第三百三話 神楽月音
「やっぱりこうなるよな……」
弥勒は月音の家へとやって来ていた。昨日、麗奈から魔法少女たちが弥勒をこの世界に繋ぎ止めるために策を練っていると聞いた。
そのため月音から呼び出されても驚きはしなかった。時刻はすでに17時になるかという時間だ。暗くなっていく空を見ながら離れにある研究室へと入っていく。するとPCで作業していた月音が弥勒の方を向く。
「おはようございます」
「おはよう」
そう言って月音は立ち上がって冷蔵庫へと向かう。そしてコーラを二本取り出して弥勒のいる方へとやって来る。
「歓迎するわ。座りなさい」
「は、はい」
弥勒は近くにある椅子に座る様に勧められる。いつもより丁寧なお出迎えに彼は少し違和感を覚えながら椅子に座る。そしてテーブルにはコーラを置かれる。向かい側に月音が座る。
このテーブルと椅子は以前来た時には無かったものだ。この研究室に合うものを選んでいるのだろう。どちらも白を基調としたシンプルなデザインとなっている。
「最近の調子はどうかしら?」
「最近の調子ですか……? まぁ悪くは無いですけど……」
曖昧な質問に弥勒としては答えに困る。しかし月音はその答えに満足した様でコーラを一口飲む。
「最近は暑さも大分、落ち着いて来たわね。過ごしやすくて助かるわ」
「そうですね。夜とかも大分寝やすくなりました」
「そうね」
夏は夜も暑い。冷房を付けっぱなしにしているのは良く無いと思い弥勒はいつもタイマー機能を使っていた。しかしそれで冷房が切れると結局暑くて起きてしまう。そんな事も減って来ていた。
「学校の授業はどうかしら。分からない事は無い? もし分からない所があったら教えてあげるわよ」
「一応それなりに予習復習はしてるので大丈夫です。もし分からない所が出てきたら聞くかもしれません」
「そうしなさい」
最近の調子、天気と来て今度は勉強の話だった。月音らしく無い会話のラインナップに弥勒の違和感は強くなる。
ただ月音から勉強を教えて貰えるというのはありがたかった。彼女は世界レベルの天才である。そんなチャンスは滅多に無い。
「でも学校もしばらく無いですから。俺としては授業も嫌いじゃなかったんですけどね」
「それはきっと貴方だけよ。私としてはここで研究する方が捗るわ」
「やっぱり学校の設備とかとは違うんですね」
「もちろんよ。あっちには複雑な機械なんかは持ち込めないもの」
月音はそもそも授業に出ていないので、学校があっても無くても関係無いのではと弥勒は思っていた。しかしどうやら研究室の設備レベルが違う様だった。いずれにしても授業とは全く関係ない話である。
「それよりも今日は夕飯で食べたいものとかあるかしら? 好きなものをご馳走するわよ」
「え、良いんですか?」
「もちろんよ」
月音からの思わぬ提案に弥勒は目を見開く。口ぶりからすると料理を作るといった形では無く、デリバリーで何か頼んでも良いという事だろう。この時間に弥勒を呼んだのも最初から夕飯をご馳走するためだったのかもしれない。
「えっと……それじゃあ、ピザとか……?」
「……なかなかのセンスしてるわね」
弥勒はとりあえず希望を口に出して見る。すると月音も満足そうに頷いている。彼女がコーラ好きなのは分かっていたので、それに合うものを弥勒が選んだ形だ。
「ちょっと待ってなさい」
すると月音は近くにあったスマホを操作してから弥勒へと見せてくる。それは宅配ピザのアプリ画面であった。様々なピザがメニューに並んでいる。
「どれが良いかしら?」
「うーん、一つは定番系が良いですね。スパイシーペパロニピザとかどうですか」
「定番系は間違いないわね。それならもう一つは期間限定かしら」
月音はペパロニとハラペーニョが乗ったピザを買い物カゴへと入れる。それから期間限定メニューを開く。
そこにはグリーンカレーピザ、サーモンとレモンのピザ、チキングラタンピザ、トリプルチーズピザの四種類があった。
「結構バラバラな選択肢ですね……」
