第二百七十四話 麗奈、絶望する!
「セイバー様……」
麗奈は自宅に戻ってきてからひたすら神棚に祈りを捧げていた。神棚といっても自室の本棚の上に作った簡素なものだ。本格的なものではない。
「な、なぜ……ワタシからお離れにぃ……!」
そして何故、彼女がひたすら祈っているのか。それは今日の席替えで大ハズレの席を引いてしまったからだ。彼女としては当然、今回も弥勒の隣を狙っていた。しかし結果は全く別な場所の上に、教卓の目の前の席という大ハズレだった。その位置では授業中に弥勒を見る事も出来ない。
「でも逆に言えば、ずっと弥勒に見られている……?」
弥勒の授業態度は割りと真面目である。そのため授業中は常に黒板の方を向いている。それは教卓の前に座っている麗奈が常に彼の視界に入っているという事を意味する。それに気付いた彼女は崩れかけた精神を僅かに立て直す。
「それは嬉しいけど……やっぱり物足りない……! 何とかして弥勒に近付く口実を考えないと……」
弥勒に見られている、というのも彼女としては嬉しい事である。しかしそれだけでは物足りなかった。今まで隣の席という特等席にいただけに尚更だ。
そこで麗奈は弥勒にどうやって近付くべきか考えていく。しかしすぐに恐ろしい真実に気付いてしまった。
「もしかして今さらワタシの入る隙間って無い……?」
弥勒は朝のランニングから登校までアオイと一緒に行動している。そしてどうやらこれからお昼はみーこと一緒に食べる様であった。そして放課後は企画開発室で月音と過ごしている。また土曜日はバイトに入っている。
それ以外の空き時間に弥勒は魔法少女、魔装少女のメンバーと遊んだりしている。一学期は木曜日の放課後が動画配信をするため、麗奈の部屋へと集まっていた。しかしそれも彼女が実家に戻った事で無くなってしまっている。今ではリモートの打ち合わせだけだ。
つまり彼女がこれから弥勒と一緒にいる時間を増やそうとしたならば、その空き時間を上手く活用するしかない。一回遊びに誘うとかなら問題無いだろうが、定期的に会おうとしたらそれなりの口実は必要になる。
「セイバーさまぁ……!」
活路が見出せない麗奈は途方に暮れる。するとそのタイミングで部屋の扉がノックされる。
「お姉ちゃん、ご飯だよー」
どうやら愛花がご飯が出来上がったのを知らせに来た様だった。しかしその声は麗奈には届いていない。必死にセイバーを祀る神棚に祈っているからだ。
「お姉ちゃーん、いるんでしょー? 入るよー」
何回かノックをしても返事が無いため、痺れを切らした愛花が部屋へと入って来る。そして神棚に向かって祈っている姉を発見する。カーテンを閉め切って電気も付けずに祈っている麗奈に彼女は首を傾げる。
「どしたの? そんなに真剣に祈って」
「席替えのせいで弥勒の隣じゃ無くなったのよ!」
「ああ、なるほど。それは確かに祈りたくなるかも」
姉から事情の説明を受けて愛花が納得する。彼女も彼女で大分、セイバー教に毒されてきている様だ。普通、姉が真っ暗な部屋でひたすらお祈りをしていたらドン引きものだろう。下手したら家族の縁を切るレベルである。しかし愛花は麗奈の話を聞いて「もし自分もそうなったら祈っちゃうかも」なんて考えていた。
「どうすれば弥勒を取り戻せるのかしら?」
「う〜ん……弥勒先輩の席の近くの人と交渉して場所を替わってもらうとか?」
「それはもう断られたわ」
実は麗奈は昼休みにさりげなく座席交換の打診をしていた。相手は弥勒の隣の席である鹿島と相坂の二人である。しかし麗奈の席が教卓の前という不人気な場所だけあって交渉は失敗に終わった。
「打つ手無しだね!」
「諦めるのが早いわよ! もう少し考えなさい! 姉命令よ!」
「うわぁ……お姉ちゃんが必死だ……」
普段は持ち出さない「姉命令」を使って愛花にも打開策を考えさせる。そこまで必死になっている姉を見て、愛花はようやく少し引いた表情を見せた。
「逆に弥勒先輩の場所を動かすとかは?」
「どうやってよ?」
「うーん、弥勒先輩の視力が悪いから前の席にした方が良いって先生と交渉するとか……?」
