第三百一話 森下緑子
土曜日の午前中。弥勒はバイト先へと顔を出していた。それはバイトの終了のためである。大町田駅が使えなくなった影響で、客足が減少したため追加人員である弥勒の手を借りずともお店が回るようになって来たのだ。
またこれから季節に秋に移り変わっていき、かき氷の需要も減ってくる。マスターはようやく落ち着いて喫茶店が運営できると喜んでいた。
そのため弥勒はお役目御免という事で、短いバイト生活を終える事となった。今日は最終出勤日という事で午前中のみのシフトであった。
最後に雑にバイトメンバーから見送られて弥勒はサイアミーズを後にする。彼女たちの連絡先も知っているし、今後はお客としてお店に顔を出すつもりであった。また来年の夏などヘルプ要請が来た際にはまた手伝うのも良いと考えていた。
弥勒はサイアミーズからの帰り道を一人歩く。すると前方に見覚えのある人物を発見した。電柱に寄り掛かりながらスマホを弄っている。
「みーこ、どうしたんだ?」
「やほー、来ちゃった」
みーこはスマホを見ていた顔を上げて、弥勒へとウインクする。その台詞はまるで付き合っているかの様だと思いつつも指摘はしない。昨日アオイから告白されたばかりのため、そういった話題は彼としては避けたかった。
「みろくっちと一緒に歩きたくなったし」
みーこはそう言って弥勒の横へと並んでくる。
「にしても、みろくっちってば凄いよね」
「何がだ?」
「そりゃあ前世とか異世界転移とかの話に決まってるじゃん。まるで漫画とかラノベみたいだし」
みーこも弥勒がもしかしたら異世界転移の帰りかもしれないと疑った事はあった。しかしそれが本当に当たっているとは思っていなかった。そのため先日の花町田神社での話は彼女にとって大きな衝撃だった。まさに事実は小説より奇なりといった感じである。
「それ言ったら魔法少女も大概だぞ」
「まぁねー。でもみろくっちが属性積みすぎなのは否定できないっしょ?」
「うぐ……まぁそれはな……」
弥勒からしたら魔法少女もセイバーも大差ない。しかし彼が魔法少女たちに比べて様々な要素を持っているのは事実だろう。
「次の小説はみろくっちの異世界での話を書いてみようかなー」
「お、早速次回作の話ですか、先生?」
「先生言うなし! 何か恥ずいんだけど!」
弥勒がニヤケながら先生と呼ぶとみーこは照れる。まだ小説は出版されていないので、厳密にはまだ先生とは言えない。しかしそれも時間の問題だろう。
「今度出版する小説は続編書かないで一冊で終わらせる予定なのか?」
「ネットでの投稿は続けるつもり。ただ続編が出せるかはぶっちゃけ売上げ次第なとこあるし。次回作の構想を練っておくのも大事かな」
みーこは妄想力が天元突破しているが、それは現実が全く見えていないという事では無い。むしろ現実に関しては若干、シビアな目線を持っている。そのため現在投稿している小説が出版されて売れなかった場合の戦略も考えていた。
「ちゃんと考えてるんだな。でもぶっちゃけ俺の異世界での戦いはつまらないと思うぞ?」
「え? どして?」
「ずっとソロでダンジョンに潜ってたからな。パーティーメンバーが増えたり、みたいなファンタジー小説の王道的な展開が少ない」
弥勒は「異世界ソロ⭐︎セイバー」は小説にするには向いていないと思っていた。大元はソロ専用のアクションゲームである。そのためひたすら敵を倒していくだけのゲームでストーリー性はほとんど無い。小説にした所で単調で退屈なものになってしまうだろう。
「えー、お姫様助けたり、奴隷を買ったりとかは?」
「してない」
「魔法学園に通ったり、魔王軍とかと戦ったりは?」
「してない。ひたすらダンジョンに潜ってただけだ」
「た、確かに……つまらないかも……」
みーこは弥勒から異世界での戦いの実態について聞いてガッカリする。冒険らしい冒険はほとんどしていない。本当にひたすらダンジョンに潜っていただけの様だった。
「うーん、でもみろくっちのセイバーの設定はイカすと思うんだよなー。設定だけ貰ってオリジナルストーリーを作るとか!」
