第三百四話 エリス・ルーホン
朝、家に迎えが来た。
迎えに来るという事はエリスの家からである。弥勒は運転手にお礼を言って車へと乗り込む。そしてエリスの家に着くまで車に揺られる。
昨日は月音の家でピザを食べた。久しぶりに食べるピザは美味しくて、つい食べ過ぎてしまった。
しばらくするとエリスの家へと到着する。それからいつものお手伝いさんに案内されてエリスの部屋へと入る。
「エリス先輩、おはようございます」
「おはようございます。今日は急に呼び出してしまってすいません」
エリスは開口一番、謝罪をしてくる。迎えを行かせたとはいえ朝から呼び出した事を申し訳なく思っているのだろう。
弥勒としては今日あたりにエリスからお呼びが掛かるのは分かっていたので驚きは無い。しかも車だったので、弥勒側には何の負担も無かった。
「大丈夫ですよ。それで今日はどうしたんですか?」
「実は見せたいものがありまして……」
エリスはワクワクした表情をしている。彼女は少し勿体ぶった言い方をする。それに弥勒も何を自分に見ようとしているのか気になってくる。
「でも先に朝食にしませんか?」
「いや、何を見せたいのか気になるんですけど……」
「まだ秘密です」
エリスはそう言ってウインクをする。町高の男子たちなら一撃で倒されてしまうであろう程の可愛らしさだ。弥勒もその姿を見てドキッとしてしまう。
エリスはスマホを操作してお手伝いさんを呼ぶ。すると朝食を持ってお手伝いさんがやって来る。銀色のトレイの上にはシナモンロールと紅茶が乗っている。それを弥勒とエリスのいる所に置く。そして一礼をして去っていく。
「さぁ食べましょう」
「そうですね。いただきます」
弥勒は朝食を食べていなかったため丁度良いと思ってシナモンロールを手に取る。まだ温かいので焼きたてか、買ったばかりなのだろう。
「美味いですね」
「この甘さがたまらないですよね」
シナモンロールは程良い甘さであった。またシナモンの香りとパンの香りが混ざって二人の食欲を刺激した。
「今日はエリス先輩にしては控えめな朝食ですね」
「う……実はみろーくんを待ちきれなくて先に食パンを一枚食べてしまいました……ごめんなさい……」
「いやいや別に謝らなくても大丈夫ですよ!」
まさかの二度目の朝食タイムであったエリス。彼女はバツの悪そうな顔をして弥勒を見ている。ただ彼としてはエリスが朝から何を食べようと問題は無い。そのため隠し事がバレた子供の様な表情をしている彼女を宥める。
「本当ですか……? わたくしの事を朝食を二度も食べる食いしん坊とか思って無いですか……?」
「いや、食いしん坊は前から思ってました」
「がーん⁉︎」
エリスは弥勒に食いしん坊と思われていた事にショックを受ける。何故か古臭いリアクションをしている。
「でもエリス先輩の食いしん坊は可愛らしい感じなのでアリだと思います!」
「むむむ……そうでしょうか?」
「はい」
とりあえず弥勒は再びフォローを入れる事にする。エリスはそれに少し疑わしそうな目をしながらも最後には納得した様で小さく頷く。
「みろーくんは褒め上手ですね。シナモンロールも真っ青です」
「あはは、そうですかね」
ちょっと後半の言葉が意味が分からなかった弥勒だが、とりあえず笑っておく。そんな話をしているとあっという間にシナモンロールを食べ終える。
「「ごちそうさまでした」」
二人は空のお皿を手を合わせる。それから紅茶を飲む。今回は冷たい紅茶である。弥勒としてもその方が飲みやすかった。
「それではいよいよ本命と参りましょうか」
エリスはそう言いながら優雅にカップをテーブルへと置く。カチャリと小さい音が鳴る。それはまるで合図の様だった。彼女は立ち上がり、弥勒を手招きする。
「こちらに来てください」
エリスは弥勒を連れて部屋を出る。そして少し離れた部屋へと向かう。彼としてはエリスの部屋以外の場所がいまいち分かっていないので、大人しく着いて行くしか無い。
そしてエリスがある部屋の前で立ち止まる。弥勒とてしは周りにある部屋との違いが分からなかったが、彼女に迷いは無い様だった。
