第三百二話 姫乃木麗奈
二日連続で告白された弥勒。モテる男はツラいよ、などと戯言を言っている場合では無かった。何故なら今日は麗奈と公園に行く約束をしていた日だからだ。
彼は南大町田アウトレットパークへとやって来ていた。今回は現地での待ち合わせとなっている。約束の十五分前に駅へと到着した弥勒はベンチに座って麗奈を待っていた。
次の電車がやって来て扉が開く。日曜日という事もあり、乗っている乗客はそれなりにいる。ただそれは弥勒が想定していたよりも少なかった。
大町田市は度重なる天使の襲撃により、街の人口が減少していた。引っ越しをする人間が後を絶たないのだ。そのためこちらの利用客も減少傾向にあるという訳だ。
「何、黄昏てんのよ」
いつの間にか近くにやって来た麗奈に呆れた視線を向けられる。どうやら今の電車でやって来た様だった。
「いや人が思ったより少ないなと思って」
「それは仕方ないわよ。この街は今、世界で一番危険な街だもの」
麗奈の言い分は決して大袈裟なものでは無いだろう。世界を滅ぼすだけの力を持った兵器たちがこの街を侵略しに来ているのだ。大町田市は現在、世界一危険な街と言える。
「でも今はそれよりもスコーンよ」
「世界の危機より食い意地の方が上かー」
「世界の危機だから今のうちに美味しいものを食べておくんじゃない」
弥勒の皮肉にニヤリと笑って返す麗奈。その言葉に彼は納得してしまう。
二人は改札を出て、アウトレットパークへと入る。そしてまずはお目当てのスコーン専門店を目指す。
「分かってはいたけど広いわね」
「確かこっちの方だったよな」
生鮮食品などが売っている建物へと入る。そして少し進んでいくと、その奥の方にスコーン専門店があった。何人か並んでいるが、大した人数では無い。弥勒たちも列へと並ぶ。
「よし、お店の看板も撮っておいたわ。あとはスコーンを頼んで良い感じの場所で撮影するだけね」
「手際が良いな」
麗奈は既に何枚か写真を撮り終えていた。そしてすぐに弥勒たちの順番がやって来る。
「オレンジクリームチーズサンドを一つ」
「俺はチョコチップサンドで」
二人は注文して代金を支払う。今回は別々のお会計で弥勒の奢りでは無かった。手渡されたスコーンを持って二人は撮影に向いた場所が無いか探す。
「あそこはどうかしら?」
麗奈が指差したのは公園へ入るよりも少し手前に置いてあるテーブルだった。場所的には公園も見渡せるので写真映えしやすいだろう。
「良いんじゃないか」
麗奈はそのテーブルに自らの買ったスコーンを置く。そしてパシャパシャと何枚か写真を撮る。それからスコーンを手に持って公園が映る様に自撮りする。
「このくらいで良いかしらね」
「どんな感じなんだ? 見せてくれ」
麗奈は満足そうな表情をしている。弥勒はどんな写真が撮れたのか気になったため見せて欲しいとお願いする。すると彼女は撮った写真を見せてくれる。
「はー、上手いもんだなぁ。実物より美味そうに見えるな」
「あとちょっと加工すればアップできるわね」
弥勒は麗奈の写真スキルに感心する。写真は映像と違って一瞬の世界しか切り取らない。撮り方によっては現実を超える時だってある。
旅行雑誌や観光案内サイトに載っている写真の場所に行ったら、実際は大した事なかった。というのは大人なら誰しも経験があるだろう。写真の魅力は最大瞬間風速を切り取れるという事だ。けれど現実はずっとその状態の訳ではない。風が弱い時もあれば強い時もある。
「さ、食べましょ」
「そうだな」
弥勒と麗奈はスコーンを食べ始める。場所探しなどをしていたせいで、少し冷めているものの味は充分だった。口に入れた瞬間にバターの香りが広がる。
「うまっ! スコーンってもっとパサパサしてるかと思ってたわ」
「そういうのもあるけど、ここのは違うみたいね。食べやすくて美味しいわ」
