第二百九十六話 真実への欠片
弥勒はスマホを見ながらベッドで寝転がっていた。時刻は23時を過ぎている。エリスの家から帰って来た彼は家でのんびりと過ごした。そのため体力が有り余っており、寝れそうに無かった。
夕方には自習を終わらせて、風呂にも入った。テレビも気になる番組がやっている訳では無いので、付けていない。結果としてスマホでだらだらとネットサーフィンをしている。
ネットサーフィンをしながらも考えるのは天使たちの事だ。ついそちらへと思考が流れてしまうのは仕方のない事だろう。
「ついに大天使を全部倒したのか……早いな……」
高校生になった四月から巻き込まれた天使騒動は原作とは大きく異なる方向へと進んでいった。天使たちとの戦いでは原作通りに行かず、弥勒は何度も驚かされた。
原作における共通ルートのボスとして出てくるのが鳥型の大天使だ。これを倒してから個別ルートへと入り、夏休みにヒロインと様々なイベントをこなしていく。そして二学期に入り二体目の大天使と戦う事になる。それが個別ルートのボスといっても良いだろう。
姫乃木麗奈ルートではサメ型の天使が愛花を殺すか殺さないかでルートが別れる。愛花が死亡した場合は麗奈が暴走状態となってしまう。そこから人型の大天使の襲撃が発生し、麗奈を庇って主人公が死ぬ。結果として人型の大天使は倒されるものの、大切な人たちを失った麗奈は眠る事を選択する。彼女が眠りについた事により巨大な荊の結界が出現し天使の侵入を拒む世界が出来上がる。「永遠のロザリオend」と呼ばれている。
一方で愛花が生存していた場合は人型の大天使との戦いで勝利するが逃げられてしまう。その後、大天使たちは降臨を避けてちまちまと天使を派遣して戦いが続くという「明日への戦いend」となる。
巴アオイのルートでは分岐に蟲型の天使が関わって来る。寄生虫タイプの天使に寄生される主人公。その生死によってルートが切り替わる。
アオイの独占欲が強かった場合は主人公が死ぬ事になる。主人公を治療するためのエネルギーがアオイ一人分では足りずに死亡するのだ。それにより怒り狂ったアオイは生命力を力に変える禁忌を犯す。それにより全ての天使たちを殲滅していく「天使殴殺end」を迎える。
一方で独占欲が高くなかった場合、魔法少女たちの力により主人公は助かる。ただし後遺症により車椅子生活になってしまう。また主人公の身体から天使に対抗するための抗体が取れる様になる。そこから対天使用の武器が開発されていく事になる。こちらが「天使のいる世界でend」である。
森下緑子のルートでは分岐に霊型の大天使が関わってくる。こちらは霊型の大天使による夢の世界から脱出する際に主人公と緑子のどちらが犠牲になるかでルートが変わる。
主人公が犠牲になった場合は、緑子は主人公の遺体を使い夢の世界へと繋がりを持つ銃を作り出す。それを使い全ての天使たちを倒していく「狙撃の女神end」となる。
緑子が犠牲になった場合は魔法少女が減った事により戦況が天使優勢へと傾く。残った魔法少女たちは健闘するものの、結果として緩やかに衰退して人類は滅びる事になる。これが「穏やかな破滅end」である。
神楽月音のルートでは主人公が監禁される。その際の主人公の受け答えによりルートが別れる。
主人公が解放されない場合は彼女の独占欲が加速して結局は殺されてしまう。その後、無型の大天使を魔法少女たちで倒す途中で彼女は反旗を翻す。大天使を自らの制御下に置いて魔法少女たちを虐殺する。そして人類を支配するという「天使の支配者end」を迎える。
一方、主人公は解放される場合は無型の大天使を魔法少女たちで倒す事になる。その後、天使たちを倒すための装置を月音が開発していく事になる。主人公はそんな彼女を公私共にサポートをしていく。それがやがて天使たちをスマホで撃退するという「近未来end」というルートである。
そして最後にエリス・ルーホンのルートである。彼女の場合は主人公との交際を親に認めてもらえるかどうかが分岐に関わってくる。
