第三十話 運命の再会?
転校した緑子が始めたのはまずテレビを観ることだった。新しいクラスに馴染むために一番手っ取り早いのがテレビの話題だったからだ。幸い恋愛ドラマなどは楽しんで観ることができた。本と違って自分のペースでは観れないがそれはそれで面白かった。
次に手を出したのはファッション雑誌だった。女の子同士の会話には必須のアイテムだ。今までファッションに興味はなかった緑子だったが、いざオシャレをしてみるとまるで物語のヒロインになったみたいで楽しかった。
それらの新生活の根底にあったのはやはり夜島弥勒という存在だった。彼にもう一度会った時に幻滅されるような自分でいたくないという想いからだ。
それに友達が増えれば、間接的に弥勒の情報が手に入る可能性があったからというのも大きい。実際にクラスメイトが通っていた塾には前の学校の生徒もいたりした。
中学生になった緑子は友達も増え、順調な学園生活を送っていた。弥勒に会いたくなった時は、彼の通っている学校にこっそり見に行ったりすることで心を満たした。ちなみに家までは行っていない。家までついていってしまったらそれはストーカーだ。学校の陰から見守るのは健気な少女だからセーフなのだ。彼女の中では。
そこまでしてるのに弥勒に直接会わなかったのは、どこかで運命的な再会をしたいというヒロイン願望があったからだろう。引っ越して転校した女の子が、すぐに会いに来ましたでは物語性がない。
ある意味そのせいでこじらせたといっても過言ではない。緑子は弥勒ともっと仲良くなっておけばという後悔が残っており、再会した時には積極的にアプローチしたいと考えていた。その結果がギャルだった。ギャルならば男を手玉に取って骨抜きにできるのだ。
そして中学も卒業した。弥勒を見守る包囲網もおよそ完成しており、SNSを経由して様々な情報が緑子の元に入るようになっていた。進学先の高校は同じ大町田高校ということで緑子は歓喜した。
しかしその喜びも束の間、とんでもない情報が緑子の元に入ってきた。それは弥勒が毎朝、女の子とランニングをしているという衝撃の情報だった。たまらず緑子はその公園に直接確認しに行った。
「な、なんてこと……」
その後の調査の結果、一緒にいた女の子は巴アオイという弥勒とは別の中学の出身で自分たちと同じ大町田高校に進学予定ということが分かった。そして弥勒とは付き合っているわけではないという事も。
「ここに来て強敵出現とか勘弁してよ」
けれど疑問だったのは弥勒の行動だ。まずいきなりランニングを始めた理由が不明だ。普通に考えれば体力をつけるため、ダイエットのためといった理由が多いだろう。ダイエットが必要なほど弥勒は太っていないし、運動部に所属していなかった弥勒が急に体力をつけようとするのも不自然だ。高校からスポーツを始めようとしている可能性もあったが、緑子的にはしっくりこなかった。
次に女の子と仲良くランニングしているのも弥勒らしくない。学校内での交流はしっかりしている弥勒だったが、放課後などは一人で過ごしていることが多いのだ。ここに来て急に女の子と毎日一緒にいるというのが不自然だ。
「なんか臭うんだよね~」
通常の行動パターンから外れた動きをする弥勒に嫌な予感がする緑子。どちらにせよ再会の時は近いだろうと考える。
そして春休みはあっという間に終わり、高校生活が始まった。入学初日に声を掛けようとしたが、巴アオイと一緒にいたため不可能だった。そこからきっかけを掴めずにあっという間に一週間が経ってしまった。
その日はお気に入りの小説の新刊の発売日だったため、授業が終わりまっすぐに本屋へと向かった。そこで本を買ったあとに質の悪い男たちに絡まれた。大概のナンパは無言でいれば去っていくのだが今回は違った。しつこい男たちに緑子は困ってしまった。
その時だった。弥勒が仲裁に入ってきたのは。彼はこちらに気付いて迷わずに仲裁にやってきた。
「悪い、待たせた」
