第二百六十一話 何体
「えへへ〜」
弥勒が視線を向けると愛花は嬉しそうにしている。そしてパンケーキを一口台に切っていく。鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気である。
「はい、先輩。あ〜ん」
「あーん」
そして切ったパンケーキを弥勒の口へと運んで来る。ここまで来たらやるしかないので、弥勒も素直に口を開ける。そしてポイっと口の中にパンケーキを放り込まれる。それを弥勒は味わう。
「先輩。私のパンケーキ美味しいですか? 私のパンケーキ」
「ああ、美味しいよ。桃も甘くて美味しいし」
何故か「私のパンケーキ」という言葉を繰り返す愛花。それに弥勒が頷く。すると愛花がにんまりと笑う。
「ピーチが美味しいんですね?」
「ん? ああ、そうだな」
「ふへへ〜」
桃ではなくわざわざピーチと言い換えた愛花。それに首を傾げるも間違ってはいないので弥勒も頷く。
「くっ……ワタシの方には何故、ガーネットが無いのかしら……」
隣にいる麗奈は自らの皿を見て少し恨めしそうな表情をしている。愛花が弥勒に「ピーチが美味しい」と言われ、それにメリーピーチである自分を重ねている事に麗奈は気づいた。自分も言われてみたいと思ったものの、ガーネットという食べ物は存在しないので凹んでいるのだ。
意味が分かっていない弥勒は急に落ち込み始めた麗奈に視線を向ける。そして首を傾げる。
「?」
「お姉ちゃん、たまにああなるんです。気にしないで大丈夫ですよ」
愛花がフォローというかべきか微妙な台詞を言う。それに弥勒は頷いた方が良いか悩む。しかし麗奈が変なのはわりといつもの光景の様な気がしたので納得する。
「それよりも先輩、もっと私のパンケーキ食べますか?」
「いや、大丈夫だよ」
「今なら特別に姉妹セットで『あ〜ん』のサービスありますよ?」
「余計いらんわ!」
愛花からの提案にツッコミを入れる弥勒。周りからの視線が先ほどのやり取りで更に強くなった様な気がした彼は強めに否定する。それに愛花は残念そうな表情を浮かべる。
「えー、残念です……でも男の人に食べさせてあげたのって初めてで、ちょっと楽しかったです!」
「確かに女子校だとそういう機会は少ないかもな」
「ワタシも弥勒が初めてよ」
「そ、そうか……」
姉妹の初めてアピールに何となく気まずくなる弥勒。少し紛らわしい言い方のため彼としてはリアクションに困る。
「そういえばうちの高校で文化祭ってやると思うか?」
弥勒はとりあえず話題を変える。先ほどから姉妹のペースに乗せられている様な気がしたためだ。会話の主導権を取り戻せば気まずくなる事も無いと考えたのだろう。
「どうかしらね。正直、大町田駅が使える様にならないと人も集まらないでしょうし……」
「そうですね……でもやっぱり学生側としては開催して欲しいですよねぇ」
麗奈の言う通り、大町田駅が使えない状況だと一般開放するのは難しいだろう。生徒たちは周辺の駅からバスで通学できる。それは市からの支援である。文化祭のためにバスの本数を増やして貰うというのは無茶なお願いだろう。
「もしやるならクラスの出し物でやりたいものとかあるかしら?」
「休憩所」
「えー、それはつまんないですよ! 執事喫茶とかどうですか⁉︎」
麗奈からの質問に弥勒は休憩所と即答する。なるべく面倒な出し物はやりたくないと考えていた。
「いや執事喫茶って……人集まらないだろ……」
「大丈夫です! きっとエリス先輩が弥勒さんをナンバーワン執事にしてくれますよ!」
「いや何そのナンバーワンホストみたいな言い方……⁉︎」
「仕方ないわね。ワタシも少しだけ貢いであげるわ」
「言い方!」
二人からの言葉にツッコミを入れる弥勒。いつのまにか弥勒が執事の姿で荒稼ぎしようとしている設定になっている。
「それだったら逆に……」
「メイド喫茶なら却下よ。ワタシ、見せ物になるの好きじゃないの」
「お前がそれを言うんかい」
弥勒を見せ物にしようとしていた麗奈は自分がメイドになる事は却下する。