「バカね。あいつの視力は200.0くらいあるわ。流石に誤魔化せないわよ」
「いやそんなには無いでしょ……」
愛花の作戦を聞いた麗奈はダメ出しをする。弥勒は素の身体能力がかなり強化されている。それは視力も同様だった。そのため視力を言い訳に前の席に移すのは難しいだろう。ただ流石に視力が200.0もあるというのは麗奈の妄想である。
「次の作戦を考えるわよ!」
「えー、お腹空いたよ……」
愛花は文句を言いながらも姉の言う事に渋々従う。二人は頭を悩ませて解決策を模索する。しかしそう簡単に思い浮かぶものでは無い。
「席関連は悔しいけど諦めるしか無いわね……三学期に期待よ!」
「それが無難だね……だとしたら弥勒先輩との時間をどう定期的に作るか、だね」
席交換は諦める事にした麗奈。二学期に大ハズレを引いたので、三学期に期待である。これでまた弥勒から離れた位置を引こうものなら、彼女は大暴れするかもしれない。
「私の家庭教師を頼むとかでも変だよね……?」
「まー、ワタシの方が弥勒よりも成績は良いからね……」
弥勒を家に呼ぶ口実として愛花の家庭教師をしてもらうという事を考えた。しかし姉である麗奈の方が弥勒よりも成績が良いので、不自然なお願いとなってしまうだろう。
「なら逆に弥勒先輩にお姉ちゃんが勉強を教えるとかは?」
「うーん……弥勒も成績優秀者だから教えるって程、実力が離れてる訳でも無いのよね」
弥勒も中間考査は異世界帰りの影響で落としていたが、期末はしっかりと取り返していた。麗奈には及ばないものの、学年の上位には食い込んでいる。つまり教えられる程のアドバンテージが無いのだ。もし彼女が月音並みの天才だったならば色々とやりようはあったのかもしれないが。
「私の戦闘訓練とかも微妙な気がするし……」
「そうね。魔装少女はどちらかというと逃走用の訓練をした方が良いと思うし」
愛花たちが変身する魔装少女には戦闘用のギミックというものが少ない。そのため天使が出現したら戦闘よりも逃走を選んだ方が良いのである。もちろん民間人を救出するために、ある程度の足止めなどはする必要が出てきてしまうだろうが。
「セイバー教関連も弥勒はガードが固いのよね。教祖だっていうのに何でかしら?」
「弥勒先輩は謙虚だからね。祀られたり、崇められたりするのは少し恥ずかしいんじゃない?」
「それもそうね。だとしたらやっぱり別の口実が必要ね」
二人は弥勒がシャイだから教祖として中々活動してくれないのだと結論付ける。弥勒が聞いたら間違いなくツッコミを入れる会話だろう。果たして彼女たちが真実に気付く日は来るのだろうか。
「あ! お姉ちゃんのSNSの手伝いとかは?」
「ワタシのSNS?」
「読者モデルの仕事をもっと強化していくためにSNSに力を入れたいって事にするの。それで弥勒先輩と色々な映えスポットを巡ったり、SNSについて研究するとか!」
「それよ!」
愛花の出した案に即座に食い付く麗奈。彼女は読者モデルをやっている関係上、SNSも運用している。ただガッツリやり込んでいる訳ではない。雑誌の発売日のお知らせや、たまに私服やご飯の画像を載せたりする程度である。
それを読者モデルのバイトのために強化していくという体にする。そうすれば弥勒と一緒に活動してもおかしくはない。ただし男性と一緒に活動しているというのがバレると炎上する可能性もある。その辺りは要注意である。
「そしたらたまに私も参加出来るし!」
「それは妹特権という事で許すわ」
「やった!」
先ほど「姉命令」という形で愛花にお願いをした。その代わりに「妹特権」としてご褒美をあげているのだ。
「そうと決まれば、弥勒に連絡しなくちゃね。明日からは朝とかも話し辛いし……………………はぁ…………」
「それより先にご飯食べよう。そしたら元気出るよ」
「それもそうね。お腹空いたわ」
麗奈は席が離れてしまい、朝の弥勒と話す時間が減ってしまった事を思い出して再び落ち込む。しかしそこは愛花がすかさずフォローに入る。そして二人は晩御飯を食べにリビングへと向かうのだった。




