第二百四十七話 ブレスレット
「ミロッピィ、おつかれさまぁ」
「メイクイーン、お疲れ様です」
バイト終わり、芽衣から声をかけられる。今日のバイトは芽衣、久美の組み合わせだった。本日から久美は何とかバイトに参加できる様になっていた。
「これからぁ、くーみんと飲みに行くんだけどぉ、ミロッピィも一緒に行こうよぉ。お姉さんが奢っちゃうよ?」
「良いんですか?」
「むふふ、あたしもたまには年下の男の子といちゃいちゃしたいからねぇ」
芽衣がぴったりと弥勒にくっついてくる。そして彼の腕を取る。まだ飲みに行っていないのにすでに酔っているかの様なテンションだ。
「こら、芽衣なにしてるのよ。弥勒くんが困ってるでしょ」
久美が二階から降りて来て、芽衣を注意する。彼女はジーパンにTシャツといったラフな格好をしている。芽衣のフリフリなワンピースとは対照的である。
「おー、くーみん来たねぇ。それじゃあ居酒屋へレッツラゴー!」
「ちょ、ちょっと……」
久美の腕を引っ張って芽衣はぐいぐいと進んでいく。久美も戸惑ってはいるが嫌がってはいない様だった。彼女も普段から芽衣と京の文句を言ってはいるが、結局は仲が良いのだ。
「駅前の焼き鳥のとこで良いよねぇ?」
「私は構わないわ」
「俺もそれで大丈夫です」
弥勒たちは駅前にある焼き鳥の居酒屋チェーンへと入る。客はそれほど多くは無かった。待つ事なく席へと案内される。芽衣は座ってすぐに注文用のタブレットを手に取る。
「まずは生で良いよね? ミロッピィも」
「こら! 弥勒くんは未成年でしょうが! しれっとお酒飲ませようとしないの!」
「ちぇー、ばれちったぁ。ミロッピィは何が良い?」
「俺はジンジャエールで」
「おけー」
芽衣は弥勒のジンジャエールを注文する。それから適当に食べ物をいくつか注文していく。
「それでくーみんの方はもう落ち着いたの?」
「ええ。とりあえず引っ越しの方は終わったわ。と言っても駅周辺の修復が終われば、また家に戻る作業をしないといけないけれどね」
久美の実家自体は被害は何も受けていない。蟲型の大天使戦で壊滅した駅前の修復作業に伴い、安全のため避難する事になっただけだ。そのため国から提供された仮設住宅に一時的に引っ越しているだけである。修復が終われば再び、仮設住宅から実家へと戻らなければならない。
「大変ですね……」
「でも家も全部無事だったから不幸中の幸いってやつよ。もう少し住む場所がズレてたりしたら家どころか命まで危なかったかもしれないんだし……」
今回、久美の家が無事だったのは運が良かったからだ。彼女の言う通り、もう少し場所がズレていたら家がペシャンコになっていた可能性もある。
「お待たせしました、生二つと、ジンジャエールになりまーす。それとこちらはお通しのタコの煮付けです」
場が少ししんみりしたタイミングで注文していた飲み物とお通しがやってくる。お互い飲み物を手に取って乾杯をする。
「それじゃあ、くーみんの完全復活を祝ってぇ、かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
芽衣が音頭を取って乾杯の挨拶をする。そして二人は一気に生ビールを飲んでいく。
「ぷはぁ! やっぱ最初は生だよねぇ!」
「あー、久しぶりだからめちゃめちゃ美味しく感じるわね……」
二人はすぐに一杯目を飲み干して次のお酒をタブレットで注文している。芽衣は元からお酒が好きな様だが、久美の方はストレスが溜まっていたのでお酒で発散しているという感じだ。
「ミロッピィもがんがんジンジャエール飲んじゃいなよ〜?」
「あはは……ありがとうございます」
さすがに弥勒が飲んでいるのはソフトドリンクのため、お酒と同じペースで飲むのは難しい。
「弥勒くんには、私がいない間に迷惑掛けたわね。友達に声掛けて人員を補充してくれたんでしょ?」
「いえいえ、たまたまバイトやってみたいって友達がいたんで」
久美から抜けたシフトを穴埋めした件でお礼を言われる。弥勒としては落ち込んでいたみーことアオイがバイトをする事で気分転換できたので、むしろありがたかった。しかしその事は久美たちに説明できないため無難な返しをする。
