第二十五話 無型の天使
コマの形を天使を吹き飛ばし、お互いに自己紹介を済ませた弥勒たち。
「目が回りそうな敵だな」
弥勒の軽口にメリーガーネットは苦笑する。
「相変わらずふざけた態度ね」
「余裕があると言って欲しいね。それであいつらを倒す算段はあるのか?」
「まずはあの動きを止めない事にはどうしようも無いと思います」
メリーインディゴが最もな指摘をしてくる。その言葉に二人は頷く。遠くで吹き飛ばされた天使たちが再び回転を始める。
「来るぞ!」
コマ型の天使たちがこちらへ向かって飛んでくる。弥勒は二人の前に出てシールドを展開。一体の天使を弾き、もう一体へとぶつける。
弥勒の横を抜けた二体はそれぞれ二人が対処する。メリーインディゴは力の限り側面を殴って吹き飛ばす。メリーガーネットは前面にガーネットペタルを小さく展開して攻撃を受け流す。
しかし吹き飛ばされた天使たちは回転して戻ってくる。そしてこちらと再び接触する直前に天使同士がぶつかりあう。お互いが弾かれ二体の攻撃の軌道が変わる。二体が正面から、二体が側面からこちらに向かってくる。
「っち!」
弥勒は舌打ちをして側面からきた天使に視線を向けることなくシールドで受け止める。そのまま片腕で天使を撥ね返す。迫りくる正面からのもう一体の天使に対して身体の態勢を低くする。コマのような形をしている天使には中心に軸らしきものがある。そこに向けて剣を振るう。
「Diiiii」
軸を剣ですくわれ天使はバランスを崩し倒れる。その回転は止まる。
「きゃあ!」
「うそっ⁉」
弥勒は天使の軌道変更に対処できたが、魔法少女二人はそうはいかなかったようだ。突如、二手に別れた敵に対し反応が遅れたようで攻撃を喰らってしまう。二人は悲鳴を上げて倒れる。
「大丈夫か⁉」
弥勒は二人のそばに近づいて追撃をしようとしていた天使たちを弾き飛ばす。
「いたた……」
「う~ん……」
二人とも大した怪我は無いようですぐに起き上がる。しかしその表情は優れない。敵の攻撃の軌道が読めないからだろう。
「軸を狙うと簡単にバランスを崩せるが難しそうだな……」
「ええあの軌道変更がある限り、今のワタシたちだけじゃ……」
「一対一なら負けないのに……」
二人は落ち込んだ様子で話す。弥勒は少し考えてから案を出す。
「俺があいつらの回転攻撃を止める。そしたらメリーガーネットが蔓で相手の動きを止めて、メリーインディゴがとどめをさす。これでどうだ?」
「……できるの? 敵は四体いるのよ」
「いや問題ない」
メリーガーネットからの問いにあっさりと返事をする弥勒。天使たちが再び突撃の準備をしている。
「カラーシフト」
弥勒がそう告げると右手に装着された宝玉が輝き、姿が変わる。外套と鎧は緑色になっており、宝玉は左目部分に。その手には剣ではなく、厳ついリボルバー。
「新緑の狙撃手」
「色が変わった⁉」
「銃……?」
「新緑の狙撃手」へと姿を変えた弥勒に驚く二人。弥勒はそれに構わず、すぐさまリボルバーに魔力を込める。天使の動きに注目しながらも六発分の魔力をチャージしていく。
すると天使たちが再びこちらへと向かってくる。魔法少女二人は先ほどの衝突を思い出し、身体を一瞬だけ硬直させる。弥勒はリボルバーを黙って構えている。
天使たちが弥勒たちの近くまで来てからまた集まろうとする。
「そこだ!」
弥勒はそのうちの一体に向けて魔力の弾丸を放つ。それは見事に敵の軸をとらえる。集合の直前でバランスを崩された天使は倒れこむように他の天使にぶつかる。それにより他の天使たちもバランスを崩しはじめる。
「っ!」
続けて弾丸を放つ弥勒。今度は高速で四連射する。それは先ほどのものとは違い弾丸に正確性は無い。バランスを崩した敵ならば軸を狙わなくても当たりさえすれば簡単に倒せるからだ。
「「「「Diiii⁉」」」」
天使たちが一斉に倒れる。
「今だ!」
「任せなさい! ガーネットローズ!」
魔力で作られた蔓が倒れた天使たちを拘束する。捕まった天使たちは身体を揺らすものの逃げることはできない。倒れた状態では再び回転することも出来ない。
「はあぁっ!! インディゴパーンチ!」
