第二百五十話 フィードバック
「ふぅ……」
大きく息を吐いてから月音は変身を解除する。光に包まれて一瞬で元の服装へと戻る。服といっても自室にいたため、シンプルなジャージである。おまけに髪の毛もボサボサな状態へと戻っている。
「どうでしたか?」
隣で問いかけて来たのは弥勒だった。彼はつい先ほどまで、天使が出現した現場付近にいた。そして戦闘が無事に終わったのを確認して、こちらへとやって来たのだ。姿はすでにセイバーではなく、弥勒の状態へと戻っている。
今回は魔装少女の初陣だった。そのため戦闘は麗奈が担当して、弥勒はフォローに徹していた。しかし魔装少女たちの近くにいると緊張感が欠けるので、本人たちには知らせず陰から見守っていた形となる。
「やっぱり色々と課題は多いわね。果たして大天使戦までに使い物になるかどうか……」
月音は部屋に備え付けられている冷蔵庫からコーラを二本取り出す。そして一本を弥勒へと投げる。弥勒はそれを危なげなくキャッチして、二人でコーラを飲む。
「一番、面倒なのは私がいちいちアクセスキーを発行する必要があることね」
魔法は魔法少女の状態を解除してしまうと維持できなくなる。そのため愛花たちが魔法を使うために必要なアクセスキーは月音がその都度、変身して生み出さなければならないのだ。
つまり天使が出現した事を月音が察知してからアクセスキーを生み出して、ドローンで愛花たちに届ける。彼女たちが動ける様になるのはそれからである。初動がかなり遅くなってしまうのだ。
また天使の居場所が分からないというのも、地味に面倒である。スマホがあるので、それを使えば天使の居場所は教えられるものの手間が掛かるのには変わりない。
「あなた、アクセキーを生み出せたりするかしら?」
「俺の場合は変身したら魔法が使えなくなるから意味ないんじゃないですか?」
「そういえばそうだったわね」
弥勒は生身の状態でも魔法を使う事ができる。しかしセイバーに変身したら魔法が使えなくなってしまう。つまり生身の状態で魔法によりアクセスキーを生み出せたとしても、変身したら解除されてしまうのだ。
そんな話をしていると、研究室の扉が開かれる。中は入って来たのは麗奈であった。愛花と一度、家に帰ってからこちらへとやって来たのだろう。
「お疲れ様です。月音先輩、データは取れましたか?」
「ええ。貴女もお疲れ様」
月音はもう一本、コーラを冷蔵庫から取り出して麗奈へと投げる。彼女はそれを驚きながらも何とかキャッチする。そして蓋を開けて飲み始める。
「ぷはっ、何だか戦い終わりにコーラっていうのもさっぱりして良いわね」
「ふふ、麗奈もこちら側の世界へようこそ」
コーラを褒めた麗奈に月音がニヤリと笑う。月音の中では麗奈がコーラ愛好会に入会した扱いになっているのだろう。月音の中では弥勒、凛子、麗奈が加入した扱いとなっている。コーラ愛好会に入ったメンバーには月音のあたりが少し柔らかくなるという特典がある。
「間近で見て、三人の様子はどうだった?」
「そうね……まだ動きが危うい感じはあるわね。避難誘導だけならともかく、戦闘に参加させるのはかなり危険な気がするわ」
弥勒から聞かれて麗奈は三人の様子を思い出す。愛花は天使からの攻撃を回避できずにシールドを使っていた。またその直後に天使に背後を取られていた。その動きを見ていると麗奈としては彼女たちが戦闘に参加するのは危険だと判断せざるを得ない。
「まぁワタシたちも最初の頃はあんな感じだったと言われればそれまでだけど……」
麗奈は自分が魔法少女になったばかりの頃を思い出す。初陣では何とか魚型の天使を倒したものの、続いての人型の天使戦ではセイバーに助けられている。それを考えれば魔装少女たちの初陣も似た様なものである。
「確かに似た様なものね。ただ大きく違うのは魔装少女には応用力、進化性が無いことね」
「確かにそうですね。使える攻撃手段は銃と身体能力だけですし……」
