第二百四十一話 リモート女子会前編
バイトが休みの日。弥勒は自分の部屋で寛いでいた。するとスマホに愛花から電話がかかって来る。
『こんにちは! 今、お時間ありますか?』
「こんにちは、愛花ちゃん。大丈夫だよ」
『これから小舟ちゃんと凛子ちゃんとリモートで女子会するので、良かったら参加しませんか?』
愛花からの用件はどうやら女子会へのお誘いだった様だ。弥勒は「女子会なのに何故、俺が誘われるのか」と思ったものの、深くは突っ込まない事にする。
「せっかくのお誘いだし、参加しようかな」
弥勒としても家から出ないで愛花たちと喋れるならそれほど手間でも無いため了承する。すると彼女は嬉しそうな声を上げる。
『ほんとですか⁉︎ 良かったです!』
「でもその前にリモートで繋ぐって何のアプリ使うんだ? あんまやった事ないんだよな」
リモート系のアプリを弥勒はスマホに入れていない。そのため使い方どころかどんなアプリを使えば良いかも分からないのだ。それを素直に告げる。
『それならリモットってアプリをダウンロードして下さい! チャットに私のフレコ送っておくので初期設定した後に読み込んで貰えれば大丈夫です」
「おっけー。それならちょっとやってみるわ」
『お願いします!』
弥勒は一度電話を切る。それから言われた通りにアプリセンターからリモットというアプリを探す。するとそれはすぐに見つかった。
「へー、無料のビデオ通話専用アプリなのか」
アプリ説明を読んでいく。参加人数は五人以下で、機能はビデオ通話とフレンド登録のみである。シンプルなアプリとなっている。
弥勒はサクッと初期設定を終える。ほとんどはスマホのアカウントと紐付けするだけで設定できたため時間は掛からなかった。それから愛花から送られて来たフレコをアプリ内で登録する。ちなみにフレコとはフレンドコードの略である。
「お、きた」
するとすぐに愛花からビデオ通話用のリンクが送られて来る。弥勒はそれをタップする。画面が切り替わり、そこに愛花が映る。
『あ、繋がりました! ありがとうございます、先輩!』
「ああ。上手く繋がって良かったよ」
『もうすぐ小舟ちゃんと凛子ちゃんも来ますよ』
彼女がそう言ったタイミングでポン、と通知音が鳴る。画面上部に「リンコが入室しました」と出て来る。そしてすぐに画面が二分割されて片方に凛子の姿が映る。
『お疲れ様っす!』
『凛子ちゃん、おつー!』
「お疲れ様、凛子ちゃん。今日は部活だったの?」
『お昼くらいまで部活やってたっす』
そうしていると再び通知音が鳴る。もちろん入ってたのは小舟である。すると画面幅が再調整されて四分割される。そのうち一つは自分を映した映像となっている。
『すみません、遅かりました』
『大丈夫だよー。それじゃあ全員揃ったので、女子会スタートで!』
『いえーい!』
『いえーい……』
「いえーい」
乾杯の合図は無かったが、女子会がスタートする。それぞれ愛花の音頭に乗っかる。
『それにしても今回の大天使は大変だったみたいですね』
愛花が一番初めに口にした話題は蟲型の大天使戦の事であった。弥勒としても聞かれるだろうとは予測していたので驚きはない。他の二人も興味深そうにこちらを見ている。
「そうだな。何とか倒せたのは良かったが、被害が大きすぎたよ……」
『そんなに強い相手だったんすか?』
凛子と愛花は夢の中限定ではあるが、魔法少女として大天使と戦った事がある。その時は弥勒の助けになる事ができた。その経験があるため、同じ大天使がそれほど強いというのに違和感を覚えたのかもしれない。
「破壊と再生に特化した敵だったな。霊型の大天使の方は特殊能力寄りの敵だったから戦闘能力自体はそれほど高くなかったし」
『た、確かに夢の世界に引き摺り込む能力は恐ろしかったです……』
小舟は自分が眠らされた時の事を思い出したのだろう。少し辛そうな表情を浮かべている。
『あれも一歩間違えてたら大事件になってたしねー』
「いや、あれはあれで大事件になってたけどな……」