拘束した天使にメリーインディゴが殴りかかる。技名が普通すぎるのには誰もツッコまない。ドカンと大きな音がして一体目の天使が消滅する。
「ほいっと」
弥勒も再びチャージしたリボルバーで大きめの魔力弾を二発放ち天使を消滅させる。つづいてメリーガーネットも複数ではなく一つの種子を大きくしたものを放ち天使を消滅させる。
「ふぅ……」
「勝ったわ……」
「つ、つかれた……」
戦闘が終わったことで肩の力が抜ける三人。メリーインディゴは近くの塀に寄りかかる。まだ彼女が魔法少女になってから一週間ほどだ。戦闘慣れしていないのだろう。
「というかあんた、その姿なによ!」
一息ついてからメリーガーネットが弥勒に詰め寄ってくる。今まで彼女の前でカラーシフトをしたことが無かったため驚いているのだろう。彼女たち魔法少女は変身してフォームを変えるということは出来ない。だからこそ彼の力が規格外だと分かるのだろう。
「あー、イメチェン?」
「なんだ、灰色に飽きたのね……ってそんな訳ないでしょう!」
弥勒のボケにノリツッコみをしてくるメリーガーネット。これもある意味、打ち解けてきた証だろう。姫乃木麗奈という人間は身内との線引きは厳しいが、内側に入れさえすれば付き合いやすいタイプなのだ。
「……もしかして他の色にもなれるんですか?」
二人のコントに参加していなかったメリーインディゴは弥勒を冷静に観察していたようで疑問を口にする。確かに色を変えられるなら灰色と緑色という中途半端な組み合わせだけでなく、他の色にも変身できると考えるのが普通だろう。
「まぁできるけどさ」
彼女からの質問につい答えてしまう弥勒。普段の彼女とのテンションの違いから戸惑ってしまう。恐らくセイバーのことをまだ信じていないのだろう。セイバーとして彼女と会うのは今日が初めてなのだから当然のことなのだが。
弥勒は天使たちと同じ光の力を使っている。敵と同じ力を持つものをそう簡単に信じることは出来ないだろう。弥勒としてもその辺りは時間をかけて信じてもらうしかないと考えている。むしろあっさり信じた麗奈の方が珍しいのだ。
「できるの⁉ 何色よ! まさかワタシと同じ色じゃないでしょうね⁉」
メリーガーネットが弥勒の答えを聞いてはしゃいでいる。同じ色と言ったあたりで表情が嬉しそうだったのは気のせいだろうか。
「それはおいおいとな」
とりあえず誤魔化す弥勒。わざわざ必要もないのに手の内を見せる訳にはいかない。戦闘力こそが弥勒の最大の強みなのだから、その情報は無駄に晒したくはない。先ほどの戦闘で一度、二人に手はあるかと問いかけたのもそのためだ。最も魔法少女たちに戦闘経験を積ませるのも目的の一つではあったのだが。
「ちょっと他の色も見せなさいよ!」
メリーガーネットが両手を上げながら抗議してくる。弥勒はそれを軽く受け流す。
「あなたの目的は何ですか?」
塩対応のメリーインディゴが弥勒に再び問いかけてくる。
「二人と同じ天使の殲滅だよ」
「それなのに天使と同じ力を使うんですか?」
「天使と同じ力じゃない。同じ光属性ってだけだ。光属性の力を持つものが人を助けるのはそんなに変なことじゃないだろう」
物語やゲームでは勇者の力が光属性というのは定番中の定番だ。人々を助ける属性=光属性といっても過言ではないほどだ。だからこそ光属性を持つ弥勒がその力で人助けをするのは不自然なことではないだろう。
「それはそうですけど……」
弥勒からの指摘に不満顔をしながらも納得するメリーインディゴ。その会話にメリーガーネットが加わってくる。
「大丈夫よ! もしこいつが裏切ったらワタシたちで倒せば良いのよ。そのうち仲間も増えるだろうし余裕よ!」
「そうだね……。れ、メリーガーネットの言うとおりだね」
彼女からの説得に穏やかな表情に戻るメリーインディゴ。危うく麗奈の名前を呼び掛けそうだったが何とか堪える。
「不穏な会話だな!」
「フフン。あんたが裏切らなければ良いのよ、裏切らなければね」
弥勒のツッコミにドヤ顔で返すメリーガーネット。その清々しい態度に弥勒も苦笑する。無型の天使たちを倒して不穏になりつつあった空気は元に戻る。こうしてセイバーとメリーインディゴのファーストコンタクトは終わったのであった。