時点で解除している。
「なにそれ?」
「魔法少女は闇の力でやんす。生まれ持った力ならともかく与えられた力の場合はそれを使うたびに精神がその属性に寄っていくでやんす」
この副作用に関してはまだメリーガーネットやメリーインディゴは知らない。ヒコとしては隠しているつもりはなく、ただ単に聞かれないから言っていないというだけだが。
「さ~ぎ~だ~」
昨日と同じ台詞を言う緑子。ヒコの事を睨んでいる。安易に契約をすると痛い目に合うのは古今東西変わらないのである。
「闇の場合はネガティブというか不安な感じになるでやんす」
他では火属性は暴力的に、水属性の場合は流されがちになっていく。ただしこれは与えられた力という前提ではあるが。生まれ持った力ならば、自らの精神に合うものが力として現れているので副作用は無い。
「あの二人からはあんま副作用が出てる感じじゃなかったけど?」
「そこらへんは個人差があるでやんす」
精神的に緑子は弥勒という存在に依存している比率が大きい。今の彼女が作り上げられたのは、弥勒との別れがきっかけだ。つまり自分という存在の根底に弥勒がいるのだ。だからこそ精神的に傾きが起きると中心を、つまりは弥勒を求めてしまうという訳だ。
それに対して二人は自身の中心に他人がいる訳ではない。それでも麗奈は命を助けられたセイバーに対して大きな信頼を抱いている。アオイも自信喪失時に元気をくれた弥勒に執着をみせている。お互いが大なり小なり闇属性の副作用を受けているのだ。
結局その日、緑子は弥勒に会いたいという欲求を抱えたまま一夜を過ごすこととなった。
そしてたまらなくなった翌日、緑子は久しぶりに弥勒に声を掛けてデートに誘うのだった。そして更に次の日には弥勒を尾行してセイバーになっている証拠をつかみ、副作用の可能性に思い至ったのだった。