認めてもらえなかった場合は二人で駆け落ちする事になる。しかし学生二人の駆け落ちが上手くいくはずもない。ましてやエリスは生粋のお嬢様である。疲労した隙をつかれ、獣型の大天使に襲撃され主人公は命を落とす。それに絶望した彼女が自らの命を生贄に召喚能力を暴走させる。それにより召喚された妖怪たちが天使を殲滅するという「百鬼夜行end」となる。
一方で両親に認めてもらえた場合は獣型の大天使による奇襲に対処できる様になる。そこから召喚獣の悪魔化という力を手に入れて、主人公や他の魔法少女と共に天使と戦っていく。これが「天使と悪魔end」である。
「とりあえず俺の死亡ルートは全部乗り越えたって考えて良いのか……?」
弥勒は全ルートを思い出して、主人公の安否を確認する。そこから考えると彼は全ての死亡ルートを乗り越えたと言っても良いだろう。
「でも天使との戦いは続きそうだよな。主人公が生きてるルートは戦いが続いてるし。面倒だな……」
弥勒はこれからの戦いについて考えて憂鬱になる。早く天使との戦いを終わらせて平和な生活に戻りたかった。
「…………ん?」
しかし彼はそこで違和感を覚えた。
「俺、今何て言った……?」
弥勒は自分が先ほど言った台詞を思い出す。何か重要な真実を見落としている気がしたのだ。
「主人公が生きてるルートは戦いが続いている……」
そして違和感を覚えた台詞を見つける。その言葉を何度も呟いて何がおかしいのか確認する。
「いや……もしかして……《《主人公が死なないと戦いが終わらない》》……?」
思考が急速にクリアになる。弥勒はベッドから飛び起きる。彼には確信があった。自分が何か重大な真実に近付いているという確認が。
「何故だ……? だとしたら何故、主人公は死ななければならなかった……?」
弥勒は必死に考える。「やみやみマジカル★ガールズ」の原作を覚えている限り思い返す。ただこれは彼が夜島弥勒に生まれ変わる前にプレイしていたゲームである。各ルートについては覚えていても細かい伏線などまでは覚えていなかった。
「くっそ……全然分からん! どうして主人公は死ななきゃいけなかったんだ……? 俺みたいにセイバーに変身できる訳でも無い。普通の少年だ……」
「やみやみマジカル★ガールズ」の主人公は特殊な能力などは持っていない。あくまでも魔法少女たちをサポートするだけの存在である。
「セイバー……? いや……まさか……そういう事か……!」
弥勒は一つの仮説を立てる事に成功した。それを確かめるために窓を開けて部屋を飛び出す。そして深夜の街へと繰り出す。
セイバーへと変身してある場所へと向かう。そこに行けば真実を掴めそうな気がしたのだ。弥勒はいつもの屋根のルートを使って目的地まで急ぐ。
「確かこの辺りだったよな……」
大町田駅周辺までやって来た弥勒はキョロキョロと周りを見渡す。駅の周りが更地になっているせいで、場所が分かりづらいのだ。また夜のため暗いというのもある。
しばらく進んでいくと無事に目的地へも辿り着く。そこは花町田神社であった。原作では主人公と魔法少女が出会った場所だ。こちらでは麗奈と共にカマキリと犬の天使と戦った場所でもある。
弥勒は境内へと入っていく。するとこんな時間だと言うのに神社の中には明かりが灯っていた。そして弥勒は誘われる様に本殿の中へと入っていく。
中へと入ると夜の纏わりつく暑さが嘘のように消えた。室内だと言うのに澄んだ空気を感じられる。
そして彼の目の前には御簾があった。歴史ドラマなどによく出て来る偉い人と面会人とを遮る簾の事である。その奥に人の気配を感じた。
『ようこそ、おいで下さいました。夜島弥勒様』
御簾越しに聞こえて来るのは想像よりも若い女性の声であった。もしかしたら自分たちと同年代、あるいは年下かもしれない。その声に敵意は感じられなかった。それに弥勒は警戒を少し緩める。
『それともこうお呼びするべきでしょうか。熾天使様、と』




