第二百五十七話 弥勒家の食卓
「二人とも手伝ってくれてありがとうね」
「いえいえ! とっても楽しいです!」
「あたしも楽しいです!」
一緒に晩御飯の準備を手伝ってくれているみーことアオイに弥勒の母親はお礼を言う。すると二人はにっこりと微笑む。二人からしたら彼女からの好感度というのは絶対に落とせないものである。
宿題という名目で弥勒の家に上がり込んだアオイとみーこ。弥勒へのアプローチと互いへの牽制を繰り返している内にあっという間に夕方になってしまった。そのせいでアオイの宿題は結局、数ページしか進まなかった。そしてどちらかが帰るわけでもなく、夕食の準備の時間となった。そこで二人はポイント稼ぎのため弥勒の母親を手伝う事にしたのだ。
弥勒の母親としては、息子の彼女候補らしき子たちが料理を手伝ってくれるのは嬉しかった。しかし同時に自分の息子が女の子を泣かせる様な人間に成長しているかもと心配もしていた。
「アオイちゃんも大分、手慣れて来たわね〜。最初の頃から考えると凄い進歩じゃないかしら」
「ほんとですか⁉︎ 嬉しいです!」
弥勒の母に褒められてアオイは喜ぶ。二人は以前にも一度、このキッチンで一緒に料理をした事がある。その頃よりもアオイの料理技術は上がっていた。
「緑子ちゃんも手際良いわね〜」
「ありがとうございます。たまにですけど、家で料理したりもするので」
みーこは家で料理をしている事を軽く伝える。本当はほぼ毎日、行っているのだがそれを説明するには両親の離婚について触れる必要がある。場の雰囲気が気まずくなるのも嫌なので、彼女は軽く流す。
「うちのアホ息子は手伝ったりとかしてくれないからねー」
母親がちょっと声のボリュームを上げてそう言う。リビングで寛いでいる弥勒に聞こえる様にするためだろう。それにアオイとみーこは苦笑いする。
「弥勒くんも最近はバイトで忙しいですからね!」
「それもそうね。でもバイトだって私が紹介したのよ〜? 高校時代の友達が開いた喫茶店ななんだけど」
「サイアミーズですよね! アタシたちも一日ずつバイト手伝った事あるんですよ」
アオイが上手いこと話題を逸らすのに成功する。サイアミーズのマスターの榛原紬は弥勒の母親、真白の元同級生である。
「あら、そうなの? どんなお店だった? 私もまだ行った事無いのよね」
「おしゃれなお店でした! かき氷も美味しかったし」
アオイはバイトだけでなく、客としてもサイアミーズを利用した事がある。その時の感想を真白に伝える。
「へ〜。あの紬がねぇ……時代は変わるものね」
「マスターがそう言うお店を開くのが意外なんですか?」
みーこが真白のリアクションを見て質問する。彼女から見た紬は姉御肌の美人だったので、おしゃれな喫茶店のマスターというイメージにピッタリだった。
「昔は紬ってスポーツ一筋でおしゃれとか全然興味無かったのよ。まぁ性格は学生時代からあんな感じだから後輩とかには慕われてたけどね」
「なるほど。ちょっとイメージできますね」
「かなり良家の出身で、旦那は公務員で婿入りなのよね。羨ましいわねー」
「確かにお金持ちには憧れますね……」
どうやら紬の生家は由緒正しい家の様だった。ただ詳しくは真白も覚えていなかった。学生時代にそういった話を聞いてはいたものの、紬も積極的に語っていた訳では無い。そのため昔の事で記憶が曖昧になっていた。
みーこはお金持ちというワードを聞いて羨ましく感じる。彼女の家は片親だからといってお金に困っている訳ではない。しかし余裕がある訳でも無いので、そういった事を羨ましく思うのは当然の事だろう。
「(でも弥勒くんのお母さんって方が凄い様な……?)」
アオイはそんな会話を聞きながら、ふとそんな事を思った。弥勒はこの世界でヒコを除いて、ただ一人生身で魔法が使える存在だ。その上、天使とも戦える正義の力を持っている。そしてアオイは知らないが、弥勒のアイテムボックスには様々なアイテムが眠っている。それらを上手く売り捌ければひと財産築く事も難しくは無い。それらを考えると金持ちよりも弥勒の母親という方がレアだろう。