「それなら救世主チャンネルの切り抜き動画の上映とかどうですか⁉︎」
「それは面白そうだけど却下ね」
「えー⁉︎ 良いアイデアだと思ったのに〜」
愛花の提案も麗奈は却下する。彼女としては自信があった様で姉に却下されて驚いている。セイバー関連のテーマならいけると思ったのだろう。弥勒もてっきり賛成されると思っていたので、麗奈の否定に目を見開く。
「学校であまりセイバー教関連の事をやりたくは無いわね。ワタシたちの正体にも繋がりかねないし」
麗奈たちは魔法少女である事を公表している訳ではない。救世主チャンネルの運営についても同様だ。それを考えると無闇矢鱈に学校で宣伝をしない方が賢明だろう。何が正体バレに繋がるか分からない。麗奈としてはその辺りのリスク管理もしっかりとしていくつもりだった。
「なるほど……さすがお姉ちゃんだね!」
「意外に考えてるんだな」
「ちょっと、意外ってどういう意味よ。ワタシはいつだってセイバー様については真剣よ!」
弥勒の言葉に今度は麗奈がツッコミを入れる。麗奈としてはセイバー関連に見境なく喰いつく人間だと思われるのが嫌なのだろう。しかし弥勒のみならず他メンバーからも少なからずそう思われている。気付いていないのは本人だけである。
「そう言えばエリス先輩が等身大セイバー人形のオーダーをするって言ってたけど、あんたが何か言ったのかしら?」
「そんな訳無いだろ。むしろ困ってるくらいだから。お前の方から止めてくれよ」
話はセイバーからセイバー人形へと移っていく。麗奈が言っている等身大セイバー人形というのは以前、エリスの家でクラウディフォームについてアドバイスした時に出たものだろう。その場で集計を取ったと彼女は言っていたが、どうやら本当に行っていた様だ。
「それは難しいわね。何故なら愛花たちの分も入れて五体注文してるから」
「おい。というか中学生組と麗奈を合わせて四人分だろ。何で五体なんだよ」
弥勒は麗奈たちの人数と注文した数が合わない事を指摘する。それに愛花も頷く。どうやら彼女もオーダーした数量については知らなかったらしい。
「ワタシの観賞用と抱き枕用よ」
「えー! お姉ちゃんだけズルい!」
「いやいやいや、ズルいとかじゃなくておかしいだろ⁉︎」
「「?」」
麗奈にだけ観賞用と抱き枕用があると聞いて愛花が羨ましがる。そんな彼女のリアクションを見て弥勒はツッコミを入れるものの、二人は首を傾げる。
「まさか自分の分だと思ってたのかしら? 残念だったわね。二つともワタシの分よ」
「そっちじゃねーわ! 抱き枕用なんていらないだろ!」
「ちょっと何言ってるか分からないわね」
「先輩、何言ってるんですか? むしろ抱き枕用がメインで、観賞用がサブですよ」
麗奈と愛花は弥勒が何を言っているのか分からないという顔をする。その表情を見て彼は顔が引き攣る。弥勒が思っているよりも二人のセイバーへの執着が強かった。
「エリス先輩に至っては全色分作るつもりみたいよ。あれは空いてる部屋にセイバー人形をまとめて並べるつもりね。出来たらワタシも見に行きたいわ」
「私も行きたーい!」
「そんなバカな……」
弥勒は衝撃の事実に驚く。しかし話はそれだけで終わらなかった。
「月音先輩も珍しく乗り気で香水を提供してくれる事になったし。それをセイバー人形に振りかけておけば完璧ね」
「へ?」
月音も今回の等身大セイバー人形を発注していた。そしてそのお礼とてし弥勒の匂いがする香水をメンバー用にも調合する事になったのだ。この二つを組み合わせればあら不思議。部屋の中にまるで本物のセイバーがいる様な気持ちになれるのだ。魔法少女たちの間では最近、この話題で持ちきりである。さらには各々が集めた弥勒の音声についても提供の流れが出来つつある。
「ちょ、ちょっとその話を詳しく聞かせてくれ」
「ごちそうさま。さぁパンケーキも食べたし、もう帰りましょう」
「ごちそうさまでした!」
弥勒は詳細について尋ねようとしたものの、結局この日は解散と流れとなり何も聞き出せないのだった。




