第二百五十一話 エリスからの相談
「という訳で一日中ドキュメンタリーを観ていたのですが、クラウディフォームにはなれませんでした……」
弥勒は午前中からエリス宅へとお呼ばれしていた。朝、自宅で起きたら迎えの車がやって来ていたのだ。運転手を待たせるのも気まずいので、服を着替えてすぐにこちらへとやって来たのだった。
エリスはそんな弥勒に自身の修行について語っていた。つい先日、ヒコと一緒に行ったドキュメンタリーの鑑賞の事である。
弥勒は温かい紅茶を飲みながらその話を聞く。テーブルには朝食としてスコーンと紅茶が用意されていた。エリスもそれをのんびりと食べながら話をしている。
「うーん……そのやり方だと中々難しいかもしれないですね」
「ではどうすればよろしいのでしょうか?」
弥勒としては彼女のやり方でクラウディフォームになれるとは思えなかった。しかしどうすればクラウディフォームになれるかと聞かれると答えるのは難しかった。
「とりあえずヒコの言う事はあんまり信用しない方が良いですよ」
「そうなんですか?」
「妖精は気まぐれですからね……おとぎ話とかでもそうじゃないですか」
「確かに……そうですね……」
エリスはヒコの言う事を真に受けやすい。まずはそれを注意する。彼女は素直な人間なので、人の言葉を信じやすいのだ。妖精は思いつきで動いているパターンも多いため、それに真面目に付き合っていては振り回されるだけである。
「クラウディフォームになる方法としては……戦闘中じゃないと難しいと思いますよ。戦いの中で感情が大きく揺れ動く事が大切なはずです」
「むむむ……実戦で鍛えるのみ、という事ですね。やはりそう簡単にはいきませんか……」
エリスは弥勒の答えに落ち込んだ表情をする。彼女としてはトレーニングを積んでなるべく早くクラウディフォームになりたかったのだろう。
「そんなに焦る事は無いですよ。先輩の力も現時点でかなり強力ですし」
「いえ、その言葉に甘える訳にはいきません。この前の大天使戦で本来ならわたくしの召喚獣が前衛として戦うべきでした。それが出来ていれば、もう少し余裕のある勝ち方になったはずです」
魔法少女たちとセイバーの組み合わせは戦闘のバランスが良い。弥勒、アオイが前衛。みーこが後衛。麗奈、エリスが遊撃。月音が支援という形となる。
しかしここからセイバーが抜けるとバランスが悪くなる。前衛を務められるのがアオイだけとなってしまうのだ。そこを本来ならエリスのテディベアがタンクとして埋めるべきである。彼女はそう考えていた。
テディベアたちは蟲型の大天使たちの動きにほとんどついていく事が出来なかった。何とか要所を押さえる事で戦闘の助けにはなったが、ほとんどの功績はクラウディフォームを使っていたメンバーにある。
「なるほど……確かに魚型の大天使戦では巨大テディベアがタンクとしての役割を果たしてましたね……」
「はい……」
弥勒はその話から魚型の大天使戦の事を思い出す。あの時は大天使をエリスの必殺技である巨大テディベアで抑え込んでいた。
「それならクラウディフォームでどういう風に召喚獣が強化されるのか今のうちに考えておいた方が良いかもですね。エリス先輩の力ってわりと特殊な気がするので」
「どういう風に召喚獣を強化したいか……」
現在、エリスが出せる召喚獣はテディベア、猫、カメ、フクロウである。そこに悪魔化と杖によるポイント強化、そして必殺技であるメランコリーユニゾンの巨大化が加わる。この時点ですでに能力としては複雑である。クラウディフォームになったら、ここに更に何かが強化されるのである。
「例えば悪魔化とポイント強化の組み合わせとかは出来るんですか? あとは悪魔化と巨大化とか」
「あう……分かりません……」
「まずはそこからだと思いますよ。自分にできる事とできない事を見極める。そうする事で本当に必要なものが見えて来ますから」
弥勒はエリスにそう語りかけながら、自分がダンジョン攻略をしていた時のことを思い出す。彼も戦いの中で少しずつ学んでいったのだ。高速のフォーム切り替えなどもそういった試行錯誤から生み出されている。
