第二百五十九話 コンビネーション
「これもダメだったわね」
全方位から攻撃するガーネットボールが通じなかった。麗奈は少し驚きつつも冷静に受け止める。
「あと一つだけ作戦があるんだけど」
「何?」
弥勒はもう一つ作戦を思い付いた。それを伝えると麗奈が詳細を聞いて来る。その間にも天使たちは吸収した攻撃を彼らに向かって放出し続けている。二人はそれを避けながら会話していく。
「敵が放出している間に攻撃するパターンだな」
「なるほどね。確かにそれならいけそうね」
弥勒が提案したのは衝撃を放出している個体を狙うというものだった。放出と吸収は同時に出来ないと踏んでの作戦である。
「ならワタシが二体を足止めするわ。そっちの方が向いてそうだし」
「助かる」
この作戦の問題点として放出している個体を狙った時に別の個体に邪魔されるパターンだ。そうするとその個体に攻撃を吸収されてしまう可能性がある。恐らく敵が三体いるのもそういったフォーメーションを組むためだろう。吸収役、放出役、防御役といった形に。
「いきなさい!」
麗奈は再びネバールートを振るう。今度は一体に向けてでは無く二体に向けてである。複数に枝分かれした根が大サイズと小サイズの壺へと迫る。
「「duuu」」
狙われた二体の壺の天使は口を攻撃の方へと向けて吸収の態勢に入る。麗奈はそれに構わず根を壺に絡ませていく。すると予想通り光の渦に触れた部分から無効化されていく。麗奈はそのまま攻撃の手を緩めず、根を次々と再生させていく。
「………………」
しかし残った中サイズの壺はまだ麗奈を狙って攻撃しない。弥勒はそれを見てフォームを藤紫の支配者から新緑の狙撃手へと切り替えておく。近付いて剣で着るよりも魔力の弾丸を放った方が速いからだ。リボルバーを構えていつでも弾丸を打ち出せる様に魔力を溜めておく。
「なかなか攻撃して来ないわね。それならこうよ!」
麗奈はクラウディフォームへと姿を変える。髪の一部か黒くなり、スカートとトップスの丈が短くなる。そして服のカラーが黒寄りとなり、背中に大きな赤いリボンが出現する。
クラウディフォームになった事で麗奈の能力が上昇する。ネバールートもそれにより活性化する。根は更に枝分かれして、中サイズの天使にも襲い掛かる。
「du」
すると中サイズの天使は攻撃の吸収ではなく放出を選んだ。大サイズと小サイズがリアルタイムで吸収しているネバールートからの衝撃を麗奈に向けて放出する。
「甘いわ! ガーネットペタル!」
麗奈はその攻撃を花弁のシールドにより防ぐ。その間にもネバールートによる攻撃の手を緩めない。麗奈だけはガーネットペタルの内側からも攻撃できるのだ。
「今よ!」
「ああ」
三体ともが麗奈への対処を始めた瞬間、弥勒のリボルバーから魔力の弾丸を放つ。それは中サイズの壺を勢いよく貫いた。
「du⁉︎」
陶器が割れる様な音がして、中サイズの壺が消滅する。思ったよりもあっさりと倒せた事に僅かに驚く。
「(もしかしたら吸収と放出、共有の能力を持ってる分、本体も脆くなってるのかもな……)」
敵が使える能力は吸収、放出、そして壺同士で溜めておいた衝撃の共有である。その能力が強力であるが故に、他の攻撃は出来ないと弥勒は考えていた。しかしそれだけでは無く、本体の防御力自体もかなり低くなっていた様だった。
「「duuu……⁉︎」」
中サイズの壺が消滅した事で残り二体が動きを変える。今までは弥勒たちの攻撃をその場から動かず、しっかりと吸収していた。しかし壺たちは麗奈からの根による攻撃を避け始める。それは本体への攻撃をなるべく喰らわない様にするためだろう。
「逃げてたら勝てないわよ!」
麗奈は根の先端を膨らませて破裂させる。壺たちはその衝撃を吸収していくが、攻撃の威力が上がっているため吸収に時間が掛かる様になってしまう。それはつまり本体の動きを止めている時間が長くなったという事である。
「行け!」
「duu……」