二人は食べさせ合いをする事なく自分の分のスコーンを平らげる。スコーンのサイズが大きくないのと、シェアには向かないため恒例のやり取りが無かったのだ。弥勒としては外で「あ〜ん」をやるのはハードルが高かったので安堵していた。
「美味しかったわね」
「ああ。それでこれからどうする?」
「そうね……まずはここでのんびりしましょう」
麗奈は公園を見つめながらそう答えた。公園内では親子連れやカップルなどが楽しそうにしている。それを二人で眺める。
「たまにはこういうのんびりした時間も悪くないわね」
「そうだな。昔は何とも思わなかったけど、今ならありがたみが分かるな」
「なんかジジ臭い台詞ね。弥勒って中身は何歳なのかしら?」
弥勒の年寄りじみた台詞に麗奈は笑ってしまう。そして彼に前世や異世界での経験も含めたトータルの年齢を確認する。
「そうだなぁ。前世では確か18歳で事故に遭ったんだよな。それで異世界に3年くらいいた訳だから……合計で36歳くらいか?」
「おっさんね」
「うるせー。外側はぴちぴちなんだから良いんだよ」
「ぴちぴちは死語よ」
麗奈におっさん呼ばわりされてへこむ弥勒。前世も含め彼の肉体はずっと若い状態のままである。そのため自分がおっさんと呼ばりされる事にいまいち納得がいっていない様だ。
「でも大人の男はモテるわよ?」
「それに見合うだけの中身があったらの話だろ」
「無いと思ってるの?」
「まだ大人って気持ちにはなれてないかもな」
大人の男といっても、ただ歳を食えば良いという訳では無い。そらに伴った中身が必要である。そういう意味では弥勒は自分が大人の男になれているとは言い難かった。
「ねぇ、弥勒……」
麗奈の呼び掛けに彼は公園へと向けていた視線を彼女へと戻す。そしてその表情を見てこの二日間の事を思い出す。二度ある事は三度ある、である。
「今度、セイバー教の集会をやりたいんだけど来てくれるかしら?」
「は……?」
予想外の台詞に弥勒は固まる。てっきり麗奈からも告白されると思っていたのだ。そんな彼のリアクションを見て麗奈はニヤニヤとしている。
「まさか告白されると思った?」
「いや……別に……」
「ふーん」
弥勒は少し視線を逸らしながら否定の言葉を口にする。しかし麗奈のニヤニヤが止まる事は無い。
しばらく弥勒にとっては気まずい沈黙が続く。そして途中である事に気付く。彼はハッとして麗奈の方を見る。
「もしかして告白を示し合わせてたのか?」
「そんな事はしてないわよ。ただグループチャットであんたをこの世界にしっかりと繋ぎ止めておかないとって話をしただけよ」
弥勒は二日連続の告白と、今日の件に関して魔法少女たちで示し合わせたものと考えた。しかしそこまで具体的な示し合わせはしていない様だった。
「俺を繋ぎ止める……?」
「前世の記憶があって、異世界にも行った事があるんでしょ。この戦いの結末次第でどっかに行ってしまう可能性もあるじゃない」
弥勒はそう言われて初めて気付いた。彼女たちは自分が居なくなる事を恐れている事に。彼としてはそんなつもりは全く無い。むしろこの戦いが終わったら今世こそは普通に暮らしたいと考えていた程だ。
しかし魔法少女たちの視点から見ると、そうは見えないだろう。前世があって、異世界に召喚されて、今は天使と戦っている。このままではまた別の場所に行ってしまうと思っても無理は無い。
麗奈たちはその可能性をなるべく下げたかった。それ故に弥勒をこの世界に繋ぎ止める策をそれぞれ講じていたのだ。
「それともしワタシが告白するとしたら、それは勝利を確信してる時だけよ。悔しいけれど今はまだ時期じゃないもの」
麗奈は弥勒を見ながらニヤリと笑う。彼女にとって告白は最後の一押しである。断られると分かっていて告白するつもりは無かった。
「そういう事だったのか……あ、それと集会については却下で」
「なんでよ⁉︎」
「いや、むしろ何で許可が出ると思ってんだ……?」
セイバー教による集会を却下された麗奈は驚く。結局、その後は麗奈の機嫌を取るために約束のハグを日が暮れるまで行うのだった。




