第二百三十五話 みーこの初バイト
朝食を食べ終えた後、エリスの車で弥勒たちは送ってもらう事になった。まず最初はみーこの家に寄った。そこで彼女は母親と会ってからバイトに関して許可を取った。
由香里はこの状況の中、バイトをしようとするみーこを心配して最初は反対をした。しかし彼女の熱い説得に根負けして最終的にはバイトを許可したのだった。
次に向かったのは弥勒の家である。彼は家に顔を出して母親にバイトに出てくると告げる。すると特に何を言われる訳でもなく、あっさりと許可された。
そこからすぐ近くのアオイの家に寄る。彼女はみーこの事を恨めしそうに見ながら自宅へと入って行った。
それから弥勒とみーこは旧百合ヶ丘まで車で送ってもらった。最後まで車に残っていた麗奈に別れを告げて二人は裏口からサイアミーズへと入る。
「お疲れ様です」
「お疲れ様! その子が助っ人?」
調理場にいたマスターがこちらへと顔を出してくる。彼女の言葉に弥勒は頷いて、お互いの紹介をする。
「ここのマスターの榛原紬さん。それで彼女が助っ人の森下緑子です。俺の同級生になります」
「ここのマスターの榛原紬よ。今日はいきなりだったのに来てくれて助かったわ。ありがとう!」
「初めまして、森下緑子です! 精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」
「あはは、そんなに硬くならなくて大丈夫よ。案の定、今日はいつもよりお客さんも少ないしね」
マスターは緊張しているみーこに優しい言葉を掛ける。そしてチラッと店内へと視線を向ける。すると珍しくいくつか空席が出来ていた。
「やっぱり事件の影響ですか」
「みたいねー。一応、都心から旧百合ヶ丘までのルートは通ってるからそっちからのお客は来るんだけどね」
現在、弥勒たちが使用している路線は都心から旧百合ヶ丘までの運行となっている。それ以降の駅は事件の影響で通行止めとなっている。そのため客足が少なくなっているのだ。
「というか弥勒くんの家も旧百合より先でしょ。来るの大変じゃなかった?」
「いえ、今日は知り合いの家の車で送って大丈夫でした。帰りは二駅なので歩いて帰ろうと思ってます」
弥勒の住んでいる鴇川駅にも現在は電車が通っていない状況だ。そのため帰る手段は徒歩しか無い。そして弥勒はみーこへと視線を向ける。
「だいじょーぶ! アタシにも秘策があるから」
みーこの家はそこよりも更に先のため弥勒は帰りの手段について心配する。しかし彼女は弥勒にウインクして余裕そうな態度である。
「それなら二人とも上で着替えてきてくれるかしら? 森下さんには予備の制服用意してあるから」
「「はい」」
二人は裏口から再び出て、二階へと続く階段を登っていく。マスターはすぐに調理場へと戻っていった。
そこから弥勒は更衣室へ案内して順番に着替える。サイアミーズの制服を着たみーこは嬉しそうにしている。
「ここの制服可愛い!」
「マスターの飼ってるシャム猫をイメージしてる制服らしいぞ。サイアミーズって名前もそこかららしい」
「へ〜、言われてみると確かにそれっぽいかも」
つい最近、自分も聞いたばかりの事を弥勒は自慢げに言う。何となく先輩風を吹かしたいのだろう。弥勒の説明を聞いてみーこは自分の着ている制服を興味深そうに見ている。
「準備できたし、下行くか」
「おけー!」
階段を降りてすぐにホールへと入る。みーこにテーブルの番号など基本事項について説明をする。いきなりオーダーを取ったりするのは難しいので、まずは出来上がった料理を出すのと皿洗いである。
ホールにはすでに早番として芽衣が入っていた。彼女は見た目にそぐわずキビキビと動きながら仕事をしている。弥勒も彼女に続いて接客に入る。
そこからは真面目な仕事タイムが続く。簡単な作業はみーこに任せつつ、メインは弥勒たちで捌いていく。
「なかなかあの子も要領良いねぇ。ミロッピのセ、彼女ぉ?」
「いえ、学校の友達ですよ」
ちょっと時間が空いたタイミングで芽衣がニヤニヤしながら質問してくる。完全にセフレと言いかけていたが、前回強く否定されたので言い方を変えた様だ。
「お〜、模範解答だぁ。やましい事があると見た!」
「ありませんよ。それよりも久美さん、大変みたいですね」