霊型の大天使の時は集団昏倒事件としてメディアに取り上げられていた。こちらも大きな事件と言って良いだろう。
「三人の知り合いとかで今回の事件に巻き込まれた被害者とか出てないか?」
弥勒としては大勢の人が無くなっている事を知っているので、知り合いに被害が出てないか気になっていた。その質問に愛花たちは少し考え込む仕草をしてから答える。
『私たちの知り合いでは巻き込まれた人とかはいないですね』
『ただ学校単位では何とも言えないですけど……』
愛花と小舟の話を聞いて弥勒は安堵する。彼女たちの学校は中高一貫校である。そのため生徒数が多い。彼女たちでも把握できていない事も多いのだろう。
『でも部活の活動時間は短くなったっす!』
「部活が?」
『夕方になると危ないかもしれないという事で、部活はお昼までの活動に限定されたんです』
「なるほどね。それでさっき凛子ちゃんはお昼まで部活だったって言ってたのか」
『そうっす! お陰で最近は暇っす。毎日、家でゴロゴロしてます!』
愛花たちは中学生である。そのため今回の様な事件に巻き込まれないために学校側が対策を考えたのだろう。明るいうちに帰宅させる様にするというのは悪くない考えだろう。しかし今は夏休み中のためお昼に解散となると帰り道で遊んでしまうパターンも多いだろうが。
「それは我慢するしか無いな」
『一応、学校からは無用な外出はしない様にって言われてます……』
『だから今日もリモート女子会にしたんですよ!』
彼女たちの通う中高一貫校は私立で偏差値もそれなりに高い女子校である。そのため愛花たちのように真面目な生徒も多いのかもしれない。
『むしろ先輩たちの学校こそどうなんですか? 大町田駅が最寄り駅ですよね?』
「俺たちの方は特にお知らせとかは来てないな。そもそも大町田駅が使えない時点で学校には行けないし」
『た、確かにそうですよね……』
弥勒の説明に納得する小舟。しかし実際には在校生の家に「しばらく学校へ来ることは控える様に」との通達が来ていた。単純に弥勒の母親がそれを弥勒に言い忘れているだけである。
『ちなみにお姉ちゃんは今、家に戻って来てるんですよ』
『だから麗奈先輩の家での配信作業が最近は無かったのかー』
愛花の言葉を聞いた凛子が頷く。弥勒もエリスの家でその話は聞いていたので納得する。
「そういえば動画配信はどうなってるんだ?」
『さ、最近は凛子ちゃんに私のPCを一台貸して、愛花ちゃんとそれぞれ自宅から配信してますね……』
『最近はチャンネル登録者も鰻登りだしねー!』
それぞれの家で配信作業を行っているのだろう。そのためこうしてリモートで話をするのも慣れているのだ。普段から打ち合わせで使ったりしているから。
救世主チャンネルの登録者が伸びているのは今回の大町田駅での事件がきっかけだろう。皮肉な事に事件が大きければ大きいほど、チャンネルへの反響は大きい。弥勒としては複雑な気分だった。
『お姉ちゃんも喜んでますよ。あともしかしたらお姉ちゃんの一人暮らしは終わりになるかもしれないですね。パパとママがかなり心配してるので』
麗奈は今年から一人暮らしをしている。読者モデルのバイトとして成果を出しており、成績も優秀なため両親が許可したのだ。しかし近頃の天使騒動のせいで一人暮らしさせておくには不安だったのだろう。これを機に実家に引き戻そうという事らしかった。
『麗奈先輩もせっかくの一人暮らしなのにどんまいだなー』
『でも事件が事件だし、仕方ないよね……』
「まぁ実家暮らしでも良いんじゃないか?」
凛子と小舟がそれぞれ意見を述べる。弥勒としては麗奈が一人暮らしでも実家暮らしでも問題はない。
『お姉ちゃんもそこは仕方ないかなって感じみたいです。もし実家に戻る事になれば家賃が無くなるから、特注の等身大セイバー人形を作るかもって言ってましたけど』
「何としても麗奈を一人暮らしに戻すんだ!」
弥勒はすぐに麗奈の一人暮らし賛成派へと切り替わった。その焦った声を聞いて三人は笑うのだった。