そこを見逃す弥勒では無い。再びリボルバーから魔力の弾丸を放つ。それは真っ直ぐ大サイズの壺の天使を貫いた。こちらも中サイズと同様にあっさりと消滅する。やはり壺自体の防御力はかなり低い様だった。
「一体になったら後は簡単だな」
弥勒はそう言って残っている小サイズの壺へと近づく。そしてリボルバーから弾丸を放つ。するとそれを小サイズの壺は光の渦を出して吸収する。
「はぁっ!」
その隙に麗奈がネバールートを振るって壺を叩き割った。ガラスが砕ける様な感触が彼女の手に伝わってきた。そしてあっさりと最後の天使も消滅する。最後は弥勒が麗奈にトドメを譲った形となる。
「終わったな」
「ええ。久しぶりに面倒な天使だったわね」
麗奈が今回の天使戦についての感想を言う。特殊な能力を持った天使はそれ程多くない。少し前だとハリガネムシの姿の天使などがそれに当たるだろう。あちらは体内に寄生するという光の使徒にあるまじき能力を持っている。
「ガーネット〜! セイバーさーん!」
屋根の上から愛花が飛び降りて来る。彼女の役割は一般人の避難誘導だったが、人通りが少ない場所だったため作業に時間が掛からなかった。そのため屋上から弥勒たちの戦いを見ていたのだ。
「ピーチ、お疲れ様。そっちは問題無かったか?」
「はい! むしろこっちはあっさりと終わったので、セイバーさんたちを手伝おうかと思ったんですけど……大丈夫そうだったので、見ておく事にしました!」
弥勒が労いの言葉を掛ける。すると愛花は戦いを見学していた理由を述べる。それに二人は頷く。
「その判断で間違いないわ。あくまでも魔装少女は一般人の避難誘導をするための力だから。無理して戦いには参加して来ない方が賢明だわ」
「魔装少女は攻撃手段が少ないからな。戦闘はしない越した事はない」
「はい!」
麗奈と弥勒の言葉に愛花はしっかりと返事をする。彼女としても戦うのが好きな訳では無い。戦わなくて良いのならその方が良い。しかし姉やその友人たちが戦っているのに見ているだけというのが、もどかしかったのだ。そこを弥勒たちがハッキリと断言した事で彼女の気持ちもスッキリする。
魔装少女の稼働実験などをした際にも似た様な事を弥勒たちは言っている。それが愛花に届いていなかったという訳では無い。実際に魔装少女として活動を始めた事で、その言葉の意味を理解したといった感じである。
「それじゃあ帰りましょうか。せっかくだし何処か寄って行く?」
「さんせー!」
「夏休みの最終日だしな。美味いものでも食って明日からに向けて気合い入れるか」
麗奈の提案に愛花と弥勒は賛成する。彼らとしてもこのまま家に帰って翌日から新学期というのもしっくり来なかったのだろう。
弥勒たちはまず現場から離れる。そして目立たない場所で変身を解除する。愛花の場合は装備を直接外していく。
「お姉ちゃんたちが羨ましいなー。簡単に着替えが出来て……」
「それならむしろ変わってあげたいくらいよ。変身する度に恥ずかしい台詞を言わされてたまったもんじゃ無いわ」
「あはは……」
麗奈の言い分に弥勒は苦笑いする。確かに彼女は変身時に毎回、口上を述べている。きっと物陰で一人で変身する際にも言っているのだろう。それを想像して弥勒は少し悲しくなった。
「それよりもどこに行こうかしら?」
「俺からの意見はただ一つ。サイアミーズ以外な」
「えー、つまんないわねー」
行き先の選択肢から自らのバイト先を真っ先に外す。それを聞いてつまらなそうな表情をする麗奈。彼女としては弥勒と一緒にサイアミーズに行くというのも選択肢にあったのだろう。
「そこって先輩がバイトしている所なんですよね?」
「そうだけどダメだぞ」
「え〜、行ってみたかったです……」
愛花も麗奈から聞いて弥勒がバイトしている事は知っていた。しかしお店については知らなかったため興味を持つ。弥勒からはあっさりと拒否されたが。
結局、三人は近くにあるパンケーキ専門店に行く事にしたのだった。