弥勒の能力は様々な能力を持った戦士に変身できる能力だ。その能力自体はユニークなため、小説の設定に活かせるとみーこは考えていた。それに弥勒も賛同する。
「それは構わないけど、どんなストーリーにするんだ?」
「えーと……魔法排斥を謳う筋肉教団とー、全人類スライム化を掲げる魔王軍とセイバーとの三つ巴の戦いとか良さげだし!」
「随分とニッチな敵だな」
「そのくらいバカバカしい方が面白いと思うんだよねー」
みーこからストーリーのアイデアを聞いて弥勒は苦笑いする。彼女ほどの読書マニアでは無いものの、ストーリーが変わり種のタイプというのは聞いていて分かった。
「やっぱり一冊出版するだけで終わりにはなりたく無いんだよねー」
小説の出版状況というのは決して易しくは無い。売れなければ出版社は次の作家を探すだろう。チャンスは少ない。それをどれだけモノに出来るかで彼女の作家人生は決まると言っても過言では無い。
「そうだ。みろくっち〜」
「どした?」
「好きだからアタシと付き合ってよ」
歩きながら何て事ない様にみーこは言う。それに弥勒の足は止まりかける。しかしみーこが歩みを止める事をしなかったため引きずられる形で歩き続ける。
突然の告白に昨日の件を弥勒は思い出す。そして何て答えようか同じ様に迷ってしまう。まさか二日連続で告白されるとは思っていなかったのだ。
「俺は……」
みーこは弥勒の方を見ずに歩いている。きっと彼の顔を見れないのだろう。それは恥ずかしさだけでは無いのかもしれない。これまでの経験から様々な想いが込み上げているのだろう。
「俺はみーこと付き合う事は出来ない。ごめん」
「そう言われると思ったし……」
弥勒の断りの言葉にみーこは少し暗い雰囲気になりながらも答える。彼女も断られるのは予想していたのだろう。ただ落ち込みつつも泣いたりはしていなかった。
「ぶっちゃけさ、運命だと思ったんだよね」
弥勒は口を挟まずにみーこの話を聞く事にする。
「小学生の頃に離れ離れになった男女が高校生になって再会する。しかも二人は普通の人には無い特別な力を持ってる。これだけ聞いたら完璧じゃん?」
離れ離れになったといってもみーこの引っ越しで学区が変わって小学生が別の場所に移っただけだ。同じ市内のため大した距離では無い。ただ当時、小学生だったみーこにとってはとてつも無く遠い距離に感じたのだろう。
「でもさ、現実はそうじゃ無かったんだよね。魔法少女の力はアタシだけのものじゃなくて、麗奈たちも持ってた。アタシは特別なんかじゃ無かった」
みーこは特別な存在である。魔法少女としての力を持っているだけで特別であると言える。しかし彼女が求めていた特別はそれでは無いのだ。弥勒との間に特別な絆が欲しかったのだ。
「もし運命ってものがあるとしたら、それはきっとみろくっちだけが持ってるんだとアタシは思う」
「俺だけが……?」
「そ。みろくっちだけが強い運命を持っていて、周りにいるアタシたちはそれに振り回されてるだけって感じ?」
弥勒は彼女の言葉に考え込む。確かに全ては彼を中心に回っている。彼女の言っている事は強ち間違ってはいないだろう。
「だからいつかアタシもみろくっちの運命まで追いついてみせるし! そのためにはまず最終決戦を乗り越えないとね〜」
みーこは軽い感じで最終決戦への意気込みを言う。彼女は決してその戦いを軽んじてはいないだろう。ただ重くなりすぎない様に明るく努めているのだ。そんな彼女らしい姿に弥勒は微笑む。
「戦いが終われば彼女アピールもしやすいし。そしたらお嫁さんになって〜、子供も出来て〜、老後も安泰!」
「急に話の飛躍が……⁉︎」
「あはは! とにかくアタシは諦めないって事で!」
明るく笑いながら自らの将来について妄想するみーこ。それに弥勒はツッコミを入れる。
「それじゃあ今日はここまで! またね!」
みーこはそれだけ言って走って行ってしまう。弥勒はぼーっとしながらそれを見送るのだった。




