第二十八話 夜島弥勒は善人である
みーこと名乗って弥勒に絡んできていた少女は原作ヒロインの一人である森下緑子だった。彼女はすでにメリースプルースへと変身しており、なぜか弥勒を襲撃してきた。
それを問いただす過程で、彼女が小学生時代の友人である三宅だったということも判明した。下の名前は今日知ったようだが。
「それで俺が誰かってどういう意味なんだよ」
先ほどまでの緩んだ空気を引き締めるように強めに問う弥勒。それにみーこは肩をすくめる。
「アタシはね、弥勒君のことならたくさん知ってる。小学生時代のことも中学生時代のことも。引っ越したって言っても隣の学区に移っただけだし、弥勒君の噂を集めるのはそんなに大変じゃなかったから」
「……は? 何を言って……」
思わぬストーカー発言に固まる弥勒。
「だからさ、すぐ分かった。中学を卒業してから弥勒君が急に大きく変わったのが」
その言葉に再び固まる。中学を卒業して弥勒は異世界に召喚された。そこで救世主として数年間、ひたすらダンジョンを攻略していたのだ。そして異世界での数年は元の世界では一日も経っていないような短い時間だった。
異世界に行く前の平和な世界を生きていた自分と、異世界に行った後の生死をかけた戦いをしていた自分。それは一人の人間が大きく変わってしまうには充分な理由だろう。
「何が起きたのか分かんなかったけど、何かが起きたのは分かった」
みーこは弥勒の変化を感じ取ったのだ。両親ですら気付けなかった弥勒の変化を。
「弥勒君は朝の運動なんてする人間じゃない。弥勒君は女の子と仲良く登校なんてする人間じゃない。弥勒君はナンパされてる女の子を迷わず助ける人間なんかじゃない」
「いや、それはお前の偏見が混じってるだろ!」
みーこの発言に抗議する弥勒。しかしみーこは静かに首を振る。
「弥勒君は自分にとって必要のないことはしない人間だったよ。小学生の時、アタシを孤独から救ってくれたのも自分のためだったし」
「それは……」
みーこからの指摘に弥勒は言葉に詰まる。確かに弥勒がみーこを助けたのは自分の話し相手を確保するためであって、彼女を助けたかったからではない。
「ナンパから助けて貰った時に、チャンスだと思った。これで弥勒君にもう一度近付けるって。でももしかしたら君はアタシの知る弥勒君じゃないかもしれない。だから『みろくっち』って呼ぶことにしたのサ」
みーこの独白は続く。
「一緒にいて分かったのは弥勒君の根本は変わって無かったってこと。『みろくっち』はアタシの知る弥勒君の延長線上にいるってこと」
「そりゃそうだろ。俺は俺だ」
みーこの出した結論に頷く弥勒。確かに異世界に行って変わったかもしれないが、それは弥勒が様々な経験をしたからだ。
「違うよ。延長線上にいるけど、それは歪まされた弥勒君なんだよ」
「は?」
「そしてアタシはその原因を突き止めた。数日前にヒコと契約して魔法少女になったことによって」
みーこの言った「歪まされた」という言葉に眉を顰める弥勒。
「魔法少女になって戦った後は、どうしても弥勒君に会いたくなった。一人じゃ不安で弥勒君に会いたくなった。ヒコに確認したらそれは闇の魔力を使った副作用だって言ってた」
『やみやみマジカル★ガールズ』のヒロインたちは魔法少女として戦うのに闇属性の力を使う。しかしそれは彼女たちの精神を闇に近づけてしまうという副作用があった。
それをケアする事こそが『やみやみマジカル★ガールズ』の主人公の使命である。弥勒が一番悩んでいる原因ともいえるが。
「だったら弥勒君は? 光属性を使う弥勒君に副作用はないの?」
「……は?」
みーこの発言に思考が停止する弥勒。何故みーこが弥勒がセイバーになっているのを知っているのか。そんな事がどうでもいいと感じるくらいの衝撃発言。
「アタシたち魔法少女が闇属性の力で病んでいくなら、光属性の力を使う弥勒君は善人に近付いていってしまうんじゃないか。それがアタシの出した結論」
「それは……」
弥勒は改めてこちらの世界に戻ってきてからの自分の行動を思い出す。
天使たちと初めて遭遇した時に、一人戦おうとするメリーガーネットを迷わず助ける事を選択した。助ける力があるのに何もしないのは義に欠けるだろうと考えて。
その後も原作にどう介入するかは迷いはしたが、世界を助けないという選択肢は弥勒の中に存在していなかった。
みーこが現れた時も彼女のことを不思議に思ったが、必要以上に詮索はしなかった。昨日のフルーツサンドのお店での一件でも彼女が何か企んでるのは分かっていたのに、彼女を本気で疑うことはしなかった。