「俺で良かったらいくらでも練習に付き合いますから」
「あ、ありがとうございます……」
弥勒はそう言ってにっこりと笑う。その笑顔を見てエリスは顔を少し赤くする。そして少ししてからハッとした顔をする。
「そうです! みろーくんがいれば良いんです!」
「へ?」
突然、大声を出したエリスに弥勒は目が点になる。しかしそれに構わず彼女は喋り続ける。
「わたくしの力でセイバー人形を作るというのはどうでしょうか⁉︎」
「セイバーの人形……?」
「はい。わたくしの杖は召喚獣の色を変える事で、それに合わせた強化が出来ます。そして召喚する動物によって強化できるポイントが違うのです。でもセイバー人形だったらどうでしょうか?」
「俺のフォームの分だけカラーを変えられるのか……」
「はい!」
セイバーの人形を作れれば、杖の力により状況に合わせた強化を施せる。そもそも杖のポイント強化は弥勒のフォームチェンジをイメージした力である。それを考えればセイバー人形ならどの色にも変化できるだろう。
もちろん動物の召喚獣も戦い方によっては、かなりの戦力になる。今までの戦いを見ればそれは明らかだ。しかし汎用的に状況に対応できるセイバー人形がいれば戦力は更に跳ね上がる。
弥勒としては自分の人形を作ると言われて複雑な気持ちになる。しかし彼女が熱弁している通り、有益なのは明らかだ。
「確かにありかもしれないですね……」
悪魔化、ポイント強化、巨大化を更に昇華させていく方向で考えていた弥勒としては予想外の答えとなった。それらの組み合わせによる召喚獣強化は地道に使いこなしていくしか無いのだろう。
「みろーくんにそう言って貰えて良かったです! 何だかわたくしにも出来そうな気がしてきました!」
弥勒からの賛同を得られた事で喜びを露わにするエリス。本当にそういった形でのクラウディフォームへの進化が可能かは不明だが、彼女はやる気を出している様だった。先ほどまでの落ち込んだ様子とはえらい違いである。
「そのためにはセイバーさんのイメージをしっかりと頭に刻み込んでおかないとですよね。麗奈ちゃんに追加のセイバー人形を頼まないとですね!」
「え……エリス先輩もセイバー人形持ってるんですか?」
セイバー人形といえば一時期、麗奈が力を入れて作製していたグッズだ。今も学生鞄にセイバーの全カラーである六体が付いている。それだけでなく彼女の家のタンスの上にも何体か置いてあったはずだ。
弥勒はまさかエリスがセイバー人形を持っているとは思っていなかったので驚く。そして恐る恐る詳細を尋ねる。
「はい! わたくしも全カラーコンプリートしているんですよ! 本当は等身大サイズが欲しいのですが、それは麗奈ちゃんじゃ作れないという事で……」
エリスは弥勒の質問に当たり前の様に頷く。そして一体ではなく、全カラー分持っていると言う。
「あ! 今あるセイバー人形を職人さんに渡して等身大バージョンを作って貰うという手もありました。それにしましょう!」
「いやいやいや……!」
話が大きくなっていくのに気付いた弥勒が、エリスを慌てて止める。すると彼女は弥勒の方を見つめて首を傾げる。
「どうしたんですか? もしかしてみろーくんも等身大セイバー人形が欲しいんですか?」
「いやマジでいらないです。というか等身大とか邪魔になりますし、止めた方が良いんじゃ……」
「大丈夫ですよ。そのサイズでしたら抱き枕としても使えますので、邪魔にはなりませんから」
「あ、そっすか……」
「他の人たちにもいるか聞いてみましょう」
「いやそれはちょっと……」
エリスは弥勒の静止には気づかず、スマホを操作してすぐに魔法少女たちにチャットを送ってしまう。そして秒で返信がやってくる。
「全員いるみたいですね。オーダーしておきましょう」
いつの間にかクラウディフォームの相談から、等身大セイバー人形の受注会へと話が切り替わってしまうのだった。弥勒は静かにそれを見守っていた。




