第二百五十二話 服
「みろーくんのお陰で何だかスッキリしました!」
「それは良かったです」
セイバーの等身大人形のオーダーを終えたエリスが弥勒に感謝を告げる。その表情は最初より明るくなっている。
「よろしければお昼ご飯も食べていきませんか?」
「良いんですか?」
「もちろんです!」
弥勒はエリスの言葉に甘えてお昼ご飯も一緒に食べる事にした。彼女の家で出てくる食べ物は何でも高級レストランレベルなので、彼としては非常に楽しみだった。
「バイトで休んでた方というのはもう復帰されたんですか?」
ご飯が出来上がるまでは暇になるので、再びお喋りを再開する。エリスは弥勒のバイトについて気になるようだった。
「もう大丈夫ですね。結局、アオイとみーこには一回ずつ手伝って貰った感じです」
「そうですか。それなら良かったです。お二人は楽しそうにグループチャットに制服の写真とかをあげていましたよ」
エリスはそう言ってスマホのグループチャットを弥勒へと見せてくる。こちらは弥勒が入っていない女子だけのグループチャットである。
弥勒が見るとそこにはサイアミーズの制服を着たアオイとみーこの写真がアップされていた。休憩時間に撮ったのだろう。背景が休憩室となっている。二人とも楽しそうな表情をしている。
「確かに……サイアミーズの制服は可愛いですからね」
「何だかまたコスプレ会をしたくなってきますね! 次やるとしたらみろーくんはどんなコスプレしたいですか? 秋になればハロウィンもありますし」
普段着ない服の写真という事で、以前行ったコスプレ会についてエリスは思い出した。あの時はエリスがからかさ小僧、麗奈が巫女、アオイがナースのコスプレをしていた。ついでにヒコも探偵のコスプレをしていた。
弥勒は直接参加はしていないものの、写真だけは三人から貰っている。その写真は今でもしっかりとスマホに保存してある。
「俺ですか……うーん、海賊とか?」
「海賊! わたくしたちの希望の海の男でしたが、この夏休みに見れましたからね」
「確かに前にそんな事を言われたような……」
コスプレ会をした際にエリスが魔法少女たちに弥勒にして欲しいコスプレのアンケートをとったのだ。その時の一位が海の男であった。ただしこれはコンプライアンスに配慮された形での一位である。もし配慮されない場合はそこから更に一枚服が引かれる事になる。
「むしろわたくしたちにして欲しいコスプレはありますか?」
「難しい質問ですね……」
「答えるまでは家から出れませんよ?」
「急に怖っ……⁉︎」
「ふふふ、冗談です」
飲んでいた紅茶を置いて真顔でそんな発言をしたエリスに弥勒がツッコミを入れる。するとエリスが笑う。どうやら彼女なりの冗談だったようだ。
「そうですね……エリス先輩は雪女ですかね」
弥勒は以前、エリスがコスプレする際にからかさ小僧か、雪女かで迷っていたのを思い出す。彼女は妖怪が好きなのだ。
「良いですね! なら次は雪女にしましょう!」
「あと……麗奈はシスターかなぁ」
「似合いそうですね!」
こちらも前回、巫女かシスターかで迷って弥勒の一言で巫女になっている。そのため順当にいけば次回のコスプレ会をするならシスターだろうと考える。しかし彼女がシスターの格好をすると、いよいよセイバー教に歯止めが効かなくなりそうな気もして弥勒は少しビビっている。
「アオイは婦警さんとかかな……」
「おぉー! っぽいですね!」
こちらも前回、アオイのコスプレ候補に入っていたものだ。衣装は買ったと言っていたので、次にコスプレ会をするなら間違いなく着用するだろう。結局、こっそり弥勒にだけ見せてれるという話は実現されていない。
「みーこは……学校の先生とか?」
「みーこちゃんは面倒見良いですからねぇ」
エリスの言う通り、みーこは面倒見の良いタイプだ。そこから弥勒も教師を連想した。決してギャルが教師のコスプレするというギャップに惹かれた訳では無い。
「ツキちゃん先輩は……うーん……コーラ……?」