軽い感じで声を掛けてきたのは友人同士の雰囲気を出すためだろう。彼女はそのまま弥勒の作戦に乗ることにした。
「来んの遅いし! アタシもうお腹ペコペコなんだけど」
すると男たちが騒ぎ出す。
「俺らが話してたのに割り込んで来てんじゃねーよ」
「話してたってあんたらが一方的に喋ってただけじゃん」
弥勒のその言葉に緑子は思わず笑ってしまった。それにより男たちは更に怒りをヒートアップさせた。
「女の前だからって調子乗ってんじゃねーぞ!」
今時ナンセンスな台詞を吐きながら男の一人が殴り掛かってくる。「危ない!」と思わず緑子は叫びそうになったが弥勒はそれをいとも簡単にさばいて相手の胸倉を掴んだ。
「俺の連れに何か用か」
「(か、かっこいい……)」
その台詞ですごすごと去っていった男たち。緑子はそれどころでなく再会した弥勒のカッコよさを脳内に刻み込んでいた。ただいくつかの疑問が緑子の中で生まれた。
まずノータイムでナンパの仲裁に来たこと。今までの弥勒だったらまずは様子見をして危険そうなら仲裁に入るか、問題なさそうと感じたらそのままスルーしていた可能性もある。
次に男の攻撃をさばいた技術だ。弥勒は今まで格闘技などをやったことは無かったはずだ。だがあの動きは明らかに慣れている人間の動きだった。
そこで緑子は自分の正体を伏せつつ、直接弥勒の観察を近くで行うことにした。彼に「みろくっち」というあだ名をつけて。それでも本当は自分に気付いてほしくて「みーこ」などと名乗ったが。
弥勒の変化の理由を探るのは重要任務だったが、再び弥勒と会えたことはとても嬉しかった。特にナンパから助けてもらって再会など、まさに物語そのものだ。緑子はその日舞い上がりすぎて夕方にラーメンを食べたのに、さらに家では唐揚げを食べてしまった。
しかしまだ森下緑子の物語は始まっていなかったのだ。それは弥勒との再会から数日後のことだった。いつも通り本屋で新しい作品発掘をした帰りのこと。
「へい、彼女! あっしと契約して魔法少女にならないかい? でやんす」
そこにいたのは不思議な生物だった。イタチのぬいぐるみらしき生物が喋っている。しかも宙に浮いて手には駄菓子を持っている。
「……は?」
一瞬、目がおかしくなったかと思い瞬きを何度かするがイタチは消えなかった。
「今、魔法少女になると仲間もついてくるでやんす! あと謎の騎士も」
訳の分からない勧誘だったが、とりあえず詳しい話を聞いてみたところ世界の危機とやらが迫っているらしい。さすがに即決できなかった緑子は天使が現れた時にこっそりヒコと合流して二人の魔法少女の戦闘を見せてもらった。
「あれが天使……」
まるで物語のようだった。それどころか物語以上の出来事だった。そして緑子は魔法少女二人が変身を解除する姿を見てしまう。
「巴さん……⁉」
「アオイを知ってるでやんすか? ちなみに赤いほうがレーナでやんす」
個人情報という概念がない妖精はあっさりと彼女たちの素性を明かしてしまう。最もそれは緑子がアオイの知り合いだと思ったからだが。
「こっちが一方的に知ってるだけだけどね」
そう答えながら緑子はある可能性を考えていた。
「そういえば謎の騎士っていう人は?」
「セイバーは今日は来なかったでやんすね。正体はあっしも知らないけど強いでやんす! たまに一緒に戦ってくれるでやんす」
夜島弥勒が急に仲良くなった少女は魔法少女だった。夜島弥勒は最近ランニングを始めて体力をつけはじめた。夜島弥勒は習ってないのに格闘技術を持っている。魔法少女と共闘する騎士の正体は不明である。
「(まさか……)」
そこで彼女は謎の騎士というのが夜島弥勒ではないかと考える。現時点では仮説でしかないが、その可能性は高いだろうと考える。もしそうなら自分も魔法少女になれば彼が変化した真相に近づけるかもしれない。
「魔法少女にアタシもなるわ」
それが森下緑子の出した答えだった。ここから彼女の物語は始まった。