そこから会話はお金持ち繋がりでエリスの話へと移っていく。真白はオキナワ旅行の費用を簡単に負担したエリスについて興味津々だった。
賑やかに作業をしているうちに料理が出来上がる。それを三人はテーブルに並べていく。弥勒もそこだけは少し手伝う。
「さて、一緒に手伝ってくれてありがとう。早速、食べましょうか」
食卓にはポテトサラダ、唐揚げ、ほうれん草の入った中華スープ、じゃこと柴漬けの混ぜご飯と豪華なラインナップが並んでいる。アオイとみーこが手伝ったからか普段のメニューよりもグレードが上がっている。弥勒としては嬉しい限りである。
「「「「いただきます」」」」
そう言って四人は食べ始める。まず弥勒はポテトサラダを食べる。するといつもと味が違う事に気づく。
「ん? ポテサラいつもと違うな。美味いけど」
「あ、それはアタシが明太子を少しだけ混ぜといたからね〜」
ポテサラがいつも違うのは少し明太子が入っているからだった。色が大きく変わるほどの量は入っていないため弥勒は気付かなかったのだ。
みーこの母親はよくお酒のつまみとして明太子を買ってくる。しかし賞味期限が短い明太子を全て食べ切るのは難しいので、こうやってアレンジして消費することが多いのだ。
「このご飯も初めてだな……美味い!」
「良かったぁ! これはあたしの家でよく出てくるレシピなんだよ!」
次に弥勒はじゃこと柴漬けの混ぜご飯を食べる。こちらはアオイお手製のご飯だった様だ。柴漬けにより、ただじゃこを混ぜるだけよりもさっぱりと食べることが出来た。これなら揚げ物である唐揚げとの相性も良いだろう。
「確かに……どっちも美味しいわね」
「「ありがとうございます!」」
真白も明太子入りポテトサラダと、じゃこと柴漬けの混ぜご飯を食べて、その味を褒める。するとアオイとみーこは嬉しそうにする。
「そして唐揚げも美味い」
「パパの分は気にしなくて良いからね。先に避けてあるから」
「そこは最初から気にしてない」
真白は父親の分の唐揚げは揚げた後に別場所に避けていた。そのため食卓に並んでいるのは全て食べても問題無いものである。もっとも弥勒はあまり気にしていない様だったが。
「悔しいけど……ご飯美味しいし……」
「ポテサラにめんたいってありだね……」
そしてお互いの料理を食べていたアオイとみーこは相手の味を認める。どちらもそれ程難しい料理では無い。そのためプライドに邪魔されず認めやすかったというのもあるだろう。
「おかわり取ってくる」
いつの間に一杯目を食べ終わった弥勒が二杯目を取りに行く。それを見て二人は満足そうに微笑む。
「(弥勒くんがあたしのご飯をおかわりしてくれてる……!)」
「(あんなに美味しそうに食べちゃってみろくっちってば可愛いー!)」
「(うーん、二人とも息子に惚れてるのは間違いなさそうね……でもあのぐーたら息子のどこが良いのかしら?)」
嬉しそうに弥勒の動きを見ている二人を見ている真白。何故、二人が自分の息子に惚れているのか考える。しかしその答えは出てこなかった。
母親から見た弥勒は優良物件だとは思う。しかしそれは母親フィルターが入った上での評価だ。成績はそこそこ良いし、顔も悪く無い。しかし部活に精を出している訳でも無ければ、口数もそれ程多く無い。そんな息子にアイドルになっても不思議ではないレベルの美少女二人がご執心というのが彼女には信じられなかったのである。
「……美味かった」
戻って来た弥勒はそこから更に唐揚げとご飯、ポテサラを目一杯食べた。そして普段より食べ過ぎた結果、お腹を少し苦しそうにさすっている。
「ふふ、良かった〜」
「食べ過ぎだし〜」
そんな弥勒のリアクションを見てアオイとみーこはニコニコしている。彼女たちのプラン通りには行かなかったものの、満腹になった弥勒を見て二人は満足したのだった。
その後、少し休憩して動ける様になった弥勒が、アオイとみーこの二人を家まで送って行ったのだった。