「ふふふっ! それはとっても楽しそうです! わたくしのからかさ小僧のお友達ですね!」
月音が何かのコスプレをしているイメージが弥勒には全く思い浮かばなかった。彼女のイメージは白衣に固定されてしまっている。それ以外でパッと思い付くのものがコーラくらいしか無かったのだ。
エリスはその答えを聞いて楽しそうに笑う。もしコーラのコスプレをしたならば、ジャンルで言えば確かに彼女がしていたからかさ小僧のコスプレに近いだろう。
「それは名案だと思います! 月音ちゃんのコスプレはコーラに決定ですね!」
弥勒は不満そうな顔でコーラのコスプレをしている月音の姿がはっきりとイメージできた。エリスのからかさ小僧と並んだらきっと面白いだろう。
「ハロウィンが楽しみになってきましたね。ちなみにみろーくんのコスプレは執事でもありですね」
「執事ですか……それも確かにありかもですね」
月音の話をしていたお陰で、以前彼女が弥勒のコスプレで執事を希望していた事を思い出したエリス。それを弥勒に告げると、わりと乗り気な感じになる。最初に言っていた海の男と比べるとかなりマシなものになっているからだろう。
「そろそろ秋物のお洋服も買わないとですよね。普段は大町田駅の百貨店に行って買っていたのですが……」
コスプレの話からそのまま洋服についての話に移る。彼女は大町田駅にあった百貨店の外商顧客であった。それは年間に一定額以上よ買い物をするとなれる特別な会員の事である。
しかし蟲型の大天使との戦いで駅前は潰れてしまった。そのため買い物する場所が無いのだろう。最も都心に行けばいくらでもお店はあるので、大きな問題では無いのだろうが。
「確かに不便ですよね。俺らも普段は大町田駅を使う事が多かったですから」
「ですよね。ちなみにこの辺りがわたくしの好きなブランドの秋冬の新作なんですよ」
エリスは近くに置いてあったラックから雑誌を持ってきて弥勒へと見せてくる。それはレディース雑誌の中でも高級な服ばかりが掲載されているファッション雑誌だった。
「たっか……」
「そうでしょうか? ちなみにみろーくんはどんなのがお好きですか?」
服の値段を見て驚いている弥勒。エリスはそれに首を傾げながらも質問してくる。彼女からしたらそれほど高価という印象では無いのだろう。
「そうですね……このニットのやつとか可愛いと思いますよ」
「確かに可愛いですね! これは買っておきましょう!」
弥勒はその中からベージュ系のニットの写真を指差す。それを見てエリスはその服を買う事を決意する。それから彼女はページを巡っていく。その中から弥勒はいくつか服を選んでいく。
すると途中から雑誌の内容が服ではなく、デート特集というものに切り替わる。しかしエリスは気にせずにページを巡っていく。
「美術館とか素敵ですね〜」
「エリス先輩は美術部ですもんね。やっぱり美術とかには興味あるんですか?」
「はい! こういったものを見るのをとっても楽しいです!」
弥勒の言葉にエリスは頷く。そして都内で開催予定の有名画家の個展のページを彼女は見つめている。
「この画家さんが好きなんですか?」
「そうですね。うちにも彼の絵はいくつか飾ってあるんですよ。お父様が好きなので」
「それなら今度一緒に行ってみませんか?」
「本当ですか⁉︎」
雑誌をワクワクしながら読んでいるエリスを見て、弥勒は個展へと彼女を誘う。するとエリスはそのお誘いに嬉しそうな表情をする。
「ええ。エリス先輩が良かったらですけど……」
「もちろん嬉しいです! ぜひ一緒に行きましょう! それまでにお洋服もばっちり買っておきますので!」
エリスはさっきまで弥勒が選んでいた洋服のどれかを個展に着ていくつもりなのだろう。少し顔を赤くしながらも、弥勒の方へと身を乗り出してやる気を見せている。
個展の開催はもう少し先である。そのため今のうちからエリスとの予定を合わせておく。弥勒は忘れないようにその日程をスマホにメモしておく。
それからエリスと一緒にお昼を食べて弥勒は帰宅するのだった。ちなみにメニューはタイ料理であった。