もし本気で彼女を疑っていれば、みーこという名前から緑子という名を連想する事も出来たかもしれない。だからこそ彼女の指摘が真実味を帯びてくる。
夜島弥勒という人間は前世ではボランティアなどした事もなく、この世界に生まれ直してからもそうだ。誰かを傷付けるような悪人では無かったが、取り立てて善人という訳でもなかった。
それが今では世界を救うために学生生活を犠牲にしてでも戦おうとしている。そのことを歪みと言わずとして何と言うのだろう。
夜島弥勒は与えられた光属性の魔力を使う事によって副作用として善人、あるいは聖人というものに近付いていってしまっているのだ。
それこそが弥勒が得た加護と異世界での経験による自信、あるいは過信というものに覆い隠されていた真実だった。
「俺は……」
「ねぇ、もう一度聞くよ。君は誰?」
「俺は……例えこの力で歪んでしまったとしても俺は俺だ」
その答えにみーこは笑う。
「うん、知ってる。だってちょっと揺さぶれば昔の弥勒君がすぐに出てきたから」
昨日のフルーツサンドのお店で弥勒を非難するかの様な態度を取ったのも、今日ここで襲撃してきたのも今の弥勒の中にいる本当の弥勒を見つけるためだったのだろう。
「そのために俺を攻撃したのか」
「それだけじゃないけどね。このまま弥勒君が歪んでいくのを見過ごすのも嫌だったから、ついでにセイバーの力を壊せたらな〜って」
わざとらしくてへぺろって表情をするみーこ。それに引き攣った顔をする弥勒。
「そんな顔しなくてもいーじゃん。全部みろくっちのためだしぃ?」
「まぁ確かにおかげで色々気付けたけどさ……」
どこか釈然としない顔の弥勒。みーこのおかげで加護が自身を歪めている事がわかった。副作用があるのを分かっているのと、分かっていないのとでは大きな違いがある。だからみーこに感謝する気持ちは弥勒にもある。
しかしその合間に大量のストーカー及びヤンデレ発言があったため弥勒としては複雑だ。しかもセイバーとしての正体がバレているというのもある。
「てか呼び方は結局、『みろくっち』なのか」
「今さら呼び方が巴さんと被るのも癪だしね〜」
もう色々と疲れた弥勒はどうでも良い事を指摘する。みーこも言いたい事を言ったからかすっきりした表情をしている。
「終わったでやんすか〜?」
二人の会話が止まったタイミングでどこに隠れていたのかヒコがフワフワとやってくる。
「お前、こっちにいたのか……」
現れたヒコに苦笑する弥勒。確かに先ほどの無型の天使たちとの戦いでは麗奈とアオイの近くにはいなかった。それでもまさかみーこと一緒にいるとは思っていなかった弥勒。
「セイバーの正体はミロクだったでやんすね! よろしくでやんす!」
ヒコは明るく挨拶してくる。それに毒気を抜かれる弥勒。
「いやお前はそれで良いのか? 俺は天使たちと同じ光の力を使ってるんだぞ?」
「力は所詮、力でやんす。セイバーは天使たちを倒してるので味方でやんす」
弥勒からの指摘にあっさりとそう告げるヒコ。人間と妖精では考え方の基準が違うのかもしれない。ヒコにとって協力してくれるなら味方という単純な方程式が成り立っているらしい。
「これからはミロクって呼んだ方が良いでやんすか?」
「いやこの姿の時はセイバーって呼んでくれ。姫乃木とアオイにも俺のことは秘密にしておいて欲しい。頼む」
弥勒はヒコに協力を頼む。今の時点で二人に正体をバラすつもりはない。残念ながらみーこにはバレてしまったが。
「どうしてでやんす?」
「あくまで魔法少女は魔法少女として自立していて欲しいからだ。俺ももちろん戦うが、この先の戦いで重要になるのは恐らく彼女たちだ。だからこそ身近にセイバーになれる俺がいるせいで頼り切りになってしまうという状況を避けたい」
これからの戦いで天使たちも強くなってくる。これに対抗するには魔法少女たちの成長が必要不可欠だ。
もし身近にいる弥勒がセイバーだと分かってしまえば、それに頼り切りになってしまうかもしれない。それを弥勒は避けたい。
あくまでセイバーは外部の協力者で、天使との騒動は自分たちで解決するしかないという認識を彼女たちに持ってもらいたいのだ。
「よく分からないけど、分かったでやんす!」
「アタシもおけ! その方がみろくっちを独占できそーだし」
ヒコは弥勒の言っている事がいまいち理解出来ていないようだが、秘密にはしてくれるようだ。みーこの方も不穏な発言があったが、問題はないだろう。
「ありがとう。ならそういう事で、今日は解散!」
今日はアオイとのケンカから始まり、無型の天使、霊型の天使など色々ありすぎた。そのせいで精神的に疲れていた弥勒は強引にその場を解散させるのであった。