「ミロッピィはモテモテだよねぇ。助っ人は二人とも可愛い女の子だったしぃ」
隣で話を聞いていた芽衣がニヤニヤしながら会話に入ってくる。それを聞いた久美が興味深そうな顔をする。
「そうなの? 確かに弥勒くんはモテそうなタイプよね……」
久美から見た弥勒は高校生の割には落ち着いている様に見えた。また普段の仕事ぶりから真面目で頼り甲斐がある事もわかっていた。そのため芽衣からモテると聞いても、それほど違和感は無かった。
「しかもギャル系と小動物系の可愛い子でぇ、あたしも思わずハグしたくなっちゃったよねぇ」
芽衣が会っているのはみーこだけのはずだが、アオイの事も知っている様だった。恐らくは京から聞いたのだろう。彼女たちは非常に仲が良く、プライベートでもよく一緒に遊んでいるらしい。
「弥勒くんはなかなか罪作りな男性なんですね」
「あはははは!」
メガネをクイッとしながら、久美はそう言う。その仕草と台詞に芽衣が爆笑する。
「な、何が可笑しいんですか……⁉︎」
「つ、罪作りってぇ……今時、罪作りな男性ですね、キリって、あはははは! くーみん、おっかしぃ!」
「キリっとなんてしてませんよ!」
彼女の言い回しがよほど面白かったのだろう。芽衣はお腹を抱えて大爆笑している。一方で久美としてはそこまで笑われる事に納得がいかない様で抗議している。
すると弥勒の視界に怒っている久美の右手に付いているブレスレットが目に入る。それは弥勒にも見覚えのあるものだった。
「あれ、そのブレスレット……」
弥勒がそう言うと久美が抗議をやめて、彼の方を見る。そして右手のブレスレットを触りながら答える。
「これ、芽衣に貰ったんですよ。セイバー教の信者は銀色のアクセサリーを身につけるって事で……」
セイバー教、という名前が出て来た事で弥勒は戸惑いの表情を浮かべる。まさかここでその名前が出てくるとは思っていなかったのだ。弥勒はとりあえず視線を芽衣へと向ける。
「ぷくく……ミロッピィは救世主チャンネルって知ってるぅ? そのチャンネルが運営してる宗教がセイバー教って言うの。それでぇ、その信者たちはみんなシルバーのアイテムを身につけてるんだよぉ?」
芽衣はそう言って自らも腕に身につけているシルバーのブレスレットを見せてくる。弥勒が見覚えがあったのはこれである。同じものを久美が身につけていたから、疑問に感じたのである。
「えーと……救世主チャンネルは知ってますよ。天使の侵略がどうっていう……」
全く知らないフリをするのも難しいため、ある程度知っているフリをする弥勒。それに芽衣と久美は眼を輝かせる。
「弥勒くんも知ってたんですね! 私はこの前の件から入信したんですよ! 芽衣に教えて貰って」
久美は嬉しそうに身を乗り出して、弥勒に説明してくる。彼女は直接では無いものの大天使による被害を受けている。そこから芽衣に教えて貰ったセイバー教に入信したのだろう。
「あたしはぁ、前に大町田駅で眠っちゃった事があってぇ。そこでセイバー様に助けられたんだぁ!」
その話を聞いて弥勒は思わず固まってしまう。大町田駅で眠ったというのは霊型の大天使との戦いの事だろう。夢の世界に連れ去られた被害者の中に芽衣もいたのだ。そしてセイバーが大天使を倒すのを見て、信者になったという事だ。
「な、なるほど……ちなみに京さんとマスターもセイバー教に……?」
弥勒は恐る恐る他の二人についても尋ねる。もしかしたらサイアミーズのメンバーは全員、セイバー教に入信している可能性が出て来てしまった。
「京ちゃんはぁ、あたしがオススメしたけど興味無さそうにしてたよぉ。マスターは救世主チャンネルを見てるみたいだけど、入信はしてないって言ってたかなぁ」
「本当は二人にも早く入信して欲しいものですけどね。被害を少しでも減らすためにも」
芽衣は残念そうな表情でそう答えた。久美の方は入信していない二人の事を心配している様だった。
そこから弥勒は二人に救世主チャンネルについて色々とレクチャーされるのだった。