月音の意見に弥勒も頷く。魔法少女には必殺技を含めいくつかの魔法が使える。また新しい技を生み出すことも出来る。しかし魔装少女は使える魔法は限られている上に、応用も難しい。それを考えると天使と戦わせるのは難しいだろう。
「でも元から愛花ちゃんたちを戦闘に参加させるつもりは無かったですし……」
「弥勒は愛花たちの避難誘導を見てたのよね? そっちはどうだったのよ」
「うーん、人々を避難させるのは問題無かったかな。ただ呼びかけるだけだと効果は薄かった感じはするが……」
愛花たちは天使が出現した周辺の道で避難誘導を行っていた。それはある程度、スムーズに出来ていた。しかし彼女たちの呼びかけに全員が素直に従った訳では無い。中には戦いが終わるまで避難しなかった人もいた。この事は愛花たちも頭を悩ませていた事だ。
「通常の天使戦ではそうなるのも仕方ないわね。あくまで本番は大天使戦よ。それまでに経験を積んでおくしか無いわ」
魔装少女の最も大きな役割は大天使戦の時の民間人の避難誘導だ。蟲型の大天使戦の時の二の舞にならない様に。そのため通常の天使戦で訓練を積めると考えればそれほど悪い事ではない。通常の天使が相手なら余程の事が無ければ、弥勒たちが遅れをとる事はない。安全に訓練ができると言えるだろう。
「なら一番の問題はやっぱりアクセスキー関連ですか……」
「そうね。話は最初に戻ってしまうけれど」
「あー、確かに。ワタシも最初は愛花をお姫様抱っこしながら移動してましたからね……」
麗奈は先ほど愛花をお姫様抱っこした事を思い出す。彼女としてはあまり何度も行いたくない行為であった。赤の他人ならともかく、妹をお姫様抱っこするのは流石に恥ずかしかった。
「月音先輩の負担的にはどうなんですか? 魔装少女三人分ってかなり大変そうなイメージですけど」
「多分、貴女たちが思ってるほど大変ではないわ。魔装少女の魔力は宝石が、魔法構築は電波が行ってるわ。私の負担はアクセスキーの分だけよ。魔力の消費量としてはドローンとそこまで変わらないわ」
麗奈の質問に月音が答える。しかし三人分のアクセスキーを作ると言う事はドローン三体分である。そこにアクセスキーを届けるためのドローンを作るとなると更に三体分が追加されて、魔装少女を現場に呼び出すのにドローン六体分の魔力を消費している事になる。配布用のドローンを途中で消すにしても、それなりの負担にはなっているだろう。
「魔装少女が避難誘導に参加する時はツキちゃん先輩は後方待機してるのが無難ですかね」
「そうね。しばらくはそうさせて貰おうかしら。大天使戦までにはアクセスキーに関しても考えておくわ」
「あ、それとヒコについてなんですけど……」
月音が話をまとめ掛けた時に麗奈がヒコの事を思い出す。
「ヒコって人払いの魔法が使えたから魔装少女たちと一緒に行動させるのはどうでしょうか?」
ヒコは人払いの魔法が使える。天使について認知が広がって来ている状況だと効果が薄いが、避難誘導に役立つと考えたのだ。またヒコも戦闘中は隠れているだけのため、魔装少女側に回した方が役に立つというものだ。
「確かに愛花ちゃんたちの避難誘導に合わせて魔法を使って貰えたら、多少の効果はあるかもな」
「ならそれは次回、検証してみましょう」
麗奈の意見に弥勒と月音は頷く。二人としても戦闘中にヒコがいなくなった所で問題は無いので彼女の意見に賛成する。
「なら今日はこれで解散ね。お疲れ様」
「「お疲れ様でした」」
月音は挨拶をしてすぐにPCの前へと座る。そして何やら作業を始める。恐らくアクセスキーを何とかする手段を考えているのだろう。弥勒と麗奈はその邪魔にならない様に、そっと研究室から出る。
「愛花ちゃんたちにもお疲れ様って言っておいてな」
「それはあんたが三人に直接言ってあげなさい。その方が喜ぶから」
弥勒の言葉に麗奈はそう返す。それから二人も別れて自宅へと帰るのだった。