これ以上、みーこの話題を続けられると面倒なので弥勒は話題を変える。すると彼女は素直にそちらの話題に喰い付いてくる。
「だね〜。でもくみみには何事も無くて良かったよぉ」
「勝手に『くみみ』って呼ぶと久美さんが怒りますよ?」
「ならくみみみにしよ〜と」
「いやそれはもっと怒りそうな気が……」
「もう〜、ミロロッピは細かいんだからぁ」
「俺のも増えてる⁉︎」
久美の事を勝手に「み」を増やして呼ぼうとする芽衣。それを注意すると弥勒も「ろ」を増やされてしまう。
「(みろくっちのバイト姿が尊いし……これは目に焼きつけとかなきゃじゃん……! いや、目に刻み込むしっ!)」
「……⁉︎」
そんな弥勒の働く姿をジッと見ているみーこ。その姿を脳に刻み込むため気合いを入れて眼をカッと見開く。視線を感じていた弥勒はそれに一瞬、びっくりする。
お互いいがみ合っているが、やっている事はアオイと全く同じである。ただバイト中のため、さすがに写真撮影はしていない。それがみーことしては心残りであった。
「(いや後で写メ撮らせてって頼めばワンチャンいけるかも……? 個人撮影なら大胆なポーズとかもアリだし……そのまま大人な展開に……)」
みーこは妄想日記のネタをまた一つ見つけてしまった。「バイト終わりの個人撮影会」という話を一本書いてみる事に決める。そしてそれが面白くなればネットに投稿している小説のエピソードに加える事ができる。
「(ていうか最近、みろくっちとの触れ合いが少ないし。今日は何とか上手いこといってるけどね〜)」
みーこは弥勒観察を終えて真面目に皿洗いを始める。弥勒観察もホールに出るタイミングで行っているだけで仕事自体はきちんとこなしている。
「(あとみろくっち周りの情報も最近は減少気味だし。とはいえ、アオイみたいにスパイアプリ仕込むのもなぁ……一歩間違えたら犯罪じゃん?)」
一歩間違えたらどころか、盗聴、盗撮はれっきとした犯罪である。しかしみーこや魔法少女たち的にスパイアプリはセーフの判定になる様だった。謎の魔法少女ルールである。
彼女は自身が使っているSNS監視網に危機感を抱いていた。今までは弥勒の情報が上手く手に入っていたが、今後も上手くいくとは限らない。特に天使騒動の影響で大町田駅周辺での普通の投稿が減ってきている。そのためネット写真や投稿のみで弥勒の普段の動きを把握するのが難しくなってきているのだ。
「(例えばヒコに何かアイテムを作って貰うとか……よし、今度会ったらちょっと相談してみるかな)」
みーこはヒコに弥勒の情報が手に入るアイテムを作れるか尋ねる事を決める。
「二人とも休憩入っていいよー」
そんな事を考えながら仕事をしているとマスターから休憩の許可が出る。休憩のタイミングが一緒なのはマスターからの配慮だろう。
二人は裏口から出て休憩室へと向かう。そして飲み物の準備をして椅子へと座る。すると最初に弥勒が口を開く。
「どうだ、大丈夫そうか?」
「ちょっと疲れたけど問題なし! みろくっちがいるから心強いし、そんな複雑な作業もないしね〜」
「なら良かった」
みーこの返答に弥勒は安心する。彼としては初めてバイトをするみーこを心配していたのだ。
「ていうかみろくっちもバイト始めてからそんなに経ってないはずなのに手慣れてるじゃん」
「意外と覚えられた。もしかしたら向いてるのかも?」
「スタッフが美人ばっかりで、お客さんも女の子ばっかりだからっしょ〜。男子としてはパラダイス的な感じ?」
ニヤニヤしながらみーこが聞いてくる。彼女の目から見てもマスターの紬も、芽衣も美人に見えた。そのため反射的にそんな言葉が口から出た。ちょっとした嫉妬が入っているのだろう。
「いや、そういうのって実際は気まずいだけだから」
「えー、でも普段もアタシたちと一緒にいるし、手慣れてるっしょ?」
「それはお前らが特別だからな」
「へ……⁉︎ と、特別⁉︎ アタシが……?」
弥勒からの否定に対して、疑う姿勢を崩さなかったみーこ。そんな彼女の態度に弥勒が反撃に出る。するとみーこは顔が真っ赤になる。
「いやお前らって言ったんだが……」
「うへへ、アタシが特別か〜」
「全然聞いてねーし……」
こうしてみーこのバイト初日は良い気分のまま過ぎていくのだった。