扉を開けて中に入る。そして入り口近くにある照明のスイッチを入れる。すると暗かった部屋の中が照らし出される。
「これは……」
弥勒は部屋の中を見て驚きの表情を浮かべる。そんな彼のリアクションを見てエリスは満足そうに微笑んでいる。
「ついに等身大セイバー人形さんが完成しました!」
エリスはドヤ顔でそう宣言する。
部屋の中には六体の等身大セイバー人形が置かれていた。姿形はデフォルメされているので、本物よりは可愛らしい仕上がりとなっている。
きちんと「灰色の騎士」、「新緑の狙撃手」、「真紅の破壊者」、「藤紫の支配者」「群青の襲撃者」、「片喰の死神」がそれぞれ存在している。それらが台座に乗って飾られている。「漆黒の狂戦士」が無いのは発注した後に出たフォームだからだろう。
「とっても可愛いです!」
エリスはそう言いながら藤紫の支配者の人形に近づいてハグをする。弥勒はまさか最終決戦前にこんなものを見せられると思っていなかったので、脳が思考停止していた。
「ほ、本当に作ったんですね……」
「もちろんです! 皆さんの家に注文をいただいた分は既に配送してますので今日中には着くかと思います」
「あ、あはは……それは良かった……」
つまり他の魔法少女たちの家にも今日中にこの人形たちが届くという事だろう。弥勒は最早苦笑するしか無かった。
「実はここにあるのは観賞用なんです。あともう一体ずつ作ってまして、そちらは抱き枕として使用予定なんです!」
「へ、へー……贅沢ですね……」
「今日はこの紫色の子と一緒に寝ます! わたくしのフォームとお揃いの色なのがお気に入りです」
エリスは等身大セイバー人形が出来上がった事が余程嬉しいのだろう。弥勒のリアクションよりも自身の話したい事を優先している印象がある。
「なら観賞用はずっとこの部屋に置いておくんですか?」
「基本的にはそうなりますね。あと追加発注で黒色のセイバー人形さんも作ってもらっています!」
「素早いですね……」
「はい!」
エリスは褒められたと思ったのだろう。弥勒の言葉に嬉しそうに頷く。
「どうですか? これがわたくしたちの想いです!」
「エリス先輩たちの想い……?」
「はい! こんなおっきなお人形さんを作っちゃう程、皆みろーくんが大好きなんです! だから絶対に無事に戻って来ましょうね」
これがエリスの作戦だった。自分たちが弥勒をどのくらい思っているのか。それを素直に見せる事で弥勒を繋ぎ止める鎖になると考えたのだ。
等身大人形を作ってしまう程、弥勒を好いている少女たちが五人もいる。いや魔装少女も含めれば人数はもっと増えるだろう。
「エリス先輩……」
「前にみろーくんは約束してくれましたよね。どこへも居なくなったりしないと。ですからわたくしたちも約束します。何があっても必ず貴方と一緒にいますと」
蟲型の大天使との戦いが終わった翌日。弥勒はエリスと「どこにも行かない」という約束をした。それを彼女は信じていた。
そしてそれに対するアンサーとして「私たちはどこまでも着いていく」と言っているのだ。これならどちらかの約束が仮に破られたとしてもお互いの繋がりが途切れる事は無い。それに一方の約束よりも双方で約束した方が、より絆が強くなる気がしたのだ。
「ありがとうございます。エリス先輩にそう言って貰えると嬉しいです」
「エリスです」
「え?」
「呼び捨てにして下さい。わたくしはみろーくんの前ではただのエリスですから」
お互いに約束をした事でエリスは今までに無い温かみを感じていた。そのため先輩という敬称は必要無いと思ったのだ。
「えっと、じゃあ……エリス……」
「はい」
エリスの想いを汲み取った弥勒が彼女を呼び捨てにする。すると嬉しそうに笑って返事をする。それを見て弥勒は何だか照れ臭い気持ちになった。しかし周りに置かれている等身大セイバー人形を見て我に帰る。
「それでは部屋に戻りましょうか。まだまだみろーくんとお話したい事がいっぱいあるんです!」
「そうですね」
それから二人は部屋へと戻りお喋りを楽しむのだった。結局、弥勒は昼ごはんまで食べて帰宅するのだった。