「ちなみに前にトリプルチーズとサーモンとレモンのピザは食べたわ」
「それならグリーンカレーピザとチキングラタンピザのハーフ&ハーフにしましょうか」
「それが良いわね」
彼女は弥勒のリクエスト通りのピザを注文する。そしてサイドメニューとしてさりげなくフライドポテトを追加している。
「これで良いわね。30分で届くわ」
「ありがとうございます」
月音はピザの注文を終える。手慣れた様子から普段から割りとピザを頼んでいるのだろう。宅配ピザはお手軽だが、値段はそこまで安い訳では無い。そのため弥勒も好きだが、家で食べられるのは数ヶ月に一度といったレベルだ。
それに比べると月音は金銭的にも余裕があるので、頻繁に頼んでいるのだろう。コーラとの組み合わせが良いというのが、最大の理由だろうが。
「……もしかしてツキちゃん先輩。俺を歓迎する事で引き留めようとしてます?」
「な、なんの事かしら……?」
弥勒の指摘に月音はあからさまに動揺する。そんな姿は彼女は普段はなかなか見れないだろう。
弥勒の中では今日の月音の態度に違和感があった。世間話的な話題も含めて、妙に彼に優しいのだ。それはもしかしたら月音なりに弥勒を気遣っているからかもしれない。彼はそう思ったのだ。
弥勒はジッと月音を見つめる。すると彼女は観念した様に大きく溜め息を吐く。
「仕方ないじゃない。貴方を繋ぎ止めろって言われてもどうして良いか分からないもの」
「ツキちゃん先輩……」
やはり弥勒の推測は当たっていた様だ。月音も弥勒を遠くへ行かせないために色々と考えていた様だ。その結果がこの気遣いだったのだ。
最近は比較的まともになったものの、月音はコミュニケーションが苦手なタイプである。そのため弥勒を引き留めるのに何をすれば良いか分からなかったのだろう。
弥勒は彼女のそんな姿を見て少し温かい気持ちになる。普段は自分を振り回してばかりの月音がそんな事をしてくれたのが嬉しかったのだ。
「ありがとうございます」
「何でお礼なんて言うのよ……全然上手くいってないじゃない」
「でも嬉しかったんです」
月音は自分のアプローチが下手くそだった事に落ち込んでいる。聡明であるが故に自分の行動を客観視出来てしまうのだ。
「ま、まぁ……貴方がそう思うのは自由だわ」
「ですね」
「何よ、急に生意気な顔ね。実験するわよ」
「それは勘弁して下さい!」
不器用な月音の姿が見れた弥勒は、普段とのギャップに思わず微笑んでしまう。それが気に食わなかったのだろう。彼女は恐ろしい台詞を言う。
ピンポーン。
空気がほっこりしたタイミングでピザが届けられる。月音は弥勒よりも素早く反応してピザを取りに行く。そして嬉しそうにピザを持って戻ってくる。
「届いたわよ」
「この時点で良い匂いですね」
弥勒は届いたピザを開ける。月音は新しいコーラを冷蔵庫から取り出している。コーラに関する行動は完璧な月音である。
「さぁ食べましょう」
「そうですね。いただきます」
二人はまず定番のスパイシーペパロニピザを食べる。チーズが伸びて香りが鼻の中に広がる。それから二人揃ってコーラを飲む。
「ぷはぁー、美味い!」
「最高ね」
「いやぁ、コーラとピザの組み合わせは間違いないですね」
「食べ物では一番合うかもしれないわね。後はハンバーガーかしら」
二人はあまりの美味しさに夢中で食べていく。そして期間限定メニューの方へと手を向ける。
「お、このグリーンカレーピザもなかなか美味しいですよ」
「チキングラタンピザも悪く無いわね」
どうやら期間限定メニューはどちらも当たりだった様だ。今度はお互いが逆の味を食べて頷く。
「この味はまたリピートしてしまいそうね」
「期間限定メニューですからね。今のうちに食べておかないともう食べられないかもしれないですしね」
「ええ。だから次も貴方と一緒に食べるわ」
「……はい!」
月音の優しい微笑みに弥勒も笑顔で返事をする。それから二人はピザを全て食べ切るのだった。




